第9話 : 充分縛りプレイな件

「はぁぁ……つ、疲れた」


 栄斗はゴーグルを外し、自宅のベットの上で大の字になり、天井に向かってため息を吐いた。


 その頬はほのかに紅色に染まり、どことなくやつれた雰囲気もある。


「まさか、あんなに目立つなんて」


 彼、花芽美栄斗が、彼女――ハチがこんなにも疲労に苛まれているのには大きな理由があった。


 それを伝えるには、約2時間前、ダンジョン【幸運滝の洞穴】から脱出したところまで、時を巻き戻す必要がある――。



「ようやく外に出れた!まだ3時間も経ってないのに、お日様が懐かしい感じ!あはは、トトも元気いっぱいだね」


 ダンジョン外、滝の音が響く崖の近くにワープしたハチは、未だ天高く登る太陽の日差しに酔いしれながら、大きく背伸びをした。


 入る前は初期装備だったハチも、今では全身フル装備に……謎の羽までくっつけて、随分な大躍進である。


 暖かな自然の恵みを全身で感じたハチは、トトに乗って周辺の探索を再開した。


 暗く狭い洞窟に長くいたせいで、外の広く明るい景色はそれだけで幸せになれる。しばらくは気持ちよく空の旅を続けていたハチだったが、広がる森を抜けたところでとある小さな町を見つけて降り立った。


「何者だ!止まれ!!」


 門の近くで着地すると、直ぐに門番と思われる武装した兵士が警戒の眼差しを向けてくる。

 デジャブである。


「あ、この子は僕の仲間だよ。トト、縮獣化」

「――キュア!」


 今度は返答に困らない。

 トトは既に最高の相棒である。


「これで入れないかな?」


 肩に止まったトトを撫でて、門番にそう尋ねる。

 小さく首を傾げる仕草が実に可愛い。


「…………そうか。すまなかった」


 しかし、前の兵士とは違い、少し薄い反応だ。

 のみならず、その視線はハチのに向けられている。


「お前は冒険者か?」

「冒険者……」


 そういえば、この世界での自分の立場をあまり理解していない。


 ヴァルミア村では何事もなく普通に入れてしまったし、特別なにかの目的があった訳でもない。本来は初めの村でチュートリアルがあるはずなのだが、初期リスがバグってしまったハチはその辺の仕様を理解していないのである。


(確か、スペでは僕らプレイヤーは冒険者ってことになってたよね。ってことは、この世界でも冒険者なのかな)


「えっと……はい!冒険者です」

「そうか…………」

「……?まだ何か?」


 確認が取れたはずなのに、ハチをまじまじと見つめる門番に困惑する。その視線は見とれていると言うよりも疑惑の視線である。


「いやなに、とは、珍しいと思ってな。それも、強力なドラゴンを連れているとは」

「え?あ!そ、そうですね?」


 完全に自身の特殊さを忘れていた。

 ハチの背には現在、黒い羽が元気に動いている。


 本人はこれが装備だと主張したいのだが、吸血鬼ということ自体は間違いないので否定しずらい状況なのだ。


「町にはいるのに種族制限がある訳でもない。珍しいものでな、引き止めて申し訳なかった。ようこそ、ゾルシームへ」



 門番と一問答終えて、大きな門を潜った先には、ヴァルミア村とは大きく雰囲気の違う、石造りの建物が立ち並ぶ町があった。


 森を挟んでいるだけで、こんなにも集落の発展に差があるものなのかと、どうでもよい感想が頭を過ぎる。


 そんなことより、と。

 憂鬱な事象を薄らと感じながら、ハチは石畳の大通りを進んでいる。ちらりと道の片隅を一瞥すれば、何やらこちらを指さして話すNPCたちの姿があった。


 例え相手が作られたNPCだったとしても、自分を指さしてコソコソとされては気まずいものがある。


「トト、この後どうしようか」

「キュウ?」


 しかしよくよく観察してみれば、ハチを見る視線は何も悪いものでは無い。笑いながら微笑むマダム、頬を赤らめて見蕩れる兵士、幸せなものを見れたと天に祈り始める青年。


 つまり、ハチの美少女ぶりに、世界がざわついているだけである。注目のきっかけは恐らく背中の羽であろうが、彼女の可愛らしさを前にしては、珍しい羽もただの装飾品でしかない。


