第10話:調理実習①

 ついに調理実習の日がやってきた。

 この日のために世那は奏多によって料理を教えられてきた。


「今日、調理実習だけど大丈夫そうか?」

「はい。日頃の努力の成果を見せるときですね」

「頼むから怪我だけはしないでくれよ」


 単純に怪我をしてほしくはないから出た言葉だった。

 それに世那が怪我をして、彼女の父親に怒られたくはないというのも少なからずはあった。

 時間となり家を出て学校へと向かう。別れる手前、奏多は世那を呼び止めた。


「世那、これを渡しておく」

「鍵ですか?」


 世那に渡したのは家の鍵だった。スペアを持っていたが渡すのをすっかり忘れていた。

 毎日一緒に帰ることはない。世那にだって友人などと過ごす自由があるのだから。好きな時に帰ってくれば良いのだ。


「合鍵だ。別に毎日一緒に帰れるわけじゃないからな。学校の用事や友達と遊びに行くこともあるから」

「ありがとうございます。ですが必要ないと思いますよ」

「放課後は友達と遊びに行くこともあるだろ? それに、俺が用事で帰りが遅くなることだってあるから」

「なるほど。そうですよね。奏多さんも男子ですから、女の子と遊びたいですもんね」

「どうしてそうなる……」


 ふんっと不機嫌そうにそっぽを向く世那を見て、どうしてそういう反応をするのかと頭を悩ませる。入学してから早二カ月が経とうとしており、異性の友達など俊斗の彼女である璃奈くらいしかいないのが現実だ。


「異性の友達なんて俊斗の彼女の璃奈くらいしかいないぞ」

「へぇ~、璃奈さんに言って女の子を紹介してもらうとか?」

「しない。俺がそんなこと頼むと思うか?」

「しないですね! それでは学校で」


 満面の笑みを向けられたことで、奏多は何が嬉しかったのかよく分からないままであった。

 そんなこんなで一人、学校へと向かうのだった。

 学校に着いてホームルームとなり、担任の桜井先生が点呼を取り連絡事項をスラスラと話す。話し終えると大きな溜息を吐いた。


「今日の調理実習には私も顔を出す。ってことでお前ら、私のために最高のハンバーグを作ることだ。私が認めれば将来専業主夫として養ってやる」


 誰もが無言となるが、一人が呟く。


「合コン失敗したからって生徒をキープしようとするなよ」

「おい、誰だ! 私が合コン全敗のクソ教師だと言ったのは⁉」


 みんなが思う。

誰もそこまでは言ってない、と。

そして一人勝手に涙を流し始めた。


「別に私は一生このまま孤独でいいんだ。酒と煙草があれば生きていけるさ……」


 何とも言えない空気が流れ、気付けば桜井先生は女子生徒に慰められていたのだった。

 奏多たちは教室から調理室へと移動した。

 教師は桜井先生と料理を教える竹井先生の二人がいる。

 竹井先生が手短に説明し、最後にあることを言った。


「では、四人のグループを作ってください」

「……え?」


 奏多は小さく声を漏らした。近くの席には俊斗と璃奈、そして世那がいる。

 どうしようか奏多が悩んでいると、俊斗がある提案をする。


「奏多と天ヶ瀬さんさえよければ、この璃奈を入れた四人でどうかな?」

「え? はい。私は構いませんが……」

「やったー!」


 璃奈が声に出して喜ぶ。俊斗が奏多を見る。


「奏多はどうする?」

「どうせ他に友達がいないからって声かけたんだろ?」

「さあ、どうだか」


 俊斗なりに気をきかせていたのだが、奏多にはそれがバレバレであった。

 この誘いは奏多にとっても好都合であり、世那が料理できないのがバレることもない。

 男子からの彼方へと視線の圧が凄い。世那がいるのだから少しでも仲良くなろうとしていた。

 俊斗はそのような視線を気にせずに奏多に尋ねる。実際、俊斗はそのような視線のことは気付いてすらいなかった。


「それでどうする?」

「一緒にやらせてもらうよ。それに、俺の料理の腕を見せてやる」

「へぇ、なら楽しみにしておこうかな」

「雨宮くんの手料理楽しみ」


 璃奈は奏多の料理が食べられると聞いて大喜びである。竹井先生の説明が終わった後、用意された材料を取りに行きハンバーグ作りが始まるのだった。



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