第50話:浴衣

 二人がひまわり畑から帰った数日後。

 夏祭り当日となり、世那は朝から結華と秋穂に連れられて着物を着せられていた。

 奏多はシンプルな服装で代り映えはしない。

 リビングでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた修一は下ろすと奏多を見た。


「何時に行く?」

「世那が着替え終わって少ししたらかな」

「そうか。最後の花火を見て帰るつもりだろ?」

「その予定だよ」

「なら少し離れた場所に神社がある。お前も昔行ったことがあるはずだ」

「神社?」


 思い出そうとする奏多だが中々思い出せないでいる。


「小山になっている場所だ」


 小山と言われてようやく思い出した。

 子供頃、よく家族で花火を見ていた場所だ。


「あそこなら草履でも簡単に登れて視界が開けているから花火も良く見える」

「たしかに、あの場所なら綺麗に花火が見れるか。ありがとう。父さんと母さんは祭りに行かないの?」


 すると新聞を読み始めた修一は答える。


「今年は家で見る予定だ」

「そうか。教えてくれてありがとう」

「気にするな。気を付けて行くように」

「うん」


 するとリビングの扉が開けられて結華が入ってきた。

 薄いピンクの着物を着ており、くるっと目の前で一回転する。


「お兄ちゃん、どう?」

「おお。華やかで可愛いじゃん。似合っているよ」

「そう? えへへっ」


 奏多の誉め言葉に結華は思わず照れて恥ずかしそうに頬を緩めた。

 そこに秋穂が入ってくる。


「ほら。そこに立たないの」

「ごめんって。でもお兄ちゃんに可愛いって言われちゃった」

「良かったわね。なら世那ちゃんにも言わないとね。見たら驚いちゃうわよ。ほら入って」


 秋穂が道を開けて後ろにいた世那をリビングへと通す。


「ほら。かー君どう? とても可愛いでしょ?」

「その、どうでしょうか……?」


 髪は降ろしているのではなく頭の上でお団子状にまとめられており、水色の生地に花柄模様がある上品な浴衣が世那をより一層美しく際立たたせていた。

 だが世那の問いかけに奏多は答えない。


「あの、奏多さん?」

「え? あ、ごめん」

「どうかしましたか?」


 世那に「見惚れていた」とは言えない奏多は慌てて誤魔化すが、顔が赤く染まっている。


「い、いや。なんでもない」


 顔の赤さを誤魔化そうと袖口で口元を隠して顔を逸らす。


「本当に何でもないのかな~?」


 結華の余計な一言が入り、秋穂と一緒にニヤニヤとした表情で奏多を見ていた。

 世那も奏多からの感想が気になっておりソワソワしている。

 すると結華が奏多からの感想を急かしてくる。


「お兄ちゃん。世那お姉ちゃんをちゃんと見て感想言わないと」

「ちょっ、引っ張るなって」


 そして再び世那と顔が合う。

 再び見るが、見惚れてしまうほどに美しく、それでいて可愛らしかった。


「その……派手過ぎないで落ち着いていて、加えて髪飾りが世那の可愛らしさをより一層引きたてていて素直に可愛いと思う」

「~~っ!」


 奏多の正直な感想に世那は思わず顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「あ、ありがとうございますぅ……」


 すると結華が肘でツンツンと小突きながら小声で。


「お兄ちゃんって誉め上手なの?」

「は? 素直に思ったことを言っただけだよ」


 すると結華はやれやれと呆れたように離れる。「あれが天然か」と小さく呟いていた。

 一体何が天然だというのか考える奏多だが、気にしないことにした。


「せっかくだからかー君も浴衣を着れば良かったのに」


 秋穂が残念そうな表情で呟いた。

 奏多も浴衣を着るようにと勧められたが断っていた。その理由は簡単で、単純に動きづらいという理由だった。


「動きづらいから嫌だよ」

「残念ね。ね、世那ちゃん?」

「ふぇ⁉ あ、はい。奏多さんも浴衣ならお揃いだったのですが」

「え、あ、いや……その次は浴衣にしようかな」

「約束ですよ?」

「分かった。次は必ず浴衣にするよ」


 こうして時間までゆっくりするのだった。

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