「やっぱり、羽って目立つなぁ」


 注目されていることが己の姿そのものであると気がつくのは、まだ当分先のことになりそうだ。



――カランカラン

「いらっしゃい。あら、随分可愛らしいらお客さんね」


 入店開幕、人当たりの良い大きな声の女性が出迎える。


「ここはアイテム屋だよ。お嬢さんは冒険者だね」

「はい。回復アイテムとか帰還石とか……あ、その前に換金ってできますか?」


 ハチが初めに入ったのは、町の大通りから少し外れた、小さなアイテム屋だ。この通りは冒険者路と呼ばれるようなプレイヤー御用達のお店が並ぶ。

 リリース開始すぐのこのタイミングで人はまったく見当たらないが、これから少しずつ賑わう場所になるだろう。


――ケイプバットの羽×50


「あら、こんなに?可愛らしい見た目で随分強いのね!」


 洞窟で倒しまくったコウモリのドロップ品をまとめて売る。ボスの素材は貴重なのでまだ持っておきたい。


「そうねぇ、このくらいでどうかしら?」


 そう言って提示された金額は、ハチの想定より少し高い。


「ありがとうございます!そしたら、帰還石とバフポーションってありますか?」

「あいよ!いくつ必要なんだい?」

「えっと、帰還石は2つで、バフポーションは……攻撃と敏捷のやつを5個ずつ……あ、お金足りますか?」

「大丈夫だよ。はい、これがポーションね」


 背後の棚から手際よくポーションを取り出し、「帰還石は確か……」と呟いてお店の奥に入っていく。


 30秒ほど待つと、奥から青白く光るひし形の石を持って戻ってきた。


「ほい、こっちが帰還石ね!それと、見たところこの辺りに来るのは初めてだろ?この町周辺の地図もおまけしてくよ!」

「えっ?!いいんですか?」


 地図とは、手に入れると地図に書かれた範囲のマップが開放される便利アイテム。


 ハチが躊躇うのは、地図はそこそこの値段がするからだ。後で払えと言われてもすぐには払えない額である。


「なに、久しぶりのお客さんだからね!よくしてやりたいってのが本音さね」

「けど……」

「どうしてもと言うなら、今後もご贔屓にしてくれれば嬉しいよ!」

「もちろんです!」


 そこまで言われては、受け取らない方が失礼だ。

 お礼をして石と地図を受け取る。


――これがNPCとの会話なのか。


 にこやかに受け取りつつ、その技術の高さに内心大いに驚いていた。スペの時はもっと、機械然としていたし、おまけなど貰ったことは1度もない。


 トトといい、町の住民といい、ここまでリアルだと現実と間違えてしまいそうになる。


「そうだ。もし武器や防具を作りたければ、この先の にある鍛冶屋を訪ねるといいよ!あそこのおっさんは少し気難しい性格しているけど、とてもいい腕だからね。最近は優秀な冒険者がめっきり減って嘆いていたから、覗くだけでも喜ぶと思うよ!」

