第2話 : 初めての出会いと報告
「えっと、ヴァルミア村は……あれかな。ここからでも見えるけど、この崖……どうやって降りよう?」
少女は己の足元へ視線を落とす。
50メートル以上はあるであろう崖は、いくらゲームとはいえ飛び降りるのは危険すぎる。落下ダメージが用意されていた場合即死は免れない。
かと言って、迂回する道を探すには時間がかかりすぎる。
「探す以外の選択肢、無いんだけどね」
ハチは面倒くささと諦めに挟まれ、やれやれとため息を吐く。こんな時、都合よく何かイベントでも起きれば――
「グオァァァァァァァァ!!!」
崖に背を向けた瞬間、その崖下から何かが物凄い速さで上空へと駆け抜けて行った。強烈にうるさい叫び声を上げながら。
「レッドドラゴンだ!!ちょうどいいところに!」
空を見上げ、ハチは笑顔になる。
――ピーーーーーッッッ
指を咥えて、口笛の大きな音がフィールドに響き渡る。甲高い口笛の音は、ある種魔物への
ギロリ。
レッドドラゴンの大きな瞳が不快な音を発した者――すなわちハチを捉える。レッドドラゴンはそこまで大きくないが、それでもプレイヤーであるハチよりは遥かに大きい。
まして、初心者が対峙する次元のモンスターでは無い。
ドラゴンはハチへと突進し、ハチを押し潰さんと迫る。
「よーしそのまま…………今です!」
直前まで引き付けたドラゴンを、ハチはすんでのところで上空へ回避し、あろうことかドラゴンの巨体の上に跨り
「実は僕、スペでは竜騎士の職業をマスターするために、竜種の操縦、結構練習したんだ。まぁスキルが無いから振り落とされないよう耐えることしか出来ないけど……」
目標を目の前で失ったドラゴンは、派手に地面へぶつかることを避けるために一気に空へと羽ばたく。
そして、己の上に乗った何者かを振り落とすため、空中を縦横無尽に暴れ回る。
「うぉぉぉ、かなり暴れるね。危なっ……、ドラゴンは角を触られると怒る。怒ると絶対にテイム不可になっちゃうから気をつけないと……って、テイムしたい訳じゃ無いんだけど」
つい、スペの時の記憶が。
何度、角に触って失敗したことか。
「うおぁ、うおぉぉぉっ、わっ?!……おっとと」
そのまま数分の間、暴れるドラゴンの上で耐久。
狙いは、疲労ゲージが溜まって休憩のために崖下まで降りてくれること。それに便乗してハチも崖をショートカットして降りたかった。
……のだが。
《スキル"テイム"を獲得。レッドドラゴンのテイム条件を達成しています。テイムしますか?》
「……え?テイムって……竜騎士専用スキルじゃないの?!」
そんな目の前の表示にテイムを忘れて驚く。
「……もしかして、専用スキルも無くなったの?初めに選ぶ職業だけ固定で手に入って、それ以外は条件をクリアすることで手に入る……的な」
そう呟き、目の前の表示をタップ。
――――――――――――――――――
スキル名 テイム
取得条件
モンスター1体のテイム条件を満たす
――――――――――――――――――
取得条件がある。だとすれば、やはり専用スキルは消えた可能性が高い。
何より、スペ以外のVRMMOゲームでは、自由度の高さを売りにどんなスキルも手に入れられる仕様が多い。
まさか、このゲームも仕様を変更した?
これじゃ本格的に職業の意味が無くない?
「あーいや、確か職業専用クエストとか、武器防具とかもあった。それに、スキルレベルも職業によって上限の違いがあったよね。それは健在であって欲しいなぁ」
と、未テイムのドラゴンの上で勝手に思考の海へと沈んでいくハチ。彼女が戻って来るまで永久にこのまま……かと思いきや。
「グル…………」
「わぁ!そうだった、えっと、"テイム"!」
なんとも可愛らしい鳴き声で、ハチへと何かを訴えかけたドラゴン。声に気がついて慌てて意識を戻しテイムする。
《レッドドラゴンのテイムに成功。名前を付けてください》
スキル――テイム。
それは、条件を達成したモンスターを
その確率は、モンスターとプレイヤーのレベル差や、テイムスキルの熟練度、職業や性別、好感度、幸運値など、高性能なゲームシステムを得て、ありとあらゆる情報を元に設定される。
当然、ハチのであったドラゴンは、仲間可能なモンスター中でもテイム高難易度とされる竜種の一体。
「名前かぁー。どうしよう、あんまり名付け、得意じゃ無いし……。うん、スペの時と同じでいいや。君の名前は今日から"トト"だ!」
このように、お手軽な感覚で仲間にできるモンスターでは決してない。彼のレベルと幸運値、たった今獲得したテイムスキルの熟練度を合計しても、その確率は0.1パーセントにも満たない。
《――個体名"トト"を認証完了――》
バグか、幸運か、それとも……
「グルァ!!」
「いいこいいこ。じゃああそこの村までお願い!」
まぁ、可愛いからいいか。
こうして、サービス開始から数時間、ドラゴンをテイムした美少女ハチ。移動の問題を一気に解決し、空を自由に飛び回る。
果たして、これは偶然なのか。
それとも
