第43話:天ヶ瀬邸②
天ヶ瀬邸の森の駅に到着すると黒塗りの車が停車しており、車の側には前回出迎えてくれた西田が世那と奏多のことを待っていた。
「西田さん、お待たせしました」
「世那様に雨宮様。こちらにどうぞ」
世那という美少女と黒塗りの高級車と運転手という組み合わせに歩く人の視線が集まる。
気付いたのか西田は後部座席のドアを開けたので、二人はお礼を言いつつ乗車する。
そしてすぐに二人を乗せた車が駅を出て前回と同じルートで天ヶ瀬邸へと向かう。
「雨宮様」
「はい、なんですか?」
「雨宮様のご両親と妹様はお昼前には到着するとのことです」
「そうですか。なら俺達の方が着くのは早いですね」
「はい」
それから雑談をしているとすぐに天ヶ瀬家の豪邸へと到着した。
いつ見ても敷地の広さに驚いてしまう。
車が停車すると西田は先に降りて後部座席のドアを開けた。
「西田さん、いつもありがとうございます」
「いえいえ。これが私の仕事ですから。雨宮様もどうぞ」
「ありがとうございます」
車から降りて再び西田にお礼をした二人は家の正面玄関を開けた。
すると使用人が気付いて急いで宗司と鈴華を呼びに向かい、二人は客間に通される。
荷物は使用人が部屋まで運んでくれるとのことなので、任せて客間へと移動した。
座るとお茶を出されるのでそれを飲みつつ待っていると扉がノックされた。
「私だ。入るよ」
宗司の声が扉越しに聞こえ、部屋に入ってきた。隣には鈴華もおりニコニコと柔らかい笑みを浮かべている。
「やあ、奏多君。二カ月ぶりくらいかな?」
「ご無沙汰しています。それくらいになりますね。こちらをどうぞ」
奏多は宗司に買ってきた豆を手渡す。
「これはコーヒー豆かい?」
「はい。進められて試飲しましたが個性が強いコーヒーでした」
「それは飲むのが楽しみだ。世那も元気だったかい?」
「はい。奏多さんの作る料理のお陰で、毎日が健康ですよ」
「健康なのはいいことだ」
「そうね。私も奏多さんの作った料理が食べてみたいわ」
「恐れ多いですよ」
「世那が食べている味が気になるじゃない」
奏多は「機会があれば振舞わせていただきます」と言って無難に躱すが、鈴華の目がキラキラしていたが気のせいだと思うことにした。
宗司が時計を確認する。
「ふむ。ご夫妻が到着するまではまだ時間はあるようだ」
「そうね。せっかくだからいただいたコーヒーを飲みますか?」
「早く飲みたいと思っていたところだよ。そうしようか」
そう言って宗司は使用人にコーヒーを淹れるように伝える。
宗司が使用人にコーヒーの豆が入った袋を渡そうとしたので声をかける。
「ちょっといいですか?」
「問題なければここで開封して豆の匂いを嗅いでみてください。きっと驚きますよ」
「そうなのか?」
ハサミを使用人から受け取った宗司が袋を切って豆の匂いを嗅ぐ。鈴華も同様に嗅いで、二人して目を見開いて驚いた顔をしていた。
「ウイスキーの香りがする」
「そうね。驚いたわ」
宗司は「まったくだ」と言って使用人に豆を渡すと淹れに向かった。
少し待つと使用人が人数分のコーヒーを淹れて戻ってきた。カップに注がれたウイスキーとコーヒーの混ざった香りが広がる。
「いい香りだ」
鼻を近づけて香りを楽しんだ宗司と鈴華はゆっくりと口へと運んだ。
味わうように飲んだ宗司は思わず感嘆の声が漏れ出た。
「これは美味い。私が飲んできた中で特に美味しい」
「何とも言えない深い味わいね」
好評だったようで奏多は安堵の「よかった」と小さく呟いた。だが奏多の呟きは三人に聞こえており笑みを浮かべていた。
「本当に美味しいコーヒーだよ。なんて言いう豆なんだい?」
「それはバレルエイジドコーヒーです。ウイスキー樽の中に生豆を入れて、熟成させるために数ヵ月間寝かせて香りと風味を付けたもののようです。初めて歩観ましたが、案外好きでした」
「ふむ。今日知った割にはやけに詳しいようだ」
一度飲んでみたかったのならそう説明すれば納得するが、奏多は「進められて」と言ったのだ。なら知っているわけがない。
「実は、駅に向かう途中で豆も販売しているカフェがありまして、そこで初老のマスターから進められました」
「初老?」
思ったより違うところに反応した宗司は質問する。
「もしかして、白髪でイートンコートンの服装をした紳士ではなかったか?」
マスターがどのような人なのか的確に当てる宗司に思わず奏多と世那は驚いた表情していた。
「その反応、どうやら合っているようだ。カフェの名前はエトワール」
「え? 合っています。ですが、どうしてわかったのですか?」
「実はそこのカフェには昔良く通っていた。もう数年も昔の話だ」
元常連ということに驚きを隠せない。
すると、鈴華が思い出したとばかりに手を顔の前で合わせた。
「だからあの時はコーヒーに夢中だったのね」
「ちょうどその時だ。マスターからコーヒー以外にも色々と教えてもらったよ」
「お父様にそんな時期があったのですね。コーヒーに夢中だったのは知っていましたが」
「あの頃は世那とも話す機会が少なかったと思っているよ。すまない」
「いえ。こうして今が楽しいからいいんです」
満足そうで、それでいて幸せそうな表情をする世那を見て宗司と鈴華は微笑んだ。
そこに、使用人が奏多の両親と結華が到着したと報せに来るのだった。
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