第1話 : 広大な世界!と……美少女な僕

 美しく晴れた空。眩い光。白い雲。

 爽やかに通り抜ける風が心地よい。


「う、ここは…………」


 は顔を上げ、周囲を見渡す。


「倒れていたみたい。ここが※初期リス?」

※初期リス : 初期リスポーン地点の略


 倒れていたのは謎の遺跡の内部。

 天井が完全に崩れ落ち、ぽっかりと空いた穴から空を見上げていた形。初期リスにしては意味不明すぎる。


「おかしいな。スペの時は始まりの村からスタートだったのに」


 現在位置の確認はしておかないと。

 メニュー画面から"MAP"選択で…………


「どこ?ここ。バルディン遺跡……、名前だけじゃ分からないや。近くの村は…………遠くない?ヴァルミア村か。絶対スポーン位置おかしいよね」


 基本的に、VRMMOゲームは安全な場所からのスタートが当たり前。いきなり戦闘が始まるようなゲームだと、初心者がやっていけないから。


 特に最近のゲームでは、その辺を徹底している。


「まぁいいや。あとはステータスの確認を…………」


 ステータス画面を開いた少女は、己の情報を見て絶句する。やや引き攣った表情で固定され、数秒間を置いて叫ぶ。


「な、なんだよこれっ?!僕、じゃないか!!!」


 そう叫ぶ自分の声はやけに高音で、心無しか身体も重い。――主に胸の辺りが。


「えっ?えぇっっ?!僕、なんで女性アバターなの?!選択……はないよね。性別は自動で設定されるんだから。まさかバグ?!」


 混乱する少年エイト。またの名を――美少女ハチ。


「は、ハハ……、ハハハ」


 少女ハチはステータス画面を開いたまま乾いた笑いを漏らす。


 ゲームをする上で、性別による動作の違いはそこまでない。無論、ストーリーや職業などにも影響はない。


 むしろ、世の中普通の男たちならば、たまたま女の子になってしまったら少しは嬉しいと感じることだろう。


 しかし、エイトはそうではなかった。


「お、おかしいだろこんなバグぅぅぅぅ!!」


 到底受け入れられないと、ステータス画面に殴り掛かる勢いで猛烈に怒る。無駄だと知りながら、性別表示を何度も押す。


 彼がそこまで受け入れられない理由。

 それは……


「僕は可愛くなぁぁぁぁぁい!!!!」


 現実のコンプレックス。

 母親譲りの可愛らしい見た目が、である。


 声変わりは一度もなく、リアルオトコの娘だと馬鹿にされてきた日々。エイトはそんな己の容姿にコンプレックスを抱き、キャラメイクではイケメンで統一してきたほど。

 どんなアニメでも憧れるのはイケおじタイプ。

 

