第29話:不慮の事故である

 世那は湯船に浸かりながら、帰り際に璃奈に言われたことを思い出していた。


 ――自分の気持ちと向き合ってみよう。


 そう言われたのだ。

 その言葉が何を意味するのか分かっていた。それは奏多に対する気持ちだ。

 どう思っているのかを考える。


「どう思っているのか……」


 小さく呟かれたその言葉は、湯気と一緒に消えていく。

 考えて考えても分からない。

 奏多には家出した時に助けてもらい、今もこうして料理なども作ってくれる。

 感謝こそすれ、今の気持ちが恋愛感情なのかと言われればわからなかった。ただ、自分以外の女性が奏多の隣を歩いているのを想像したら胸が締め付けられる思いだった。


「どうしてでしょうか……」


 世那まだ自身の気持ちに気付いていなかった。

 お風呂に置いてある時計を見ると、入ってから結構な時間が経っていた。

 長風呂をしてしまうと、この後に入る奏多に迷惑をかけてしまうので早々に出ることにして扉を開けて段差に躓いた。

 倒れるような大きな音は、リビングでゆっくりしていた奏多の耳にも届いた。


「なんだっ⁉」


 音がした方向は浴室で、世那が怪我をしたかもしれないと思い急いで駆けつける。

 本来、奏多は世那がお風呂を使っている間は浴室には近づかないようにしていた。

 悪いと思いながらも奏多は扉越しに声をかけてドアノブを引いた。


「大丈夫か⁉ 入るぞ!」

「ふぇ⁉ ちょっと待っ――」


 静止の声を聞かず扉を開けると、尻もちをついている世那と視線が合った。

 奏多の視線が下に落ちる。

 白雪のように白い肌は湯船から上がったことで濡れており、濡れた髪から滴る水滴が鎖骨を伝って流れ落ちる。

 世那は目の前に奏多がいることと、自分を今の状況を見て一気に顔が紅潮した。急いでタオルで隠す世那に、奏多は瞬時に顔を逸らした。


「み、見ましたか……?」


 恥ずかしながらもそう尋ねる世那に奏多は素直に謝罪した。


「ごめん!」


 奏多の「ごめん」が意味することを理解してしまう。

 廊下に出た奏多は扉越しに再び謝罪する。


「ごめん。覗くとかそういうことじゃなくて……」

「分かっています。心配してくれたんですよね?」

「ああ。大きな音がしたから怪我してたらと思って……それで、怪我はしてないか?」

「いえ。大丈夫ですよ。まだちょっとお尻が痛むだけで、怪我とかはしていません」


 それを聞いて奏多は安堵する。

 お尻をさする世那は少しすれば治ると思っており、事実痛みはもう引きはじめている。


「ご心配をおかけしました」

「いや、俺こそごめん。配慮に欠けていた」


 扉越しに着替える音が聞こえ、このままでは色々とマズいと思い戻ることにした。

 程なくして髪の毛を乾かしてきた世那がリビングにやってきた。その顔は俯いているが耳まで真っ赤に染まっている。

 隣に座る世那は、用意されたお茶を一口飲む。


「――します」

「え?」


 最初の言葉が小さく、最後しか聞き取れなかった。


「ですから、今度私の買い物に付き合っていただきます! それで今回のはなかったことにします!」

「は、はい……」


 世那を見ると未だに羞恥で顔が真っ赤だ。


「でも、怪我がなくて本当に良かったよ」

「はい。ありがとうございます」


 世那は心配してくれたことに対するお礼をする。

 その後は世那が先に寝たことで、奏多も早々に寝るのだった。

 先に布団へと潜った世那は、裸を見られたことで悶えることになるのであった。

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