第49話:大切な笑顔

 ――翌日。

 二人は勧められたひまわり畑へと向かっていた。

 蝉が煩く鳴いており、照りつける太陽がジリジリと肌を焼くようだ。

 夏休みだからか近くの公園では小学生くらいの子供たちが元気に遊びまわっている。


「暑いな」

「そうですね」


 世那はツバが広めの白いスローハットを被っており、蝶々結びされた長いリボンの紐が風で靡く。

 極めつけは白いワンピースだ。

 彼女の魅力がより一層際立っており、通りを歩く男女からの視線が世那に集まる。


「ワンピース似合ってるよ」

「ふぇ⁉」


 急に褒められた世那は気の抜けた声が漏れ、顔を赤くして俯いてしまう。


「そ、その、ありがとうございます。奏多さんもシンプルですがとてもお似合いですよ」

「ありがとう。顔が赤いけど大丈夫? 体調が悪いなら――」

「い、いえ! 大丈夫ですよ。少し暑いだけですから!」


 誤魔化す世那に奏多は「ならいいけど」と言って続ける。


「もし体調が悪いようなら早めに言うようにな」

「はい。お心遣いありがとうございます」


 そこから世那に地元を案内しつつ目的地に向かう。

 向かう場所は少し小高い丘となっており、近づくにつれて人も多くなってきた。

 それでもカップルや夫婦が多く、二人は思わず固まってしまった。


「お、多いな」

「そう、ですね」


 何が多いとは言及しない。

 それはもう分かりきっていることだから。

 入るのは無料だが、管理に費用がかかるということもあり、入口付近で募金が行われていた。二人はいくらかを募金箱へと入れて中へと入った。

 目の前に広がる光景に思わず足を止めてしまう。


「綺麗ですね」

「だな」


 圧巻ともいえる一面の満開のヒマワリが咲き誇っていた。

 順路の所々に休憩のスペースがあるようで、休憩している人も見かける。


「ここで立ち止まったら迷惑になるし歩くか。その前に休憩はしなくて大丈夫か?」

「はい。お水も持っていますので行きましょう」


 ゆっくりと歩き出した二人。

 歩いてヒマワリにも違いがあるのが分かった。


「向こうのは大きかったのにここのヒマワリは小さいな」


 すると博識な世那が答えた。


「奏多さんはヒマワリの花言葉をご存じですか?」


 知るわけもない奏多は首を横に振った。

 すると世那は隣に咲いている大きなヒマワリを見ながら口を開いた。


「大きなヒマワリには『憧れ』『情熱』『あなただけ見つめる』などの花言葉があります。太陽に向かって花が咲くのに由来しているそうですよ。色によっても違いがあるんです」

「へぇ、ヒマワリって一色だけかと思ってた」

「白や紫、茶色など、色々な色がありますよ」

「てっきりここにある黄色だけかと思ってたよ。色々あるんだな」

「はい。それで小さいヒマワリですが、正式名所はミニひまわりといって、『愛慕』『敬慕』『高貴』『あなたを見つめる』といった花言葉があります。ブーケなど使われたりするようですよ」


 花の知識を披露する世那の表情はどこか楽し気で、自然と奏多も穏やかな気持ちにさせられる。


「博識だな」

「以前も言いましたが、私はお花が好きなんです」

「言ってたな」

「はい。季節によって違う花が咲き、色々な表情を見せてくれるんです」


 花というのは季節や場所によって種類が異なる。世那はそれを楽しんでいたのだ。

 奏多も通学の時に世那に言われたりして色々な花を見てきた。春から夏にかけて見せる花は違った。

 また違った発見があるのではないかとワクワクしている自分がいたのだ。気付けば奏多も花が好きになっていた。

 そこから順路を歩き、時には休憩したりとしながら進んでいく。


「そういえば奏多さん、ヒマワリの種って食べられるって知ってましたか?」

「嘘だろ?」


 信じられないことを聞いたかのような表情をする奏多を見て世那がクスッと笑った。


「食べられますよ。観賞用は食べれませんが」


 世那は説明を続ける。


「白と黒の縞模様の殻を剥いた中身の部分が食べられるようです。栄養効果が高いみたいです。私は食べたことありませんが」


 そう言って笑う世那。

 そう言えば、と奏多は思い出す。


「ヒマワリの油は見たことがあったな」

「はい。実際に奏多さんも食べたことがありますよ」

「え? いつだ?」


 食べたこともないし飲んだこともない奏多は思わず聞き返してしまった。


「答えはマーガリンです」

「いつもパンに塗っている、あのマーガリンか?」

「そのマーガリンです。飽和脂肪酸が少なく、リノール酸、ビタミンEといった成分が成分を多く含んでいるんです。健康的で美容にも効果がある油なんですよ」

「今日はひまわりについて色々知ったな」

「まだまだありますよ」


 そういって丘の頂上に向かうまで、世那からヒマワリのことをたくさん聞かされるのだった。


「って、ことなんです」

「なるほどな。っと、ここが山頂みたいだな」

「あ、本当ですね」


 看板が見え視界が一気に開けた。

 展望席へと歩き見て、二人は目の前の光景に目を見開いた。

 雲一つない青く澄み渡った空。天から差す陽光が視線の先に広がる何千、数万ともあるヒマワリを照らしていた。

 あたり一面がヒマワリの花で黄色に染まり、その光景に思わず魅入ってしまっていた。


「綺麗です……」


 奏多の隣に立つ世那の口から小さくも、それでもはっきりと呟かれた。


「だな」


 それ以上の言葉は要らない。

 二人は目の前の光景をただただ楽しんで、脳何焼き付けていた。

 近くのベンチで休憩しつつ景色を見る。


「勧められた理由が分かったよ」

「はい。とてもいいところですね」

「また来ようか。俺もその時までに花のことは少しでも知っておかないとな」

「それは何よりです。お花のお勉強なら喜んで手伝いますよ?」

「それは頼もしいよ」


 しばらく無言になり、二人は目の前の光景を忘れないようにと眺めていた。


「また来ようか」

「はい。絶対ですよ?」

「約束だ」

「楽しみです♪」


 まるで向日葵のような満面の笑みが咲き誇った。何よりも美しく眩しいその笑顔に奏多はドキッとさせられるのだった。



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