「分かりました!ありがとうございました、また来ます!」


 元気に飛び出して行ったハチの後ろ姿を、何やら孫を見るような瞳で見送る店主さんであった。



「やったねトト!まさか地図が手に入るなんて、初期リスがバグってたのも、これならちょっと嬉しいかも!」


 相変わらず、町中を歩くNPCからの視線は熱い。

 しかし、友人のような会話ができる優しいNPCもいる。


「あそこはマップに印をつけておこう!――っと、ここがさっき教えてもらった鍛冶屋かな?」


 ショーウィンドウで魅せる剣や防具はどれも輝いている。ステータスまでは確認できないが、普通の装備よりも明らか秀でているのはビジュアルだけでも想像が着く。


「こ、こんにちはー」


 とはいえ、厄介な性格だと聞く。

 恐る恐る扉を開けると、薄暗い店内には壁一面に並ぶ武器防具が何やら威圧的にハチを見下ろしていた。


 武器防具が、使用者を品定めしているかのようだ。


「ん?なんだ、珍しい顔だ。弱い冒険者ならお断り――」


 カウンターの男と視線が合う。

 無愛想な表情で睨みつけていた眼は、ハチを見るなり大きく開かれた。大きく口を開けて、カウンターから身を乗り出す。


「お前!!そうだお前だ冒険者!お前、随分腕がたつようだな!!可愛い顔をしていても、ワシの目はごまかせんぞ。お前のような強者を待っていたのだ!」

「ええぇぇっ?!な、何?!ぼく?」


 勢いよく迫った男は、ハチの肩を掴み大声を上げる。

 顔は怖いが、なぜだかとても喜んでいる。


「その翼!そのスキル!お前、あのミミックを倒したんだろ?!それも!」

「な、なんでそれを?!」

「そのスキルは、真に強くあろうとする者だけが手に入れられる。故にその翼!あのミミックは討伐レベル、そして人数によって報酬が変わる。その最上位こそ、お前の背中にある翼なんだぞ!!」


 興奮気味に早口で説明を受ける。

 何故あのダンジョンについてそれほどまでに詳しいのかという疑問はさておき、あまりの圧にハチの眼が回っている。一緒にトトも目を回している。


「ワシも全盛期の頃に挑んだものだ。ワシはお前のような真の強者を待っていた。最近はレベルや実績だと躍起になる者ばかり。挑戦の気概が足らん」


 自分語りおじいちゃん。

 長くなりそうな気配を感じ、ハチは無理やり話の転換を図る。


「そ、そういえば!おじいさんはどうして僕のレベルが?」

「む?なに、ワシのはちょいと特殊でな。武器防具といった装備は冒険者にとって相棒のようなもの。最高の相棒を造るためには所有者となる者の能力ステータスを図ることが必須だ」


 そう言って己の瞳を指さす。

 至って普通の眼に見えるのだが、よく観察すると視線の向く先がハチの少し隣であることに気づく。


「もしかして……"鑑定"ですか?」

「なんだ、知っておったか」


――スキル、鑑定。

 それは、文字通りあらゆるモノのステータスを視ることができる特殊スキル。アイテムや道具に使えばその真の名称や効果に加え、制作方法や素材名、製作者まで。人や魔物に使えば名前や性別、種族の他に、各種ステータス数値や所持スキル、レベルまで視える。


 ただし、レベルが自分よりも低い者限定に加え、対人戦などの特殊フォーマットでは効果がない。


 その上、習得までにかなり面倒な工程を踏まなければならず、スペ時代でも持っている者は少なかったレアスキルだ。


 それを、いちNPCが、ただの会話のために平然と使うというのが驚きである。


「それで、今日は何を作りに来たんだ?武器か?防具か?それとも……」

「あ、武器が欲しいです!」

「まぁ、その装備ではそうじゃろう。最高の逸品を作ってやろう。ミミックの素材は持っているな?」

「はい!」


 おじいさんの質問に、ハチはインベントリから手に入れた素材を取り出す。


「ふむ、充分だ。この素材ならば、この辺りの装備が作れるが……何か要望はあるか?久しぶりに胸踊る制作だ。できる限り答えてやろう」


 おじいさんは嬉しそうに目を瞑り、青いウィンドウをハチの方に向ける。


《頑壁の印――シールドマーグ》

《浮操頑硬――グラビドシールダー》

《擬態特性――ミミックベース》


「それぞれ特殊な効果がある。武器種はどれでも問題はない」

「頑壁の印は……自動防衛、浮操頑硬は重量操作かぁ。重量操作はあんまりいらないし、自動防衛って確か、致命部位の攻撃に自動で動くやつ。……うーん、あの無理やり動かされる感じが好きじゃないんだよなぁ」


 絶妙に癖のある武器効果たちを眺めつつ、最後の武器の名前に手を伸ばす。


《擬態特性――ミミックベース

 効果 装備擬態》


「装備擬態……?」


 聞いた事のない効果だ。


「おじいさん、装備擬態ってどんな効果ですか」

「装備擬態?あぁ、装備の見た目が変わる効果だ。見た目が変わっている間は、武器種そのものが見た目と同じものになる。だが、一度攻撃を行ったり攻撃を防いだりすると解除される」

