第17話:天ヶ瀬邸⑤

 世那の両親である宗司と鈴華との食事が終わり、お風呂を上がった奏多は部屋で呆然としていた。

 奏多だけではない。同じ部屋にいる世那も同様に目の前のベッドを見て固まっていた。

 別々の部屋と聞いていたのが、案内されるとお風呂上がりの世那がおり目の前にはキングサイズのベッドが置かれていた。


「なあ、世那……」

「聞かないでください……」


 世那は顔を朱色に染めるも平然を装っている。

 一緒の部屋でキングサイズのベッドが一つ。嫌でもこの意味を理解させられた。


「ほ、他の部屋は?」

「自分の部屋に行きましたが、ベッドはありませんでした。まさかこんなことをするとは……奏多さん、ごめんなさい。今からお父様に――」


 部屋を出ようと扉に近付き、ガチャッと鍵の閉まる音がして固まった。ドアノブを掴んで開けようとするも開かない。

そこで、奏多は近くのテーブルに置かれた紙を発見した。見るとなにやら二人に向けて何か書かれていた。

 奏多から紙を受け取った世那が読み上げる。

 書かれていた内容はこうだった。


『親愛なる娘へ


 今晩は二人のために準備したの。周りには誰も近寄らないように言いつけたから朝までは誰も来ないわ。

 長い夜になると思うけど、これは私からのプレゼントよ♡

 それではいい夜を。


 母より』


「「……」」


 内容を読み終えた世那の手から紙がひらりと床に落ちた。

 そして数秒後、世那は叫んだ。


「お母様のばかぁぁぁぁぁ!」


 世那の叫びは奏多以外の人に届くことはなかった。

 しばらくして落ち着いた世那だが、落ち着かない様子だった。奏多もこのままでは世那と一緒に寝ることになる。

 部屋を見渡すと、小さくもソファーが置かれているので世那に言う。


「ベッドは世那が使ってくれ。俺はこのソファーで寝るよ。今の時期なら毛布一枚で十分だからさ」


 向かおうとして裾を摘ままれた。

 振り返ると俯いている世那がおり、耳が赤く熱を帯びていた。


「そ、その、一緒に、寝ませんか……?」


 小さく呟かれた言葉から、恥ずかしがっているのが伝わっていた。一緒に寝るのは色々と問題があった。


「いや、だけど――」

「ダメ、ですか?」

「――ッ⁉」


 上目遣いで奏多を見る世那はとても可愛らしく、それでいて拒むことの出来ない強さを秘めていた。

 世那の顔は真っ赤に染まっており、今にも煙が上がりそうだ。


「嫌じゃないのか? 好きでもない相手と一緒に寝るのは世那だって嫌だろ?」

「か、奏多さんなら良い、ですよ? それとも奏多さんは私が嫌いですか?」


 今にも泣きそうな世那を見て「嫌い」とは言えない。そもそも奏多は世那のことが嫌いではなく、世那のことを思っての提案だったのだ。


「わかったよ」

「ありがとうございます。客人で、私のお友達をソファーで寝かすなんてできませんから」

「気遣いか?」

「さあ、どうでしょう?」

「どちらにせよありがとうと言っておくよ。ソファーで寝たら、朝起きて体が痛くなってそうだ。まあ、その心配はなさそうだけど」


 そう言って奏多は寝ようとしたソファーに視線を向けた。どの家庭にでもあるソファーではなく、見ただけで高いと分かる。

 ふかふかそうで、そこらへんで言っているベッドよりも寝心地は良さそうだった。

 すると世那が眠たそうに可愛らしい欠伸をする。


「ふぁ~、もう眠いですね」

「今日は朝から人混みを移動していたからな。俺も疲れて眠い」

「そ、それじゃあ寝ましょうか」

「あ、ああ……」


 緊張した声色で世那がそう言って先にベッドに入った。するといつまで経ってもベッドに入ろうとしない奏多を見て声をかけた。


「寝ないんですか?」


 世那は誰もが振り返るほどの美人であり、これから一緒に寝ると考えたら自然と動悸が早くなっていた。


「わ、私だって恥ずかしいんですよ? 寝顔が見られるんじゃないかって」

「寝顔なら何度か見ているけど?」


 奏多は家のソファーでうたた寝をする世那を何度か見ており、加えて寝ぼけてベッドに侵入してきたことだってある。

 意を決してベッドへと入り電気を消した。

 カーテンの隙間から差し込む月明かりが、部屋を僅かに照らす。

 隣で寝る世那からお風呂上がりのシャンプーの匂いがふわっと香る。数分が経過するも、それによって眠いのに眠れないという状況が形成され、奏多は必死に寝ようと脳内で羊を数え始める。


「奏多さん、起きていますか?」

「起きてるよ」

「寝ちゃったかと思いました」

「ははっ、この状況で寝れたらどれだけ楽か……」


 ふふっと笑い声が聞こえた。


「寝る前に言いたかったんです。今日はありがとうございました」

「何もしてないよ」

「そうかもしれませんが、私は奏多さんが父と母に会っていただいて嬉しかったです」

「そうか。娘想いのいい両親だな」

「はい。愛されていたんだなって分かりました。ありがとうございます。それではおやすみなさい」

「ああ。おやすみ」


 二人はぐっすりと寝るのだった。

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