第37話:学校で

 蝉の声が聞こえる。その声はまだそれほど大きくなく、どちらかといえば遠慮がちなものだ。

 学校へと向かう道を歩いている。


「奏多さん、朝から顔色が悪いですが大丈夫ですか?」

「あ、ああ。ただ、今日がテストだって思うと憂鬱だなと」

「そのような考えではテストも赤点を取ってしまいますよ?」

「うっ、怖いことを言うなよ。ここで赤点を取ったら夏休みが消えてしまう」


 赤点を取った者は、夏休み中に補習があるのだ。長期休みにも関わらず、学校で勉強しなければならないのだ。

 奏多は「それに」と続ける。


「帰れないって知れば結華がなんて言ってくるか……」

「え? 奏多さんは夏休み期間中ご実家に帰られるんですか?」

「帰る予定ではいるけど、世那はどうするんだ?」

「そうですね。私も家に顔は出しておきたいですね」

「流石に顔を見せないとか」

「はい。心配をかけられませんので」


 世那の表情は暗く、奏多がいないことに対する寂しさが浮かんでいた。


「良かったらウチに来るか? 結華も喜ぶだろうし」

「いいのですか……?」

「構わないよ。それに、地元だと夏祭りがあるからな」

「夏祭り……」

「行ったことあるか?」


 奏多の質問に首を横に振る。


「いえ。お祭りなどは行ったことがなく、中学のときの休みも海外などに行ってましたので」

「そっか。なら一緒に行こうか」

「是非っ!」


 満面の笑みを浮かべる世那に、奏多は思わず見惚れてしまう。すぐに顔をブンブンと振る。


「なら、世那のご両親にも顔を出した方がいいかな」

「喜ぶと思いますよ。メールなどで奏多さんのことを気にしていましたので」

「そうなのか」


 手土産に何を持っていこうか悩む奏多であった。

 学校に着いて教室に入ると、雑談などで賑わっていた生徒が静かに教科書などを相手に睨めっこをしていた。

 誰しも赤点は取りたくないのだ。


「おはよう」

「奏多か。おはよう。どうだ?」

「気分だけは最悪だ。テストだと思うだけで憂鬱だよ」

「分かるが、赤点を取ったら補修だ。夏休みは璃奈と旅行に行こうって話していたのに」

「なら赤点は取れないな。お互い頑張ろう」

「おう」


 お互いに右拳を突き合わせる。

 程なくしてホームルームが始まった。


「よ~し。欠席者はいないな。良く逃げずに来た」


 逃げたら補修になるからだと誰もが思った。

 生徒の内心に気付くはずもない桜井先生は続ける。


「今日は私が試験監督を務める。不正はしないようにな」

「不正したら?」


 一人生徒の質問に桜井先生は笑みを深めて答えた。


「強制退出だ。加えて私が特別に分厚い課題を用意してやろう。だから不正がないようにな。時間まで勉強していていいぞ」


 そう言って早々にホームルームを終わらせて教室を出て行った。そしてチャイムが鳴る少し前にやってきてテストに使う問題用紙と回答用紙を持ってきた。


「よーし、始めるぞ」


 こうして数日に及ぶテストが幕を開けた。

 誰もが集中し、ペンが走る音のみが教室に響き渡る。

 桜井先生は呑気に欠伸をしているが、不正するものがいないか鋭く見渡していた。

 そしてチャイムが鳴り響くとどこからともなく「はぁー」という大きな溜息と一緒に肩の荷を下ろしていた。

 次のテストも終わりお昼休みになった。

 俊斗と璃奈に誘われて一緒に食べることになった。もちろん場所は中庭である。

 奏多に向けられる視線は相変わらずだが、最近は一緒に食べることが多くなり和らいでいた。

 お弁当を広げて食べ始める。


「もう、数学赤点じゃないか不安だよぉ」

「俺もだ」

「分かる」


 璃奈に俊斗、奏多が不安そうな表情をする。


「世那ちゃんはどうだった?」

「最後の問題が間違っていなければ全問正解かと」


 璃奈の質問に当然のように答える世那を見て奏多たち三人は表情を固まらせる。

 世那にとって全問正解は当然であり、すでに高校生でやる授業の範囲はもう家庭教師がいた時に済ませていた。


「その自信を俺にも分けてほしいくらいだ」

「まったくだよ」

「だね……」


 項垂れる面々だった。

 食べ始めて少し、璃奈が夏休み何をするのかと世那に尋ねた。

 聞かれた世那は答える。


「そうですね。両親に顔を見せたら、奏多さんのご実家に行こうかと。一緒に暮らしているのに挨拶をしていませんでしたので」

「へ? 雨宮くんの実家に?」

「はい。何か?」

「も、もしかして二人は付き合い始めたとか?」

「ち、違いますよ!」


 顔を赤く染める世那。奏多が答える。


「誘ったのは俺だよ。それに祭りにも興味があるみたいだったから」

「祭りかぁ」

「俊斗に聞いたけど、旅行に行くんだろ?」

「うん! 箱根に行こうってなったの! 楽しみだなぁ」


 嬉しそうにする璃奈。箱根と聞いて世那は思い出したように口にする。


「そういえば、箱根に私の父が経営する会社の旅館があったと思います」

「へ?」

「夏休みの時期は予約で埋まっていますが、父に言えば部屋は確保できると思いますよ」

「え! いいの⁉」

「本当か⁉」


 璃奈と俊斗はきらきらと期待の籠った眼差しを世那に向ける。


「でも天ヶ瀬財閥の傘下にある旅館って高くなかったか?」


 高いと聞いて二人の表情がみるみるうちに落ち込んでいく。

 天ヶ瀬財閥の経営する旅館は高級で、大物政治家などが利用している。そこに泊まるとなれば相当な金額になる。

 すると世那は二人を安心させるように笑みを浮かべる。


「そこは大丈夫です。璃奈さんにはすごくお世話になっていますので、父も快く泊めてくれると思いますよ。後で聞いてみますね」

「うぅ、ありがとぉ!」


 手を握って瞳を潤ませる璃奈を見て世那が苦笑いを浮かべる。

 そこから話していると時間も過ぎ、教室に戻って次のテスト勉強を始めるのであった。

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