 そんな彼が、なにかのバグで美少女になれば。

 そりゃ納得出来ないよ。


「あーもうさっさと運営に報告しないとっ。…………あれ。"ダンジョン内ではログアウト不可"って、どういうこと?」


 まさかのログアウト不可宣言。

 初期リスから悪質バグに悩まされるプレイヤーハチ。


 あれこれ文句を叫びながら、ドスドスと地団駄を踏み反抗してみる。


――ドスンッ ドスンッ


 大きく響く足音が。

 遺跡の壁を揺らしている。


 美少女ハチ。

 まさか遺跡を揺らすほど怒りに震えて……


「……これ、僕の足音じゃない……よね」


 いくらリアリティあるゲームとは言っても、たかが初心者の地団駄程度で揺れる遺跡があるわけない。


『侵入者発見。侵入者発見。直チニ排除シマス』

「何か出てきたんだけどっ!!」


 そりゃ、あれだけ騒いでいれば敵にも見つかるというもの。


 しかし地響きの発生源とは違う敵のようで、やじろべえに酷似した、中型の守護兵。宙に浮いたその瞳が淡く輝き、瞬間に光線を発射する。


「うわっ、殺す気か!」

 もちろん殺す気である。


 明らかなる中級者以上の敵モンスター。

 しかし、対する美少女ハチもログインしたてとは思えない素早い動きで攻撃を避ける。


「と、とりあえず他のステータス確認して対抗しないと!えっと、職業は"バトルマスター"…………はい?」


 "バトルマスター"。その名の通り、戦闘に特化した職業。

 攻撃と防御がより高く増加し、その専用スキルからスペリオル内での人気も高い。ただし、その職に付けるプレイヤーは限られた者のみ。

 なぜならバトルマスターとは、初級職、中級職、上級職に継ぐ伝説職の一つ。上級職までの全ての職業をマスターした者しか選択できない最強の職業である。


 スペリオル・ソウルではエイトが好んで使用していた。


 ……が、ここはスペリオルではなくエクステンド。


 つい数分前にサービス開始になったばかりの、超初心者と言って間違いは無い。


「……上級職とかの括りが無くなったのかな。それとも……やっぱりバグ?スペリオルの時のデータが一部混在してしまった……的な」


 いよいよなんでもありになってきた。


 とはいえレベルは初期の1。

 ステータスも全職業のパッシブスキルがリセットされてるから、極端に高いわけじゃない。


「……でも、これなら勝てる!!」


 武器が無い、丸腰のハチに守護兵が迫る。


 直線距離にして約5メートル。

 敵の瞳が再び光る。


「特殊スキル : 武具生成・長槍!!」


 バトルマスター専用スキル、"ウェポンマスター"。

 クールタイムは5分。

 使用すると、好きな武器を一つ、手元に生成することが出来る。5分おきに消滅してしまうが、どの武器にも対応した壊れスキルだ。


 無論、攻撃力は己の攻撃力数値と運ランダム値を足し算したステータスを参照。全職業を制覇した者にしか扱えない、まさに伝説級のゲーマー向けスキルだ。


「遺跡の機械兵の弱点はどこも同じなんだよね。やぁっ!」


 創った槍を、光線より早く投げつけたハチ。

 槍は綺麗な軌道で守護兵の瞳に突き刺さる。その瞬間、モンスターは青いポリゴンとなって霧散した。


「良かった。モンスターの仕様はスペの時と変わってない。って、対人戦重視のゲームだから許されてる、起死回生のロマン技。健在なのは嬉しい」


 この手のゲーム、対人戦が醍醐味の一つとして実装されているゲームでは、急所――いわゆる致命攻撃クリティカルヒットは即死判定とみなされる。


 これは、対人戦において、心臓を貫いたり首を斬ったりなどのリアルな人体で即死になるダメージをゲームでも同様に死亡と判定するために用意された仕様だ。


 兜や鎧を装備して致命傷を防いだり、逆に狙って倒したりなどの戦略が広がる。

 白熱した対人戦を想定すれば、なくてはならない要素でもある。


 また、今作のエクステンド・ソウルには戦闘に欠かせない要素がもう1つ、――なるモノも存在する。


 弱点部位に攻撃を当てると、その部位に与えたダメージが1.5倍になる。


 こちらも急所と呼ばれることが多いが、致命傷とは異なるシステムのため注意が必要。


 モンスターの中には弱点部位と致命傷となる部位が同一の場合もあり、今回はまさにその仕様が当てはまる相手だったのだ。


 上手く倒せたのはハチの運の良さあってのものだと理解しておいて欲しい。


「モンスター相手も、スペリオルの頃とほとんど変わらないなぁ。まぁ、首を切り落して生きてたらちょっと気持ち悪いしね」


 それはもはやゾンビである。

 人間らしさの追求はあってしかるべき。


「それにしても、一体どうなってるんだろ。というか僕の見た目を戻してよ!!」


 守護兵を一撃で仕留めたのが美少女だとは思えない――事実中身は男だが――、プンプンと怒る姿も可愛い。


 鏡も無いので彼女は自分の姿を確認することができないが、戦闘中振り回されていた長いツインテールは薄い金髪。

 胸も少しあり、何よりデフォルトで装着されていた服装は胸鎧とスカート。中身が男であるハチには落ち着かないことこの上ない。


「うぅ……、足元がスースーする」

 つい手でスカートを抑えるその仕草は、まさに美少女そのもの。童○がみたら惚れるに違いない。

 補足だが、本人はもちろん○貞である。


ーーー【ハチ レベルup 1→5】ーーー

ステータスポイントを振り分けてください。

残り15pt

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ステータスポイント振り分け?」


 ハチの前に表示された文面に、彼女は首を傾げる。


「スペでは自動でステータスが上がっていったのに……もしかして、職業って専用技しか違いがないのかな。それだったら僕のバトルマスターもバグじゃなくて仕様……」


 職業はランダムに決まって、たまたま"バトルマスター"という職業が割り当てられた。


 そう考えれば合点がいく。

 伝説職で無くなったのは正直寂しいけれど、バグでないと分かれば少し安心する。


「とりあえず、ここを離れよう!早く村に行きたい」


 MAPではここから遥か東にヴァルミア村がある。

 ハチはそこを目指すことに決めた。


 遺跡はそこら中に穴が空いており、かなり簡単に脱出はできた。が、周辺を守護兵がウロウロしている。


「――右から一体!」


 ハチは長年のVRMMO経験で鍛え上げられた聴覚で、彼らの場所をいち早く把握する。


「よっ、ほっ、やぁっっ!!」

 瓦礫の山を軽々しく跳ね、頭上から敵より早く奇襲を成功させる。

 的確に弱点を狙って。


「――左に二体。こっちから行こうっと」


 己のステータスを理解し、無謀な戦闘は避ける。


「うへぇ、この森を抜けないと行けないのか……。先は長いなぁ」

 遺跡から無事に脱出するも、そこに広がるのは深深と空を覆う緑色の木々たち。


 天井が無かった遺跡よりも暗く不気味。

 モンスターらしき気配はしないものの、どこから奇襲されるか分かったものじゃない。


 しかし、ハチはスタスタと森の中へ走り出す。

 どの道ここにいても何も変わらない。目的地が分かっているのだから、進んだ方が生きる可能性が高い。


「街に戻ったら、まずは瞬足スキルを手に入れよう。移動が大変だ」


 己の足で、根っこを乗り越え草を掻き分け、枝を避け、動きにくい森の道無き道をひたすら進む。

 MAPが無ければ迷子は必須だっただろう。


――ブーン


 どこからか虫の羽音がする。

 虫型モンスターだ。

「蜂型か、蝶型か、何にせよ虫は嫌いなんだよね。近づかないでおこう」


 幸い音は左側から聞こえてくる。

 このまま直進するのに害はない。


 少し慎重に歩を進める。長い森に入ってから30分ほど経過した頃。ハチの視線の先に、ようやく外の光が現れた。


「出口かな。やっと森を抜けるんだ!」


 ハチは嬉しくなって駆け出す。

 体力的な疲労は存在しないために、その足取りは未だに軽快。


「うっ、眩しいっ!!」

 光の扉を通り抜け、彼女が目にしたのは――


「……っ!!広い…………」


 地平線のどこまでも続く、広大で美しい大地。

 エクステンド・ソウルの、始まりの景色だ――

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