第5話 : VS深層のコウモリ!

「キキキッッ!」

 コウモリが接近したハチを捉え、大きく広げた羽で空気を薙る。相当な大きさの羽の扇ぎで洞窟の空気がものすごい力を発生させハチの動きを制限する。


 下手に地面から足を離せば、風に煽られて地面と永久におさらばしてしまう。


「よっ、たっ、……はぁ!!」


 器用にも風の影響がないエリアを感じ取り、持ち前の身体能力プレイヤースキルでその羽目掛けて両手の短剣で切り刻む。


 風の妨害で羽の付け根にある弱点まで届かなかったが、切り裂いた羽に白いポリゴン状のエフェクトがこびりついた。攻撃が通っている証である。


「やばっ」

――シェルステップ


 羽を傷つけられたコウモリと視線が合う。

 次の瞬間、大きく口を広げた


「キィアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」

「くうぅぅう――っ」


 スタン効果のある強力な超音波攻撃。先程の咆哮よりも予備動作が少なく、ハチの察知能力で間一髪直撃を免れる。


 規模が抑えられた代わりに速度と威力に特化した攻撃。

 紙装甲のハチでは、一撃と耐えられない。


「セーフ!……でも、直撃してないのにこんなに飛ばされちゃった。防御は出来ない、攻撃はクールタイムに合わせた8秒に1回きり。しかも……」


――エアスラント


 飛んでくる風の刃をバク転で回避。

 さらに距離を取らされてしまう。


「遠距離だとこっちが不利なんだよね。……どうしよ」


 単純に、今のハチと相性が悪い。

 そもそもこれだけのレベル差の相手に、使えるスキルがヒットフォーカスとシェルステップだけなのが痛い。


 このままでは攻め手に欠ける。


「確か、スキルって条件達成すれば手に入るんだったよね。スペリオルの時に面倒な条件で手に入れられたスキルがあるんだけど、それがあれば何となるかも」


 ハチはここまでに手に入れたスキルたちの条件を思い出す。いくつかの動作を繰り返すことで手に入るものと、特定の行動を行った時に手に入るもの。


 彼女の欲しいスキルが後者である保証はどこにもない。


「……それに、あれ、結構集中力がいるんだよね。でもそれ以外に勝てそうなビジョンが見えない。少しはギャンブルしてもいいかな?いいよね!!」

「キュル?」


 不安要素はあれど試してみる価値はある。

 そう判断したハチは、次の攻撃に合わせて動き出す準備をする。その口元には笑みが浮かび、瞳は鋭く笑っている。


 これでこそゲームだ。


 ゲーマーハチ。

 現在このゲームを最高に楽しんでいる。


「キキキッッ」

――エアスラント


 コウモリが羽を広げ、羽を振る。

 その動作に合わせて風の刃が射出。


「今だ!!」


 駆け出したハチは、ふと明らかに今までとは走る速度が違うことに気がつく。ステータスポイントを割り振ったことで明らかに身体能力が上がっているのを感じられた。


 長剣から短剣に変えたのもあるが、思えば武器も随分扱いやすくなり、腕の振りも速かった。


 己に深く集中しているから気がついた小さな変化。

 感じ取れたということは、己が集中できている証拠。


 走りながら大きな自信が湧いてくる。


「まずは接近する!」


 刃を躱し、短剣を逆手にコウモリの懐へ飛び込む。


――敵が近づいた時、まずは薙ぎ払い……だよね。


 1度見た動きは完璧に、上から下へ、そして右から左へ。初めはギリギリの対処でも、予測が当たれば随分と遅い予備動作。


 羽の先端を確かに捉え、薙ぎ払いに合わせて右手の短剣を前に突き出し体を捻って体重を乗せて……


完璧な防御ジャストパリィ!もちろん存在するよね、エクステンドにも!!」


――完璧な防御。

 スペリオル・ソウル時代にハチが苦労して手に入れた、とあるスキルの名称。前作での取得条件は、ボスエネミーからを成功させること。


――ピロン

《新たなスキルを獲得。"ジャストパリィ"》


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    スキル ジャストパリィ

  取得条件 ボスエネミーから

       武器ガードを成功させる


効果 相手の攻撃を武器で弾き返し、相手に強いノックバック効果を付与。その際のダメージなし。

   クールタイム 10秒

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「やっぱりあった!!」


 ハチは空中で逆さになりながら、満面の笑みで叫んだ。

 もし取得出来なければ、手痛い反撃が待っていた大博打を無事成功させたのだ。


「もう一回!!」


 素の技術で一度目の薙ぎ払いを防ぎきったハチは、続けて行われた左羽での追撃を誘導して、今度は左手の短剣をその攻撃に合わせる。


――ジャストパリィ!!


