第3話:お嬢様を説得

 食後のお茶を淹れて軽く夜風に当たろうと奏多がベランダに出ると、世那も一緒にベランダにやってきた。

 夜の装飾品とばかりに空には星々が爛々とし、車のライトや窓から漏れ出る電気の光が街を彩る。

 お茶の入ったマグカップを片手に眺めていると世那が名前を呼んだ。


「雨宮さん、これから話すのは私の独り言です。忘れてください」


 そしてポツリポツリと家出の理由を語りだした。


「家出したのはお見合いが嫌だったからです」


 日本を支える大企業の令嬢ともなれば、結婚相手がお見合いなどで決まることだろう。


「相手はとある企業の御曹司で年は五つ上で、何回か顔を合わせたことがあり話したこともあります。それで今日はその相手と婚約の取り決めを行うところで、嫌で逃げ出してきました」


 俯く彼女は言葉を続ける。


「好きでもない相手との結婚。それに、お父様は私のことは駒としか見ていないんです。婚約が成立すれば莫大な利益も生まれますから。生まれた時から様々な教育を受け、お母様に言っても「私のため」と言って……私のことなんて誰も見てくれない。外見だけ見て本当の私を見ようとしない。私は、誰にも愛されていないんです」


 まるでこれまで溜め込んでいたのを吐き出すように世那は胸の内を語った。

 世那を見ると、今にも泣きだしそうだった。奏多は両親から愛情を注がれて育ってきた。もちろん奏多にも両親の愛は伝わっている。

 だが彼女にはそれが分からないのだ。


「逃げ出すだけじゃ何も解決できない」

「お父様には私の気持なんか理解しようとしていないんです!」

「父親に自分の本当の気持ちを伝えたか?」

「伝えたところで私の意見なんて聞いてもらえない。私はあの人の都合のいい人形ですから」


 奏多は彼女へと向き直り、そして悲し気な表情をする世那の目を見て思った。

 幼い頃の自分に似ていると。

 奏多は幼い頃、父の言われたことばかりをしており周りからも『人形』と言われて馬鹿にされていた。

 そんな時に祖父から言われたことがあった。


『自分の人生くらい自分で決めなさい。真摯に向き合い、心からぶつかって伝えないと分からないことだってある。他人に左右される人生なんて何も楽しくない』


 今もこれを片時も忘れずに胸に抱いて生きている。

 自分の想いを伝えた時、奏多の父は驚いた顔をしながらも笑い『好きなことをしなさい』と言ってたくさんの愛情と好きなことをさせてもらった。

 そんな昔の自分と似ていた。


「俺も昔は『人形』って呼ばれていたよ」

「……え?」


 そうは思わなかった世那は小さく驚いた声を漏らした。


「父の言いなりで色々習わされたよ。そこで祖父に言われたんだ。『自分の人生くらい自分で決めなさい。真摯に向き合い、心からぶつかって伝えないと分からないことだってある。他人に左右される人生なんて何も楽しくない』ってね」

「心からぶつかって伝える……」

「そう。だからさ、お前のお父さんに今の感情をぶつけてやれよ。人形なんかじゃないってさ。人間誰しも自由なんだから」

「それでもダメだったら?」


 そこで奏多は笑みと拳を向けこう答えた。


「その時は俺が一発ぶん殴ってやる」


 驚いたように目を見開くとくすりと笑った。

 奏多は初めて見る彼女の表情に思わず見惚れてしまう。それはまるで真夏に咲き誇るひまわりのように晴れやかだった。


「では、その時はお願いしますね」

「おう。任せておけ」


 こうして夜は更けていくのであった。

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