第13話:天ヶ瀬邸①

 奏多と世那の同棲生活が始まってから早半月が過ぎた土曜日の朝。


「今日か……」

「そんなに緊張しますか?」

「そりゃあ、世那のお父さんと言っても、大企業の社長にこれから会うとか緊張しかない」


 そう。奏多はこれから約束していた世那の父へと会いに行くのだ。

 どうして会いたいのか理由すら聞いていない。


「世那は何も聞いていないのか?」

「はい。ただ奏多さんを連れて来るようにとしか言われていなくて。すみません」

「いや、世那が気にすることじゃないよ。まあ、大体予想はつくけどね」


(大方、俺がどういう人なのか判断したいんじゃないかな)


「嫌でしたら断って頂いても良かったのですよ?」

「いいや。一緒に暮らしているんだ。呼ばれたからには行かないとな」

「奏多さんらしいというかなんというか」

「それは誉めているのか?」


 ふふっと笑う世那だった。

 家を出た二人は最寄りの駅へと向かいながら話をする。


「ところで最寄りの駅からは近いのか?」

「いえ。少し離れています。今朝、お父様から駅に迎えの車を向かわせると言っていました」

「あ、ありがたいな」


 さも当たり前のように言うので思わず言葉に詰まってしまった。

 世那にとって当たり前でも、奏多にとっては公共交通機関での移動が当たり前となっている。育ちが異なればこういうこともある。

 歩き始めてしばらくすると人が多くなってきた。

 世那の今日の格好は白いワンピースの上から上着を着ており、周囲から注目を集めていた。隣にいる奏多へと多くの男性から嫉妬の目を向けられている。


「どうかしましたか?」


 落ち着かない様子の奏多に気付いた世那が心配そうな顔で見ていた。心配させないようにと笑みを浮かべて何でもない風に装う。


「いや。何でもないよ。休みだと人が多いなと思って」

「奏多さんは普段、家から出てないですからね」

「そういう世那もじゃないか」

「あ、あはは……返す言葉もございません」


 そしてお互いに顔を見て可笑しそうに笑った。電車が来たので乗り、二つ先の駅へと降りりて駅の外に向かう。


「すみません。電話で呼びますね」


 そう言って世那が電話して少しして一台の黒塗りの高級車が二人の前に止まり、運転席から一人の男性が下りて来た。


「お嬢様、お迎えにあがりました。そちらの方が雨宮様でよろしいでしょうか?」

「はい」

「はじめまして。私は天ヶ瀬家の運転手をしております、西田と申します。お嬢様がお世話になっております」

「い、いえ。お気になさらず。雨宮奏多です。迎えにきていただきありがとうございます」

「これもお仕事ですので。ではどうぞお乗りください」


 二人が車に乗り込むと天ヶ瀬邸に向けて走り出した。

 郊外まで車を走らせていくと、窓の外からでもわかるほどの大きい家が見えた。家と呼ぶには大きく、屋敷と言った方がしっくりする。

 門を潜り抜けると広い庭が広がっており、正面玄関の正面には小さすぎず大きすぎない噴水が設置されていた。

 噴水の水が陽の光によって虹が作られていた。

 車が停車して助手席の扉が開けられ、奏多と世那が降りた。


「西田さん。ありがとうございました」

「いえいえ。お気になさらずとも結構ですよ。これも仕事ですから」

「私からも。お迎えありがとうございました」

「世那様も、これが私の仕事ですから」


 そうして使用人に案内されて天ヶ瀬邸へとお邪魔した。

 正面玄関を潜り抜けると中は広々としており、移動していても廊下などに余計なデザインや調度品が少なかった。


「派手じゃなくて意外だったかな?」


 奏多の後ろから声が掛けられ振り返ると、40台前半にしてはまだ若々しい爽やかそうな男性が笑みを浮かべていた。


「お父様!」


 世那の父であり、日本を支える大企業の社長。だが奏多にはそのような圧は一切感じられなかった。


「やあ、世那。おかえり」

「ただいま戻りました」

「それ、世那。そちらの方が?」


 世那はコクリと頷いて奏多を父へと紹介する。


「同じクラスで今一緒に暮らしている雨宮奏多さんです」

「そうか、キミが二人の」


 興味深そうに奏多を見つめる世那の父に自己紹介する。


「初めまして。雨宮奏多です」

「おっと、自己紹介がまだだったね。私は天ヶ瀬宗司。世那の父親だ。娘とは仲良くやっているようで何よりだ。移動で疲れただろう。少し休んでからでいいから、後でキミとゆっくり話がしたい」

「はい。お心遣いありがとうございます」

「部屋に案内してやってほしい」

「かしこまりました」


 二人は使用人の後について行き部屋へと向かうのだった。

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