第4話:学校で

その日の夜は何事もなく朝を迎えた。

朝食を食べながら、世那がスマホを見た。そこには百近くはある不在着信であった。


「きっとお父様ですね」

「心配されてるんだ。朝食を食べたら早く帰ってやれ」

「そうします」


 朝食を食べ終わると丁寧に淹れたコーヒーを飲みマグカップを置いた。


「ごちそうさまでした。朝食まで用意してくれるとは思いませんでした」

「天ヶ瀬さんは客人だからそれくらいするさ」

「ありがとうございます。雨宮さんは優しいんですね。暗い方だと思っていました」

「失礼な」


 世那はくすりと笑った。

 当初に比べて大分表情が柔らかくなったと奏多は感じていた。


「では、私はそろそろ」

「しっかり話してこいよ」

「はい。私の気持ちをぶつけてきます。ダメだった時はお願いしますね?」

「覚えていたのか……」


 昨夜、『俺がぶん殴ってやる』と言ったのを思い出す。


「勢いで言っただけで、今は後悔しているよ」

「ふふっ、今日泊めていただいた恩はいずれお返しします」

「気にしなくていいよ。あのまま見知らぬふりをしていたら後味が悪かっただけだ」

「ならそういうことにしておきます」


 支度を済ませ、玄関へと向かう。


「途中まで見送ろうか?」

「いえ。大丈夫です。さきほどメールで迎えを呼びましたので」

「そうか。それじゃあ、想いが父親に伝わることを祈っているよ」

「はい。それと、連絡先を交換してもいいでしょうか?」

「連絡先? まあ、これも何かの縁だしな」


 奏多はスマホを取り出して世那と連絡先を交換した。

 世那はスマホを見て表情を綻ばせ、それを見て奏多は「そんなに嬉しかったか?」と疑問に思っていた。


「それでは、お邪魔しました」


 彼女はそう言って家を後にした。

 残った奏多はスマホを見る。そこには家族と俊斗、璃奈の連絡先のほかに新しく天ヶ瀬世那という名前がある。

 まさか連絡先を交換するとは思っていなかった奏多。奏多にとって天ヶ瀬世那とは高嶺の花だ。連絡先を交換すること自体奇跡といえた。

 奏多は残ったコーヒーを飲み干すと、ほろ苦さが口の中に広がる。


「さて、今日はのんびりしようか」


 ソファーに腰を掛け、持ってきていた本を開いて読書を始めた。

 読書を始めてから数時間が経過した頃、お腹がぐぅ~と音を響かせた。スマホを取り出して時間を確認すると、時刻は十二時を回っていた。


「もうこんな時間か」


 今頃天ヶ瀬は親と話している頃だろうなとか考えつつ冷蔵庫を開いた。

 残っている食材は少なく、お昼ご飯を作る分があってもこれでは夜の分がなかった。


「そっか、昨日は二人分作ったのか。適当に食べて買出しにでも行くか」


 午後やることが決まれば、そそくさとお昼ご飯の準備を済ませる。簡単なチャーハンを作って食べ終わり洗い物を済ませる。

 スーパーに買出しに行って戻って来てその日はのんびり過ごした。

 日曜日は特に何もなくいつもの休日なり月曜日となった。

 教室に入ると俊斗と璃奈が話しており、教室に入ってきた奏多に気が付いた。


「おはよう、奏多。聞いてくれよ~」

「おはよう。どうした?」

「それがさ――」


 休日にデートをしたと言う惚気話だったので適当に聞き流した。


「俺にお前らの惚気話をするな。反応に困る」

「す、すまん。それで、奏多は休日何してたんだ?」


 奏多より先に教室にいた世那を一瞬見るがこちらに関わろうとはせず、いつもの無表情をしていた。だが、それも以前と比べると大分柔らかくなっていた。それに気付いた女子達が群がっていた。


「特に何もないよ。ゆっくり読書していただけ」

「楽しいか?」

「俺がどんな風に休日を過ごそうと俺の勝手だと思うが?」

「それもそうか。すまん」

「いや、気にしてないよ」


 そこで璃奈が「そうだ」と奏多と俊斗に聞こえる声で話す。


「世那ちゃんなんだけど」


 彼女の名前が出て一瞬だが反応してしまうも二人は気付いていなかった。璃奈は話を続ける。


「実は先週の金曜日にお見合いがあったらしいよ」

「へぇ~、お嬢様だからな。それくらいあるだろう」

「興味ないの?」

「興味ないな」

「え~、狙ったりしないの?」


 しつこく聞いてくる璃奈を止めようと俊斗が肩に手を置いた。


「あまり奏多を困らせるなって」

「だって気になるじゃん。みんな世那ちゃんに言い寄っているんだよ? 同性の私から見ても可愛いし」

「まあ、確かに天ヶ瀬さんは綺麗だと思うよ。俺には高嶺の花で、見ているだけで十分だよ」

「つまらない!」

「へいへい。つまらなくて悪かったな」


 世那から連絡が来ることなく数日が経ち金曜日となった。


「奏多、今日カラオケにでも一緒に行かないか?」

「私雨宮くんが歌声聞いたことない! 行こうよ!」


 奏多は本音を言えばカラオケが苦手だった。音痴というのも理由の一つだが、それ以前に人前で歌うのが恥ずかしかった。

 そんな中奏多のスマホが鳴ったので見ると、世那からのメッセージで開いて内容を確認する。


『話したいことがあります。雨宮さんのマンション前にある公園で待っています』


 何だろうと思いつつも、恐らくはあの時のことだろうと思っていた。


「悪い、用事ができた。また今度でいいか?」

「はあ、お前も女か」

「お前が言うな」


 二人の目が怪しく光る。


「へぇ~、否定しないんだ」

「ね。そこは違うって最初に出てくると思うけどなぁ?」

「ち、違うに決まっているだろ」


 若干どもったのは仕方のないことだ。


「まあいいか。後で聞くからね」

「楽しみにしてる」

「お前らなぁ……」


 若干呆れつつも、二人はいつもこのような感じなので諦めていた。

 それでも話すことはしない。


「まあいいや。また明日な」


 そう言って二人と別れ、言われた時間まで余裕があったので夕飯の買い出しをして時間を潰す。ちょうどいい時間となり、マンション近くにある公園に向かうと一台の黒い車が止まっていた。

 その近くには世那が立っており奏多が来るのを待っていた。


「待たせたか?」

「いえ。まだ二分ほどしか。突然なのに来ていただきありがとうございます」

「大丈夫。むしろ天ヶ瀬さんのお陰で助かった」

「助かった?」


 首を傾げるその姿が可愛らしい、車の中から視線を感じるのでコホンと咳払いをして誤魔化す。


「いや、こっちの話だ。それで、俺を呼んだ理由は?」


 奏多はお見合いの話だろうと予想していた。そんな奏多の予想は見事に的中した。


「以前お話をしたお見合いのことで」

「ちゃんと話したか?」

「はい。私が本気だということをお父様は理解してくれました。お陰でお見合いはなくなりました」

「想いが伝わったなら何よりだ」

「雨宮さんのお陰です。本当にありがとうございます。このお礼は必ずいたします」

「別に気にしなくていいのに」

「いえ。本当に雨宮さんの言葉で救われましたから」


 奏多は世那の「救われた」という言葉に顔が少し熱くなるのを感じた。

 照れているのがバレる前にと話題を変える。それから数分だけ話世那が車に乗って窓を開けた。


「それではまたあとで・・・・・

「またな」


 そこで気付いた。


「うん? またあとで……?」


 奏多の疑問に答えることなく窓が閉まって車は去っていくのだった。

 

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