「……つまり、武器の大きさとか有効範囲が変わるってこと?」

「そうだな。見た目が大剣なら大剣の、槍なら槍のリーチになる。無論、それなりに長いクールタイムがあるが」


 ハチの質問に答えつつ、鍛冶師はハチを一瞥しニヤリと笑う。


「どうやら、決まったようだな」

「はい!武器はこれにします!!」


 ハチはにこやかに依頼ボタンを押した。


「よし、早速取り掛かろう。完成は明日だ」

「そ、そんなに早く?!」

「なに、言っただろう。ワシはお前のような強者の相棒を作るのを待ち望んでいた。安心せい。最高の相棒に仕上げてやる」

「ありがとうございます!!また明日来ますね」


 にこやかに頭を下げて、ハチは鍛冶屋の扉を押した。



「んー!明日が楽しみだ!」


 人のいない路地でめいっぱい背伸びをする。

 変な人ではあったけど、何となく信頼出来る鍛冶師だった。ショーウィンドウ越しに振り返れば、既におじいさんの姿は無い。


 早くも制作に取り掛かっているのだろうか。


「必要な物は揃ったし、この後はどうしようかな。もう少し町の中を散策してみようか?」

「キュア!」


 武器完成は明日。明日までは待つしかない。

 仕方がないと町の散策を始める。


 人口はそこそこで、行き交う人はほとんどが人間種。

 服装は洋服が主。生活の質はかなり良さそうだ。


「この辺りは人が多いなぁ」


 もはや周囲の視線も気にならない……ことも無い。

 若干の気まずさは健在で、遠巻きに指を指すNPCが多い。そんな中、ふと前から数人の子ども(NPC)が走ってきた。


「お姉ちゃん、その羽って本物?」


 真っ直ぐな瞳でそんなことを聞く。


「一応本物、かな?」


 装備ではあるのだが、触れば感覚がある。

 鑑定をしなければ、ほとんど本物と言っていい。


「わー!やっぱり本物のきゅうけつきなんだね!」

「まぁ、そうだよ」


 キャッキャと笑って、ハチの周りを走る。

 突然のイベントに困惑していると、女の子が急に右手を引いてきて、危うく転びかける。


「きゅうけつきのお姉ちゃん、あっちに行こ!!」

「えっ?!僕も?!」


 待ってと止める暇もない。

 小さな女の子に手を引かれ、向かった先は町の中心とも言える噴水のあるエリア。


 そこでは、子どもの母親たちと思われる女性が何やら立ち話に花を咲かせている場面だった。


「ママー!」

「ユキ!どこ行ってたのもう!あら、あなたは……」


 戻ってきた娘が手を握って連れてきたのが、現在町で話題の美少女だと分かれば、彼女たちの注目も一気にハチへと向く。


「まぁまぁ!!可愛らしい吸血鬼さんだこと!」

「今日は良い天気だけれど、体調は大丈夫なのかしら?」

「何か食べる?好きな物はある?」


 あっという間に囲まれて。

 聖徳太子でもあるまいに、ママ様方をきっかけに通りかかる人達が集まってきて、もはや逃げることも叶わない。


「えっと……あの」


 動揺して慌てている間にも、町中のNPCがハチに人声かけようと集まってきている。


(い、いったいなんのイベントなんだーー!!)


 そうして彼ら彼女らから解放されたのは、圧倒的人の集まりに町の兵士が止めに入ってから。実に一時間以上あとの話である。


 その後は、兵士に事情を聞かれ受け答えし、宿を探して(その間にも声をかけられて)、ようやく一息着けるに至った。



――そこでログアウトし、冒頭に戻る。


 栄斗は天井を見上げたまま、静かに目を瞑っている。

 彼は特別人見知りなわけではない。しかし、だからといってあれだけの人に囲まれて、質問攻めにあえば、相当な疲労になるのは当然である。


 今日は休み。

 このまま寝てしまうのもいいなと思考をめぐらせた。瞬間、グゥーと、何やら愉快な音色が部屋にこだまする。

 体を回転させ、おもむろにスマホに手を伸ばした。


――午後3時


「もうこんな時間?!お昼食べなきゃ」


 朝からここまで、食事も何もせず、ただひたすらゲームに篭っていたのだ。


 栄斗は己の欲に従って、遅い昼食のため自室を出て行った。

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美少女な僕。職業"バトルマスター"でかっこよくなりたいです! 深夜翔 @SinyaSho

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