第35話:テストに向けて
梅雨明けの公式な宣言はまだ出ていなかったが、空は真っ青にはれ上がり、太陽が地上を照りつけていた。
授業のほとんどが自習となり、テストが近づいていることを教えてくれる。
自習の時間を最初は適当に遊んでいた生徒たちも、ようやく真面目にテスト勉強に励んでいた。
教室は静かで、ペンが書き走る音のみが聞こえる。
本日の自習担当である桜井先生は教壇でぐっすりと眠っており、教師がそれでいいのかと誰もが呆れていた。それでも教えることに長けており、聞かれればしっかりと丁寧に教えていた。
普段の言動は少々アレだが、教えることに関してはどの先生よりも上手かった。
「先生、ここの問題が上手く解けないので教えてください」
一人生徒が桜井先生に聞きに向かった。
寝ていた桜井先生は瞑っていた目を開けて気怠そうに教科書を見た。
「ああ。これは誤答だな。間違えないようにするには~」
黒板を使いながら生徒に説明していく。自分のことではないにも関わらず、その説明を聞く生徒もいる。それだけ分かりやすいということだった。
数学に関しては超が付くほどの一流。他の分野に関してもそれなりにできるので、普段の言動がなければ完璧な教師だ。
「ってことだ。この二点に注意して問題を解いていけば簡単に解けるようになる」
「ありがとうございます」
席に戻っていく生徒、桜井先生は再び眠りについた。
それを一瞥して奏多は再びノートにペンを走らせる。
チャイムが鳴り授業が終わるも、今日は一日中担任である桜井先生が自習監督となっている。
「ん~、終わった終わった。さて、一服でも行きますか」
そう言って鼻歌を歌いながら桜井先生は教室を出て行った。
飲み物を飲んでいると、前の席に座っている俊斗が振り返った。
「なあ、奏多。苦手な科目ってなんだ?」
「う~ん。全部が得意ってほど得意じゃないけど、強いて言えば英語かな」
「同じか~。俺も英語だけは無理なんだ。どれだけ勉強しても赤点取る自信がある」
世那と話していた璃奈が会話に入ってきた。
「私も英語はどれだけ勉強してもできる気がしないよ~。世那ちゃんはなんで英語ができるの?」
世那は授業でも流暢な英語を話して見せた。
彼女自身、大企業の令嬢ということもあり、幼少期の頃より英語は習わされていた経緯がある。
「そうですね。みなさんの思い込みだと思いますよ」
「思い込み?」
奏多は思わず聞き返してしまったが世那は頷いた。
「はい。わかりやすく英語を学べば意外と簡単なんですよ? 別に綺麗な日本語に訳さなくていいんです」
そう言って世那は説明する。
「よくある英語の語順は『主語+動詞+目的語』が形であり、それに対して日本語は『主語+目的語+動詞』が基本形です。ですので、綺麗な日本語に訳そうとするのではなく、英文のまま訳すのです」
世那の説明に奏多たちのみならず、他の生徒も聞いている。
「例えば、『I eat dinner at home everyday』を訳すと『私は毎日家で夕食を食べます』となります。これを英文通りに訳します。すると『私は食べています。夕食を。毎日。家で』となります。苦手だと思っている人は、英語をパズルのように分解して綺麗な日本語に直そうとする複雑な作業を行っているのです。ですので、英文の語順通りに訳せば難しくありません」
説明を終えると、周りから「おぉ……」と感心した声が聞こえてきた。
奏多も説明を聞いてこれならできると思ってしまった。
「凄く分かりやすかった! なんかできそうな気がするよ!」
「いえ。私がまだ苦手だった時に、講師の人に言われたことをそのまま言っただけですよ。大したことはしていません」
「謙遜しなくていいのに」
それからチャイムがなり桜井先生が戻ってきて自習が始まった。
奏多は世那に言われた通り英語を訳してみることにした。最初は難しかったが、英文通りに訳して綺麗に並び替えるだけで簡単に解けてしまった。
考え方を変えただけでこんなにも変わるとは思っていなかった。
そのままこの自習の時間は英語に費やすことにするのだった。
時間が経ちチャイムが鳴った。お昼休みとなり桜井先生は先に教室を出ていった。
「夏は嫌だなぁ」
「奏多は良く外で食べているのにか?」
「単純に暑すぎるのは嫌いなんだ。まあ、他にも理由はあるけど」
もう一つの理由は、同じ弁当を見られるのを避けるためであった。
だがそれもこの天気では仕方がなく、机の上で弁当を広げた。
「おっ、今日も弁当か。ところで、誰の手作りなんだ?」
後半、声量を絞って周りに聞こえないくらいで俊斗は聞いてきた。
ニヤニヤしている顔を殴りたい気持ちが出てくるもグッと抑える。
「今日は俺だよ」
「そっか。なら明日は違うのかな?」
「関係ないだろ」
「悪い悪い」
謝る俊斗は弁当を広げる。
「あれ? 今日は弁当なのか?」
奏多の質問に俊斗は嬉しそうに、それでいて幸せそうに答えた。
「実は璃奈の手作りだ」
「へぇ、高倉さんの」
「あっ! 何か言いたいことあるの⁉」
すると話を聞いていた璃奈が不満そうな顔で割って入ってきた。
「いや、意外だなって。前に苦手って言ってなかったか?」
「だって、二人を見てたら、私も作ってみたくなったんだもん」
恥ずかしそうに頬を染める璃奈に奏多は謝罪する。
別に悪気があって言ったのではなかった。
「何事も挑戦しないとだからな」
「うん。ありがとう。それで俊くん、どう?」
聞かれた俊斗は一口食べ、笑顔でグッドサインを送る。
「美味い!」
「ほんと⁉ やったぁ! 実はお母さんに教えてもらいながら作ったんだ」
「そうなのか。本当に美味しいよ」
「明日も作ってくるね!」
「怪我はしないようにな」
「うん!」
気付けば甘い空間になっており、奏多はさっさと食べてその場を離れるのだった。
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