第2話:お嬢様を家に上げた
クラスのお嬢様を家の前で拾った。
天ヶ瀬財閥の令嬢、天ヶ瀬世那。
「コーヒーは飲める? 砂糖やミルクは?」
「はい。それと必要ないです」
「了解」
少しするとガリガリと豆を擦る音が静かな部屋に響く。
奏多はインスタントのコーヒーよりも自分で淹れる派だ。ただたんに趣味の一つである。
少ししてテーブルに二つのコーヒーの入ったマグカップが置かれる。
湯気の立つほろ苦い香り。
「コーヒーを淹れるのには自信があるんだ。お嬢様の舌に合うかは別だけど」
「やめてください、その呼び方。私はクラスメイトからもお嬢様と呼ばれたくありません」
人には言っていいことと悪いことがある。奏多も悪気があって言ったわけじゃない。
だから素直に謝罪した。
「悪かった。天ヶ瀬さん」
「いえ。こちらこそすみません」
気まずい雰囲気となり、世那がコーヒーを手に取って桜色の小さな口へと運んだ。
「あ、美味しい……」
世那はコーヒーがそこまで好きではなく、どちらかと言えば苦手なタイプだ。
いつもはコーヒーに砂糖とミルクをたくさん入れて飲んでいる甘党だ。それを同級生である奏多には知られたくなかった。
そんなコーヒーが得意でない世那でも、自然と体に染み入るような自然な味わいでつい声に出してしまった。
「そうか。お気に召したようで何よだ」
「趣味なんですか?」
「ん? コーヒーが?」
コクリと小さく頷いた。
「趣味の一つだな。コーヒーは淹れ方次第で味が変わる。そこから自分に合ったコーヒーを淹れるのが好きなんだ」
「いい趣味ですね」
「天ヶ瀬には何か趣味とかないのか?」
「……ないです」
沈黙が気になるも、深く聞こうとはしない。人に言いたくない趣味だってある。
「そうか。案外可愛いものが好きだったり――」
そこで言葉を飲んだ。世那が奏多に向ける視線が鋭かったから。これ以上言葉にするのは止めた。
「そんなことありません。私に趣味はないです」
「そうか。悪かったよ」
そして周りを見て気になったのか世那が聞いてきた。
「一人ですか?」
「両親に言われて春から一人暮らしだ。だからこの通り空き部屋もあるし物もほとんどない」
「……寂しくないのですか?」
「寂しいと言われれば寂しいよ。でも父さんにこれも経験だとか言われてね」
「少し、羨ましいです」
小さく呟かれた世那の言葉に奏多がコーヒーを飲む手を止めてそちらを見た。
世那の表情が暗いが、理由は聞こうとはしない。
するとそこに、ぐ~っという可愛らしい音が鳴り響く。奏多が音のした方向を見ると顔を俯かせて赤く染まっていた。
飲み終わったコーヒーを手に立ち上がる。
「さて、夕飯を作ろうか。今日は煮込みうどんだけどいいか?」
「いいのですか……?」
「うん? だってお腹空いてるだろ?」
そもそも奏多は自分だけ食べようとはしていなかった。
奏多の不思議そうにする表情を見て世那が困惑していた。
「いいのですか? 私にできることはありませんよ?」
「気にするな。ちょうど多く材料を買いだしていたし、それに一人で食べるよりも、一緒に食べた方が美味しいからな」
「……ではお言葉に甘えさせていただきます」
「おう」
奏多がキッチンに向かい準備を始めると、そこに世那がやってきた。
「私もお手伝いします。何もしないというのは申し訳ないので」
「料理したことは?」
奏多の質問に世那は無言となる。
世那は料理をしたことがなく、いつも専属の料理人が作っていた。たまに母の手料理を食べることはあっても、料理を作った経験がないのだ。加えて包丁すらも握ったことがないのだ。
「分かった。天ヶ瀬さんは客人だ。今日は料理を振舞わせてくれ。とはいっても、大した料理じゃないけど。ゆっくりしていてくれ」
「……ではお言葉に甘えて」
そこからリズミカルに野菜を切る音が部屋に響き、ふと世那を見るとこちらを眺めていた。
「どうした?」
「いえ。座っているだけでは暇でしたので、見学をしようかと」
「テレビとか見ないのか?」
「いえ。そういったのは見ないです」
「そうか。あまり面白くはないと思うけど好きに見てくれ」
奏多は再び料理に取り掛かる。
そこから数十分ほどが経過した現在、うどんを煮込んでいる最中だ。
もうしばらく時間がかかるので、その間にお風呂を掃除して湯を張る。そんな奏多を見て世那が聞いてきた。
「料理とか好きなんですか?」
「うーん、元々実家でも作ることが多かったから料理は得意なんだ」
「なるほど」
「天ヶ瀬さんは何か得意なことは?」
「実は、家事とか料理もできないんです。小さい頃に料理の手伝いで怪我をしてからは、キッチンに近付くなと言われて。だから、こうやって人が料理しているところを見るのは新鮮です」
「そうか。っと、そろそろいい感じだろう」
奏多はふたを開けて確認する。
いい感じにうどんが煮込まれており、ダシの良い香りがふわっと広がった。
器にうどんを入れ、最後に上から千切りにした柚子の皮を乗せて完成だ。
「ほい、お待ちどうさん。煮込みうどんだ」
「煮込みうどん、ですか」
「嫌いだったか?」
嫌いだったらどうしようかと考えていると、世那が「いえ」と首を横に振った。
「昔、祖父母の家で食べたことがあって、それ以来は食べていなくて」
「そうだったのか。味は劣るかもしれないが、美味いことだけは保証する」
「では、いただきます」
そう言って世那は上品に食べ始める。一口食べた世那は目を見開かせ「美味しい」と呟いた。
奏多は世那の口から零れ出た言葉を聞いて満足そうに笑う。
「口に合ったようで良かった」
「柚子の風味がいいアクセントになってます」
「だろう。それに生姜もいれているから体が温まる」
「確かにホカホカしてきました」
二人はそこから黙々とうどんを食べ、あっという間に間食してしまうのだった。
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