第5話:はじまる同棲生活
そして翌朝。奏多の部屋にいくつもの段ボールが運ばれてきて、玄関前には世那が微笑みを浮かべて立っている。
「今日からお世話になります」
「つまり、一緒に暮らすと?」
コクリと頷いた。
何も話を聞いていない奏多は何が何だか理解出来ていない。まずはどうしてこうなったのかを話しを聞くことにした。
「どうして俺と天ヶ瀬さんが一緒に暮らすことになるのか聞いても?」
「お父様に話したら、天宮さんのご両親にお話がいったようでして……」
奏多の両親は天ヶ瀬財閥の本社で働いている。それでも奏多は全く話を聞かされていなかった。
「父さんから聞いていないんだけど?」
「いえ。奏多さんのお父様ではなくお母様です。もちろん、お父様にも承諾していただいております」
「ちょっと待て」
そう言って奏多はスマホを取り出して電話をかけ、何度目かのコールで繋がった。
「母さん。今、天ヶ瀬さんの荷物が家にあって、これから一緒に暮らすって言ってるんだけど?」
『あら、言ってなかったかしら? 天ヶ瀬さんのお父さんが「娘を雨宮さんのご子息と一緒に暮らせてほしい」って言われてね』
「もちろん断ったんだよね?」
『ええ。二つ返事でOKしたわ。良かったわね、未来のお嫁さんゲットよ!』
脳内では満面の笑みで親指を立てる母の姿が想像できてしまった奏多はガックリと肩を落とす。
「頼むから連絡してくれ」
『あ、忘れてたわ』
「おい⁉」
『まあ、仲良くやるようにね。お母さんはこれから用事があるから。それじゃあ』
「あっ、ちょっと待っ――」
ツー、ツーッと通話が切れた。
無言の間が続いて気まずい雰囲気となも、そこで奏多のスマホが鳴った。
「うぉっ⁉ 誰から――って母さんからかよ」
『そうそう。伝え忘れていたけど、孫の顔を見せるにはまだ早いからね!』
ツッコミを入れる前に通話は切れてしまった。
奏多が世那を見ると笑っていた。
「どうした?」
「いえ。家族と仲が良いんですね」
「仲は良い方だと思うよ。まあ、ここで追い出すわけにもいかないか」
「追い出されたら今度こそ野宿ですね」
「言うと思ったよ。さあ、家に入ってくれ」
「お邪魔します」
靴を脱いで中に入る。
部屋は余っており、そこを世那の部屋にするように伝える。
「それじゃあ、荷物を部屋に運ぶのを手伝うよ」
「お願いします」
それから片付けをはじめ、土曜日は潰れるのだった。
日曜日の朝となり目が覚めると何か違和感があった。その正体を探るべく、布団を剥がすと丸くなるようにして世那がパジャマ姿で静かに寝息を立てていた。
一度布団を戻して冷静になるべく呼吸を整える。これは夢だと言い聞かせ、再び布団の中を覗く。
そこには、むにゃむにゃと今度はだらしない表情で寝ている世那がいた。
「ここは天国ですかぁ~」
「な、なんでここで寝ているんだ……」
そんな疑問が思い浮かぶ。別々で寝ているはずなのにだ。
この可愛らしい寝顔を見て無理やり起こす気も起きない。奏多がゆっくりと起きようとして服を掴まれた。
「どこに行くんですかぁ」
「寝言、だよな……?」
これ以上いれば理性が保てないと思い、急いでベッドから起き上がってリビングに行きコーヒーを淹れる。
ほろ苦い香りが朝の眠気を吹き飛ばす。
一口飲むとコーヒー特有の美味さが口の中に広がり冷静になっていく。
朝食の準備をしていると部屋から音がした。
起きた世那は顔を真っ赤にしていた。
「わ、私なんで雨宮さんのベッドで寝て……!」
自分がどうして奏多のベッドで寝ているのかが不思議だった。そこで昨日の夜のことを思い出した。
二回目となるが、初めて異性の人と一緒に暮らすことになり緊張していた。当の本人は客人のように扱っていたが。
夜は自分の部屋で寝ていたのは記憶に残っている。
「夜中にお手洗いに行こうと目が覚めて……」
ハッとしてどうして奏多のベッドで寝ていたのか徐々に思い出し、さらに顔が真っ赤になっていく。
「そうだ。私、寝ぼけて雨宮さんのベッドに、うぅ……」
恥ずかしさのあまり涙目になってしまう。
この部屋で目が覚めて、寝ているはずの奏多がいないということは、寝顔を見られたということだ。
程なくしてリビングに行くと、朝食を作っている奏多がいた。
「お、おはよう。良く寝れたか?」
ぎこちない挨拶に、世那は察してしまった。これは寝顔を見られているのだと。
「お、おはようございます……その、ごめんなさい」
「うん。それは良いんだけど、どうして俺のベッドに?」
恥ずかしさのあまり頬が朱色に染まる。
「その、昨晩お手洗いに行って、寝ぼけて雨宮さんのベッドに入ってしまったようで……すみません」
「ね、寝ぼけてか。よくあることなのか?」
「いえ。良く知っている自分の家なら大丈夫なのですが……」
この前大丈夫だったのは奏多がリビングで寝て、ベッドを世那に使わせたからだ。
「まあ、次からは気を付けるようにね」
「嫌な思いをさせてすみません」
「別に嫌じゃないよ」
「……ふぇ?」
「さあ、朝食も準備できたし顔を洗ってきたら食べよう」
「は、はい。そうですね」
奏多は照れ隠しをするように世那を促し、この日の朝食はちょっと気まずかったのだった。
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