第3話 : 不運と幸運

 翌日。

 天気は晴れ。ここしばらくは晴れ模様が続き、お出かけ日和となるでしょうとのこと。土日休みで大学もない、そんな日は友達とどこかへ出掛けるのが――


「修正されてなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」


 美少女ハチは、窓から大声で叫んでいた。


 金色にきらめく髪が太陽によってさらに輝きを放つ。現実では男のハチには、長い髪は鬱陶しくてたまらないが。


「どーなってんのこれ?!昨日報告したよね?メッセージは……来てる。なになに、『ゲーム内部の管理はAIに任せており、初期リス、種族、並びにの変更は不可能です。また……』。僕、ずっとこのままってこと?!」


 性別の変更が

 それはつまり、少年エイトはこのゲームでは永久美少女ハチとしてプレイしていかなければならないわけで。ハチのコンプレックスと共に歩んでいく謎の縛りプレイを課せられた。


「そうだ種族!!せ、せめて……せめて種族は竜人とかっ、魔族とかっ」


――――――【ハチ レベル5】――――――

性別 女

種族 エルフ × ヴァンパイア(混血)

職業 バトルマスター

―――――――――――――――――――――


「エルフ!……と、ヴァンパイア?混合種ってこと?……新しいシステムだ。能力値とかデメリットとかは……どこで確認できるんだろう」


 この世界、エクステンドでは、スペリオル同様種族にはそれぞれ固有の特徴がある。


 特にわかりやすいのはヴァンパイア。

 日光に弱く、昼間はステータス半減だが、夜には全ステータス二倍。また、他人の血を吸うことで一時的な能力上昇効果を得られたりもする。

 竜人なら力や防御への常時バフに加え、炎ダメージ軽減や身体の大きさが大きいなどの特徴がある。

 エルフは魔力が高く、覚えられる魔法が多いがHPや攻撃が低い……など。


 しかし、混合種となるとその内容は不明。

 デメリット効果とメリット効果が上手く調整されていれば安心だけれど、デメリット効果が大きいと足枷にしかならない。


 種族専用クエストが受けられないなんてなった日には、いよいよハチはこのゲームを辞めてしまうかもしれない。


「説明文、説明文…………あった!えー、

――魔力消費量二分の一

――吸血による一時的な能力上昇

――昼間の一部能力の低下

――魔力消費による身体への変化。

 デメリットは小さいし、メリットもあるけど……、パッとしないなぁ」


 なんとも微妙な能力に不満を露わにする。

 悪くは無い、が、面白くない。


 いっそ、昼間は全ステータス半減の代わりに、夜は全ステータス二倍……とかが良かった。そんなあまりに無茶すぎる縛りプレイを所望する。


 これがハチのゲーマー思考。

 強く、楽しく、面白く。ゲームはプレイヤー次第でいくらでも様々な体験が可能。それ故に、求める体験もちょいと不思議である。


「あーもう!よしっ、考えてても始まらない!とりあえず外に出て、戦闘したい!体を動かしたい!」


 思い立ったが吉日、ハチは宿を飛び出し太陽の照りつける外を探索する。


「…………あー、何か、ちょっと肌が焼けてるような……変な感じ。これがヴァンパイアの特性?ステータスは、攻撃と素早さが下がってる感じかぁ。痛いとこ付いてくるー」


 ブツブツと呟きながら、村の道を歩き回る。

 目的は無し。ただ村の外をめざし、直進する。


「お、昨日のお嬢さんではないですか。従魔のドラゴンならば、あそこで眠っていますよ」

「あ、門番のNPC……、ありがとうございます!」


 NPCとは思えぬ会話に、ハチは反射で頭を下げた。そして、「今のNPCは凄いなぁ。本物の人間みたいだ」とゲームの高度な技術力に感嘆する。

 スペの時には感じなかった現実味に、技術の進歩を感じる瞬間であった。


「トト!おまたせ。モンスターと戦いたいから、広いところまで移動しよう」

「グラァ!」


 頭を撫でられ、嬉しそうに鳴くトト。お返しにとハチの頬を舐める。


「くすぐったいよトト!!…………あ、そういえば僕、初期装備のままだ。どっかで買って、……やっぱりいいや。この森、初期リスから離れてるみたいだから森の中探せば宝箱の一つや二つ見つかるよね。専用装備とかあるといいなぁ」


 ハチは張り切ってトトの背にまたがる。


「MAP埋めとお宝探して、いざしゅっぱーつ!!」

「グラァァァ!!」


 ハチの元気な掛け声共に、トトが大きく羽ばたいた。

 飛び上がってしまえば、見える景色はどこも絶景。森と崖、遠くには山も。


 新しい発見が待っている。

 期待に胸をふくらませながら、ハチは大空を飛び抜ける。


 いつの間にか、美少女になってしまったことなど忘れていたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お、おぉ……ダンジョン見つけちゃった」


