第65話 番外編〜会社での水間琉希①〜
「琉希ー、どこー?」
「しっ、静かに」
私は琉希を探しに彼の会社の前にいたはず——なのだが、なぜか琉希の先輩社員の間近係長に草むらに連れ込まれ、口を塞がれている。
「間近さん、何もこんなところに隠れなくても。それから、手をどけてください」
「いや、念には念を入れなくてはだな。申し訳なかった。全く、琉希の奴、こんな戦場に嫁さんを1人で呼び出すなんて、なんてことやってんだよ、全く」
ようやく口元から手が離れて、呼吸が楽になる。「全く」って2回言ったな、この人。
「いいか、琉希の所属する部署はというか、奴の周辺は戦場なんだ、覚えとけ」
「?」
よくわからないことを言われて首を傾げると、中から女の子たちが出てきた。
「今日も水間主任かっこよかったなー」
「理恵子、水間先輩にまだ未練あるの? 告白して振られたし、もう既婚者じゃん。いい加減諦めな」
「いや、そりゃ元々好きだったけど。私のこと振った後も相変わらずの態度で接してくれるし、この感情はもうあれだよ、推しを愛でる的な?」
「推しを愛でるって、水間主任はアイドルかよ」
「そうそう、華型部署のアイドル。水間主任はみんなの水間主任だよー」
「まーた現実逃避始めた。とにかく、水間主任は既婚者。手を出したら不倫になるんだからね? まー、あの水間主任がアンズさん以外に行くとは到底思えないけどさー」
「梨花も、来年のバレンタイン水間主任に義理チョコ渡そうかなー」
さっきの2人とは別の女の子がそう言った。
「ってか、営業部の女子はみんな水間主任に義理チョコあげるんでしょ。そのうちいくつに恋心があるんだか。結婚してからもモテモテだなー、水間主任」
「あれだけモテるのに超一途なんだもん、水間主任。お嫁さん、アンズさんだっけ? どれだけ美人で気立がよくて、きっと天女様みたいな人なんだろうな。っていうか、天女様じゃなきゃマジ許すまじ」
そう言った女の子から若干の殺気が感じられるのは、多分、気のせいではないだろう。
「私、いつの間にか天女様ってことになってる……。っていうか、琉希、モテるんだ」
「ほら、だから言っただろ。琉希に対して、この間3人で飲みに行った時みたいな態度取ったら、あいつら全員敵に回すぞ」
「それは怖い。教えてくださってありがとうございます……」
さっきは失礼なことして! とかちょっと思ってごめんなさいと心の中で謝ってから、間近さんにそう言った。
『今日の帰りは僕の会社まで来て』
昼休み、琉希からそんなメールが届いた。だから来たというのに。琉希の周りがそんな戦場だったとは。
「俺、琉希呼んでくるわ。だから、絶対ここから出ちゃダメだぞ。それから、もし見つかったら、嫌味にならない程度に琉希のこと思い切り持ち上げて、できる奥さんを演じるんだ。わかったか?」
「はい、わかりました。ありがとうございます、間近さん」
間近さんの遠ざかる後ろ姿が眩しく見えたような気がした。
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