――彼女がネット上で噂になるのは、まだ少し先の話。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「トト!ここで下ろして!」
村の門の近くへ着陸したハチ。
それなりの高さから飛び降り、「ありがとう」と優しくトトの頭を撫でた。
「な、何者だ!!止まれっ!」
しかし、門番に警戒されてしまったのか、槍を構えた二人の兵士に入口で止められる。
「あー、そっか。この子は僕の従魔(?)です」
この世界でテイムした魔物のことをなんて呼ぶのか分からない。ハチはやや疑問形で応える。
「……ふむ、そうか。すまなかった。ようこそヴァルミア村へ!」
「ありがとー!…………でもトトは連れてけないか。どうしよう」
スライムとかなら村の中まで連れて行けるが、トトほど大きなドラゴンでは村に入ることは出来ない。
大きさを自由に変えられるスキルやアイテムは存在するものの、こんな序盤で手に入れられる代物でもない。
……と言うか持っているはずがない。
「最初の職業が竜騎士とかなら問題無かったんだろうな。門番さん、僕の従魔ここに待機させていても大丈夫ですか?」
ハチは少し首を傾げて門番の男に訪ねる。
美少女が上目遣いにこんなことをすれば、ドキリとしない男はいない。それはNPCであっても同様で。
(というか、現実の男性を元に作られたAIなのだから尚更)
「へ?は、はい!問題あ、ありません!!我々にお任せ下さい!」
「えっと……ありがとうございます!」
男の動揺にハチは疑問を持つも、ありがたい申し出にお礼を言って門を通り過ぎた。
「おい、今の美少女……、只者じゃないぞ」
「あぁ、だが可愛かったな」
「それには同意する」
――などとNPCらしからぬ会話もしていたが、初めて辿り着いた村に興味津々のハチには、その会話は届いていなかった。
「うわぁー!小さな村かと思ったけど、結構人が多い!賑わってるなぁ……。全部NPCかな?」
村のあちこちが気になるハチ。
辺りをキョロキョロと見て回る。横を通り過ぎる人々が珍しそうにハチのことを一瞥するのも気にしていない様子。
……気にしていないというか、気がついていない。
「っとそうだ。ログアウトのために宿屋探さないと!MAPから現在地を……宿屋あった!ここがそこだから、宿屋はあっちだ」
MAPと現在地を見比べて、ハチは急ぎログアウトの準備へと向かう。宿屋――いわゆるセーブポイント以外でのログアウトは一時退出と見なされ、バーチャルの身体がゲーム内に取り残される。
そこからステータス画面を勝手にいじられ、装備品を奪われたりする被害も少なからずあるくらいだ。
ダンジョンに指定されるログアウト不可エリアを除き、ログアウトにはこの仕様が反映されるため、村に入れば安全、とはいかない。
「すみません!部屋は空いてますか?」
「はいはーい。おや、可愛い嬢ちゃんじゃないの。一人なら二階の端の部屋が空いているよ。お代は一日2ゴールドからだ」
この世界の通貨単位は"ゴールド"。ちなみに、回復ポーションは一本10ゴールドだ。
「はい!お借りしまーす!」
「あいよー!」
ハチは部屋の鍵を受け取り、階段を駆け上がる。
一般的な一人用の大きさで、テーブルと椅子、ベットだけが備え付けられた簡素なもの。
「――ログアウト!」
しかしそんなことは気にせず、ハチはベットにダイブするなりログアウトを宣言した。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「…………うっ、今何時?」
現実へと帰っきたエイト。
電気をつけっぱなしだったために強い光で目が眩む。
時刻は夜中三時過ぎ。
さすがのエイトも眠くなってくる時間帯だ。
「とりあえず、運営に性別バグと初期リスバグを報告して……、エクステンドの情報でも探そ」
再びベットに横になり、手に取ったスマホでエクステンドについて調べ始める。
「んー、"職業のランダム化"と"スキルの自由度"はやっぱり仕様なんだ。……あ、職業専用クエストはあるんだね。ってことは転職もある?スキル上限はさすがにまだ情報は出てないか。初期リスのバクも数人だけど確認されてて、あと気になるのは……、種族?何それ。確認してないや」
エイトのSNSの情報では、職業専用クエストとは別に、種族別専用クエストと呼ばれる内容が確認されたらしい。
種族は初めに選択でき、見た目とクエスト以外の違いは無いが、後からの変更は今のところ出来ない。
「……僕、種族選択なんて無かったけど。変更不可かぁ、せめてよく見ておけばよかったな」
エイトは自分の姿を思い浮かべる。
長い髪、身軽な身体、膨らんだ胸。……いや、バグが治れば僕はかっこよくなれるはず!種族は竜人とかがいいなぁ。
まだ見ぬ自分の姿に思いを馳せる。
「ふあぁぁ…………。さすがに眠くなってきた。明日は……休みだし……もう寝よう、かな。…………次は、装備……」
ゲームへの想いをそのまま、エイトは眠りに落ちた。
きっと夢の中でもゲームをしていることだろう。
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