 とある滝裏の洞穴にて、ハチは謎の入口を発見した。


 入ってきた入口からは、ゴォーーーーッと水が流れ落ちる大きな音が響く。


「グルル……」

「ごめんねトト。洞穴じゃ狭いよね」


 ハチの後ろでは、何とか洞穴に入ろうと身を縮めて丸くなっているトトがいる。翼は少し濡れていて、その表情はどこか悲しそうだ。


「んー、せっかく見つけたけど、トトを一人にはできないし、後にしようかな」

「グルッ!!」

「ど、どうしたのトト!?」


 ハチが見つけた穴を諦めて出ようとしたが、トトが小さく首を振って何かを訴えかける。


「グルルルッッ」

「な、なに?!大丈夫??」

「グラァァァァァァ!!!」


 呻き声が咆哮へと変わり、トトが白く輝きを放つ。

 なんと、その姿が徐々に小さくなっていくでは無いか。


《個体名トトが"縮竜化"を獲得しました》


「……え?えぇぇぇぇ?!」


 トト、まさかの自力でスキル獲得。

 それも序盤では手に入らないであろう、身体の大きさを自由に変えられるスキル"縮竜化"。


 スペでは職業竜騎士が、専用クエストで手に入れるもの。それを、AIが自動で獲得なんて……。


「ど、どういう事?!え、な、なんで?!トト、何したの?!」

「キュゥ……?」


 トトの大きさは、ハチの頭に乗せられるほど小さくなり、その鳴き声も可愛い声に変わった。

 ハチの頭を気に入ったようで、首を楽しそうに振る。


「トト、スキル見せてね」


―――――――――――――――――――

      スキル 縮獣化


獲得条件 一定以上大きさのあるモンスターが

     狭い場所に1分間留まる。

―――――――――――――――――――


「つまり、人間プレイヤー用じゃなくて、モンスター専用のスキルに変更されたのか。自動で大きさが変わるのは有難いかも」


 これならば、街やダンジョンに入る度に余計なMPを消費しないで済む。

 さらにこっちの呼び掛けに応じて大きさが変わってくれることで、従魔とのやり取りが増えて嬉しい。


「ステータスに大きな変化は無し。よーし!ダンジョン入ってみよう!!」


 可愛い声が洞穴に響く。


「キュァ!!」


 初めてのダンジョン攻略が始まった。



【――幸運滝の洞穴――】


「幸運だって!このゲームを始めてから散々な目に合ってきたし、何かいいお宝が手に入らないかなぁ。あ、モンスターだ」


 MAPを開いてダンジョン名を確認すると共に、ハチは天井にへばりつくコウモリ型のモンスターを発見した。


 複数同時の出現だが、こちらが攻撃しない限り襲ってこない中立モンスター。


「そーっと通り抜けよう?」

「キュッ」


 顔を見合わせて頷く一人と一匹は、洞穴の壁伝いにこっそりと移動する。

 この時トトに意思が通じたことには、既に疑問には思わないハチ。


「…………これなら」


 何とか無事に通り抜けられそうだと油断したハチ。


――ポツリ


「ひゃあぁっ?!」


 天井から一滴の雫がハチのうなじに直撃。実に女の子らしい悲鳴を上げてしまう。冷たさも忠実に再現されたからこそ起こるハプニングだ。


「しまった!!」


 その悲鳴に眠っていたコウモリ達が一斉に襲いかかる。


「僕、まだ全体攻撃持ってないって!!トト!逃げ……」

「キュゥッッ!!」


――火炎ブレス・強


 小さな身体からは想像もつかない高威力のブレスが、襲ってきたコウモリ複数を焼き払う。


「わ、ワオ……」


 ハチは予想外の威力だったトトのブレスに驚き、開いた口が塞がらないまま虚空を見つめる。

 同時にピロリン――と、コウモリ撃破の経験値がハチの元に入る。


「トト……、強すぎるよ!!」

 驚きから復活したハチ。トトを抱きしめ興奮したまま撫で回す。


「キュァ!」


 対するトトも、主人から褒められ撫でられご満悦の様子。彼女は忘れているようだが、トトは序盤で仲間にできるモンスターではない。


 火力のインフレはこのためである。


 これならば初期装備の今の状態でも攻略できそうだと、ハチは胸の内で確信を得る。


――ピロン

《新たなスキルを獲得。"最強弱者"》


―――――――――――――――――――

     スキル 最強弱者

   効果 常時全ステータス2倍


 獲得条件 全ステータスがプレイヤーの

      2倍以上あるモンスターを

      一撃で3体以上撃破

―――――――――――――――――――


「ぜ、全ステータス2倍?!って、あのコウモリ僕より全部のステータス2倍以上もあったんだ……。それを一撃で倒せるトトって……」


 従魔が主人より強いなどよくある話。

 ハチに落ち込む様子は見られない。


「僕も早く強くなるぞ!!レベルはどんどん上がっていくし、あと装備を発見できれば!トト、これからもよろしくね」

「キュア!」


 むしろ、ここまでの不運が帳消しになるが如く、この幸運を最大限利用して強欲に突き進む。


「…………」

「キュゥ?」

「なんでもないよ。よし、行こう!」


 ふとトトの姿を見つめるハチ。見つめられて首を傾げるトト。

 レベル差がありすぎると言うことを聞かなくなる設定がなくて良かったと、心の底から思ったのだった。

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