 今度はスキルによる弾きを成功させ、コウモリは後方へ大きく仰け反った。ぶら下がった巨体が大きくゆれ、コウモリは体勢を直そうと脚に力を入れる。

 その間僅か数秒。開かれたままの左羽は、ハチにとってである。


「今度は僕のターンだよ!!」

――シェルステップ


 空中の難しい体勢から、パリィ時に発生する軽い衝撃を利用して空中のまま体を起こし、スキルで強引にコウモリへ飛びかかる。


「これなら付け根に届く!」


 狙いは初めから弱点の左羽の付け根。

 コウモリは体勢を直すことを最優先とする。であれば、回避用のシェルステップを温存しておかなくてもいい。


 ハチの計算通り、突き出した右手の短剣が、コウモリの弱点を捉え、確かな手応えと共にダメージエフェクトが弱点の羽に刺さった。


「キイィィィィ?!」

 コウモリの悲痛な叫びと同時、視界の端で新たな通知が鳴る。


――ピロン

《新たなスキルを獲得。"ジャストカウンター"》


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    スキル ジャストカウンター

  取得条件 ジャストパリィ成功後最初の攻撃を

       エネミーの弱点に当てる。


効果 連携ジャストパリィ

   ジャストパリィ後に自動で発動。スキル発動最初の攻撃が弱点の場合、ダメージに5倍の補正が入る。

   クールタイム 2秒

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うぇ?!な、何コレ!!最高じゃん!」


 想定外の収穫もあり。

 ハチが狙っていた動きが、偶然にも条件達成の行動であった。本来はジャストパリィ獲得後、雑魚エネミーで取得するのが一般的だろうに、ここまでたった5秒で2つも手に入れたのは、後にも先にもハチ1人である。


 しかも、

「ヒットフォーカスの効果も合わせたら……ダメージ10倍?!」


 既に獲得済みのスキルとの相性も抜群。

 これには戦闘中のハチも思わず驚きにっこり。


 華麗に地面に着地し、スタタと走ってコウモリから距離をとる。頬の緩みが抑えられていない。


「ま、まずい……。集中!!集中して……えへへ、最高だよこのゲーム。い、一応?パリィのクールタイムが10秒なのと、この連携?っていうのが、多分パリィ後じゃないと発動しないってことだけ注意だね。……えへ」

