第16話:天ヶ瀬邸④
呼ばれたので食卓へと行くと、席には知らない女性が座って世那を見て満面の笑みを浮かべた。
「おかえり世那!」
「ちょっ、お母様⁉」
世那の放った言葉に奏多は思わず目を見開いた。
それもそのはず。世那の母、
世那に抱き着いた鈴華は少しして離れると、隣にいた奏多に気付いた。
「あら、この方は宗司さんが言っていた?」
席に座っていた宗司が頷き、世那が奏多を紹介する。
「お母様。この人は雨宮奏多さん。今一緒に暮らしている方です」
「奏多さんね。たしか世那とはクラスメイトだとか」
「雨宮奏多です。世那とはクラスメイトで、今は一緒に暮らしています」
挨拶をすると鈴華は奏多の手を取る。
「初めまして。世那の母、天ヶ瀬鈴華です。娘がお世話になっています。家では世那はどうですか?」
「そうですね。学校では見せないところを見れて新鮮です」
「あらっ! もしかしてもう一緒に寝たのかしら?」
顔を向けた世那は思い出したのか耳まで朱色に染まる。
「い、一緒に寝るとか、そんなこと……」
鈴華の顔が喜色に染まる。
「まあ! もう一緒に寝たのね!」
「ち、違います!」
「でも否定してないわよね?」
「うぅ……」
蹲ってしまう世那を見て面白そうにしている。宗司から視線を感じるも、奏多は説明する。
「それは世那が寝ぼけて勝手に俺のベッドに入ってきただけですよ」
「新しい場所はよく間違えるものね。ところで子供はまだかしら?」
世那の顔が真っ赤に染まり、あうあうとしている。これまた可愛らしいのだが、奏多は誤解を解くために説明する。
「俺も寝ていて気付かなかったので、それ以上はありませんよ」
「そう。残念ね」
「鈴華、揶揄うのもその辺にしておきなさい。料理が冷めてしまう」
「それもそうね。さあ、食べましょうか。世那もそこで恥ずかしがっていないで席に着きなさい」
世那は小さく「誰のせいですか」と零していた。席に着き食事が始まった。
並べられている料理はどれも美味しそうで、庶民の奏多からすれば高そうに見えた。
「今日は豪華だな」
「今日は料理人が腕を振るったそうよ。婿が来ると言ったら張り切っていたわ」
宗司の疑問に鈴華が説明した。
「あの、婿とは……?」
「将来の話よ」
「いやいや。それはないでしょう」
「そうかしら? 奏多さんのお陰で世那もこうして前より笑顔を見せるようになって、自分のしたいことを言うようになったの。だから奏多さんには私も宗司さんも感謝しているのよ」
「俺は大したことをした覚えがないのですが」
奏多はあの時世那に言った言葉なのだろうと予想しており、その予想は当たっていた。
「いいえ。奏多さんのお陰でああやって元気な世那を見ることができたのよ。感謝してもしきれないわ。さあ、食べましょうか」
食事が始まったのだが、豪華な料理のあまりのおいしさに舌を鳴らす。
人生においてここまで豪華な料理を食べることはなく、ゆっくり味わうことにした。
雑談を交えながら食事を楽しむのだった。
その後、食後のコーヒーが出てきたので飲みながら、奏多はあることを思い出した。
「あの、ウチの両親のことを知っているのですか?」
「知っているとも。とても優秀だからね。我が社にとっては重要な人だ。二人のお陰で会社がより一層利益を得たこともある。今は本社とは別のところでその手腕を振るっているよ」
宗司は話を続ける。
「二人とも私に決定に意見することが多くてね」
「よくクビにしませんでしたね」
「優秀な人材をクビにすることなんてできないよ。それに、意見のお陰で良くなったことが多い。大切な部下だ」
「そうでしたか」
そこで両親の話から奏多の祖父の話へと移る。
「君の祖父はどういう人だったんだい?」
宗司に言われ、世那も鈴華も気になっているようで奏多の方を見ている。
奏多は幼い頃を思い出す。
父方の祖父母の家に行くと、奏多の教育方針で父と祖父がよく揉めていたことを思い出す。母方の方はすでに他界しており、母自体はわりと自由にさせてくれた。
教育に関して父に意見することはなかった。
奏多は一度、言いなりになるのが嫌で家出をするようにして祖父母の家へと行き、そこであの言葉を言われたのだ。
祖父は厳しいところもあったが、それでも自由にさせてくれた優しい人だった。だから奏多は宗司の問いにこう答えた。
「とても厳しく、それでいて優しい人でした」
「そうか。良き祖父がいたようだ」
「今の自分がここにいるのは祖父のお陰です。自分の人生は他人に縛られるものじゃないと。だから感謝してもしきれません」
「私も世那に無理強いばかりさせてしまった。君の言葉を聞いて今までの自分がバカのように思える」
そう言って宗司は世那の方を見た。
「すまない。奏多君の言う通り、人の人生をたとえ親だろうと縛ることはできない。だから自由に自分がしたことをやりなさい。私はそれおを応援するよ」
「私もよ。大切な娘だもの。後悔のないように、自分の好きなことをしなさい」
「はい。お父様、お母様。ありがとうございます」
目元に溜まった涙を人差し指で拭き取った世那は柔らかい笑みを浮かべるのだった。
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