第5話 怨恨

「うーん……」


 そろそろいいんじゃないか?

 報告のあったところは全て回った。

 いろんなモンスターがいたが、特に手こずることもなく、ちゃくちゃくと本に戻していく。


「それじゃあ、そろそろ……」


 帰ろうかと声をかけかけたときだ。

 先輩から電話がかかってきた。


「もしも……」


「おい、鈴木!! 大変なことに……!」


 その声はかなり慌てている。

 それに、雑音混じりだ。


「え? 先輩、どうしたんですか?」


「とに……、はや……もどっ……」


「あ……」


 通話はそこできれてしまった。

 嫌な予感がする。


「みんな、急いで帰るぞ!」


―――――――――――


「な、なんだ……これは」


 僕達が研究所に帰ると、あたり一面が火の海になっていた。

 特に研究所は激しい炎に包まれている。


「いったい、なにが……」


「我がやったのだよ」


 炎の中から、声がした。

 姿は見えない。


「だ、誰だ!」


「久しぶりだな、勇者よ」


「その声は……ジェクオル!!!」


 なに!?

 今、佐藤くんはジェクオルと言ったな?


「先輩、これって……」


「うん……」


 もし勇者の言う通りなら。

 とんでもない奴が、出てきてしまったぞ……。


「どうしてこんなことをしたんだ!」


 佐藤くんが声を荒げた。

 目に見えて怒っている。


「ほ~? そんなことが気になるのか」


 冷酷な魔王幹部は、「そんなこと」と言ってのけた。

 僕達の、努力の結晶である研究所を燃やしておいて。


「早く教えろ!」


「ふん、我は今気分がいいのでな。教えてやる」


「……」


「が、その前に一つ確認だ」


「確認……だと?」


「我はさしずめ……本から出てきたのだろう?」


「……っ!」


 こいつ、教えられずともわかっている?

 相当頭がキレるみたいだ。

 事実シスエラ本編では、佐藤を脅して交渉してたりしたからな……。


「だから、本棚を燃やした」


「なっ……!」


 この火事の原因が、犯人が明らかになる。


「あの本棚がゲートなのは明らかだったからな。ゲートがなければ戻れもせんだろう」


「お前……っ!」


 普段は冷静沈着な佐藤くんの拳が静かに震えている。

 彼の心を表すように、建物の炎も大きく揺らめいた。


「はは~ん。さては、心優しい勇者様は建物を燃やすなと?」


「……」


「ついでだ、ついで。派手にやるのは楽しいからな」


 いくばくかの沈黙。

 だが、それを気にする様子もなく、ジェクオルは話を続けた。


「あ、そうだ。この建物は面白いな」


「面白い……だと?」


「我とは比べ物にならん怪物もたくさんいた。興奮したぞ、いい見せ物だった」


「あ、まさか……」


 そうだ。

 建物が崩壊するとは、つまり……。


「ここが崩れれば、奴らも自由になるだろう」


「なんてことを……!」


 いつかのように、すぐ対処すればどうにかなったかもしれないが……。

 もはや手遅れ……?


「それでは、我はこのへんでお暇させてもらおう! 怪物の餌食になりたくはないからな!」


「させるか!」


 ジェクオルが言い終わるよりも早く、佐藤くんは前に踏み込み剣を振った。

 僕達にはなにも見えなかったが、彼にはジェクオルの場所がわかるのかもしれない。


「……やるのか、勇者よ?」


 残念ながら、剣は外れたようだ。


「このまま行かせるわけにはいかない……だろっ!!」


「ふん、よかろう。あのときの恨み、ここで晴らさせてもらおうか!!」


 ガキィィィン!!!


「くっ……!」


 佐藤くんがとっさに構えた剣から火花が散った。

 見ると、空中に剣だけが浮いて現れた。

 あそこにジェクオルがいるんだ。


「ほらほら、どうした?」


「このっ! このっ!!」


 まずいぞ、押されている。

 勇者は防戦一方だ。

 どこか調子が悪いらしい。


「佐藤、落ち着いてっ!」


「シャ……ロール!!」


 ここでは、シャロールさんの話術は使えない。

 それでも、彼女は呟く。


「冷静に……冷静に……」


「冷静……?」


 そうか、ジェクオルを倒すことができるのは勇者の剣だけだ。

 その名はカームソード。

 平穏な心こそが、勝利を切り開くんだ。

 今の佐藤くんは心が乱されていて、とても……。


「ぐはぁっっ!!!」


 佐藤くんが後ろに吹っ飛んだ。


「はははっ! 情けないな、勇者よ!!!」


「佐藤……!」


「これでとどめだ! 女もろとも死ねぃ!!」


 剣が勢いよく向かってくる。

 佐藤くんを支えるシャロールさんごと貫く気だ。

 僕には……どうすることも……。


「させません!!!」


 キィィィン!!!


「どけ、小僧!」


「真くん!?」


 真くんは、勇者をかばうように前に出た。

 そのまま、自分の刀で剣を受け止めている。


「おい、小僧。貴様はどけば死なずに済むのだぞ」


「それでも……どきません」


「……なぜだ」


「だって。困っている人を助けるのが、ヒーローですから!!!」


 その言葉。

 僕が真くんと出会ったばかりのころにも似たようなことを聞いた覚えがある。

 君の思いはまだ変わっていないんだね。


 瞬間、真くんの刀が水色に光り出した。


「こ、これは……」


「見えないですけど、僕わかりますよ!」


「ああ」


「これこそは、勇者の剣の一つ、カームソード!!」


「なっ……!!!」


 真くんの、どんな状況でも冷静さを失わず、やるべきことをやり遂げる姿勢!

 それが勇者として認められたんだ!


「させるか……させるかぁ!!」


「くっ……!」


 ジェクオルが剣に力を込める。

 ジワジワと押されていく。


「がんばれ真くん!!」


「カームソード、僕に力を貸してくれ……!」


 真くんが、剣に思いを込める。

 すると、剣が水をまとい始めた。


「斬れ、悪しき者を!」


 押し返す。

 水の斬撃は正面の空間に飛ぶ。


「おのれ……おのれおのれおのれぇぇーーーー!!!」


 姿を現したジェクオルは、真っ二つになって消えてしまった。


「勝った……」


「すごいぞ真くん!!!」


 まさか魔王幹部を倒せるなんて!

 さすが頼れる後輩だ!


「真くん、ありがとう」


 佐藤くんが頭を下げた。


「いえ、当たり前のことをしたまでです」


「ふふっ。真くんったら、あのときの佐藤みたい」

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