「キュアァ!」

「わ、トト、分かってるよ!早くあいつを倒そう」


 あまりにだらしない表情に、肩のトトからお叱りの小突きが入る。トトに叱られてハッと我を取り戻す。


「次で決めよう!トトも援護をお願い!」

「キュウ!」


 少し目を離していた隙に、コウモリも体勢を整えこちらを睨みつけている。体力ゲージはもうすぐで半分。


「キキキキキィィィィィッ!」

「な、何?」


 視線を合わせ、クールタイムを確認し、駆け出そうとした瞬間、コウモリから聞いた事のない声が発せられる。


 甲高いものの、どうやら攻撃判定はない。


 辺りに変化もなく、顔を顰めて再度コウモリへ視線を戻すと、今まで天井にぶら下がっていたコウモリがその体勢を変えて空中に羽ばたいた。


 巨体が宙を浮く様は、いくら視界の悪い洞窟でも迫力がある。常に軽い横向きの風が吹き、地面の石がカタカタと揺れている。


「行動変化?」


 正確には、弱点に大きなダメージを与えたことで、コウモリが怒ったのだ。その鋭い瞳からは執拗に傷つけられたことによる怒りが伝わってくる。


「キィィィィ!キキィィィィッ!」


 羽の動きが激しくなり、徐々に洞窟の風も激しく吹き荒れる。揺れていた石が、コロコロと地面を歩き出した。


「ちょ、まさか……」

「キキキッッ!」


――エアスラント

――エアスラント


 ハチは慌てて右の壁に走る。

 その彼女を追って、コウモリからいくつもの風の刃が降りかかる。今までは羽一振りが攻撃の合図だった刃を、自らが飛ぶことで連続攻撃を可能にしたのだ。


「これじゃ近づけないよ!!」


 飛んで跳ねて走って、距離が離れているおかげで何とか避けられているが、少しでも足を止めれば身体が半分になるかもしれない。

 それどころか、風が強くてコウモリに向かっていくと速度が落ちる。さらには刃の強襲も激しさを増す。


 完全にヘイトがハチへ向いている。

 こうなってしまうと、せっかく手に入れたスキルたちも活躍の機会が無い。


「キュウキュア!!」

「え?どうしたのトト」

「キュアアァ!」

「自分に任せて?大丈夫?!当たったら痛いよ?」


 トトのステータスはハチよりもずっと高い。

 ……が、直撃すれば痛い所の話では無い。


「キュア!」

「分かった!今、ボスのヘイトは僕に向いてるから、このまま引き付けるよ」


 ハチが頷くと、刃の隙を見てトトがハチの肩から離れた。怒りの矛先が完全にハチへ向いているコウモリに気付く術は無い。


「とはっ、言っても……っ、これ、避けるのもっ、一苦労だよ!!」


 風に金髪が靡く。

 既に慣れたとはいえ、この風の中で長い髪はかなり邪魔である。それでも髪に掠りもしない回避力。


 文句を叫んで気を引き付けたまま、鉱石が照らす洞窟を駆け回り回避し続ける。


 そうして1分ほど走り回ったハチは、ついに致命的ミスを犯してしまう。


「わっ」

――ドタっ


 何度目かの壁際の切り返し。

 その着地の瞬間、転がってきた小さな石ころに足を取られ転倒。


 刃の猛攻が止まらぬこの状況で最悪の一手。


「くっ……ま、まだっ」


 迫る刃に、ハチは全力の蹴りで地面に踏み込み、持ち上がった体を右手で支えその場から無理やりバク転をかます。


 明らかに無理な体勢だが、空中への回避によって二発の刃を回避できた。だが、三発目が目前に迫り、空中で避けるためにスキルを使うが……


――シェルステップ


――ピシッ


 何とか宙を蹴って刃から逃げるも、ついに回避し切れず、左右に一本ずつ生やした髪束の先端を切り裂かれてしまった。無論ダメージ判定は無い。


「あぁ、僕の髪が……って、違あぁう!!」


 怒ったりツッコミを入れたり、1人でも騒がしい美少女である。


「……キ」


 その時、遠くから小さな鳴き声。

 小さくても、確かに聞こえた。コウモリとは違う、頼もしい鳴き声が。


「あ、トト!やっちゃえ!!」

「キュアァァァァァァ!!」


――火炎ブレス・強


 洞窟を真っ赤に染める、最強の炎がコウモリの真後ろから解き放たれた。


「キキッ?!」


 視角外からの唐突な攻撃に避ける暇などありはしない。気がついた時には遅く、あっという間に業火の炎に包まれる。


「キィィィィィッッ」

 炎に焼かれる中で、ハチは大きく口を広げたコウモリを視認。あれは――


「超音波っ!!させない!!!」


 思考よりも早く、身体がコウモリへ駆け出す。

 今日1の全速力で懐に飛び込み、燃え盛る炎に飛び込んだハチは、その首を捉えた。


「うおぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!」

――ヒットフォーカス


 ピシャッと白いエフェクトが舞散り、ハチの右手の短剣がコウモリの首にしっかりと突き刺さった。


 そして、放たれるはずだった攻撃は……


「キ…………ィィ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  【BOSSEnemy】深層のコウモリ

       討伐完了!!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 大画面の表示と、ポリゴン状の大爆発に変わってハチに討伐を告げた。

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