第48話
その後、僕と杏子はショッピングを思いっきり楽しんだ。楽しんだのはいいんだけど。
「なんか、変な感じがする」
これから帰ろうということになった時、杏子がそう切り出した。
え、僕何かやらかしたかな? そう思って「どうしたの?」と訊ねると、「身体がね、ふわふわするの。あと、冷房効いてるはずなのにすごく暑いの。何でだろう?」
言われてみれば、杏子の目は焦点がぼやけていて、ちょっと潤んでいる。額に手をやると、驚くほど熱かった。
「ちょっとこれで測って」
僕は常備してる体温計を杏子に渡す。測ってもらうと、39.2もあった。
「え、そんなにあるの? 病院探さなきゃ」
いくつか電話をかけて、ようやく病院が決まった。念のため、PCR検査を受けることになった。
「陽性ですね」
第5類になったとはいえ、なかなか辛い感染症だ。しかも杏子は今は一人暮らしだ。
「移しちゃうと嫌だから、家に来なくていいからね」なんて言われたけど。僕はそんなに免疫弱くないし、弱ってる杏子を放っておけるわけがない。
「嫌だ。今日は杏子と一緒にいる」
「でも、移っちゃったら琉希までしんどい思いしなきゃいけないんだよ? 会社もあるし」
「それはそうだけど。でも杏子が心配だよ。1人でいる時に倒れちゃわないかとか、ちゃんとご飯食べられるかとか」
「何でそこまで心配してくれるの?」
「杏子が僕のお嫁さんだからに決まってるじゃん」
「それ言うのは反則だよ……」
結局杏子が折れて、僕は杏子の看病をすることにした。
「移っても、責任取れないからね?」
「移ったら、会社から帰ってきたら速攻で看病してほしいな」
僕がそう言うと、杏子は「なんか色々思い出しちゃうな」と懐かしむように呟いた。僕も思い出したけど、あえて「え? 何のこと?」と訊いてみる。
「琉希が風邪引いた時にさ、私にずっと一緒にいてくれる? って言われてびっくりしちゃったこととか」
やっぱりそのことか。僕も同じこと考えてた。
「あれ、自分でも言うつもりないのに気づいたら言ってて、びっくりしちゃったよ」
「あれ、自覚なしで言ってたの?」
杏子は目を丸くしている。
「うん。気づいたらプロポーズしてて、後で琉音にプロポーズの重要さをくどくど説かれたなー」
「あの時は私もびっくりしちゃって傷つけるようなこと言っちゃってごめんね」
謝る杏子の頭をさすりながら、「ううん」と答えた。杏子は気持ちよさそうに目を閉じる。杏子がこんな姿見せてくれるのも僕の前だけなんだよなと思うと、自然に笑みが溢れる。
「どうしたの? にやにやしちゃって」
「杏子が今日もかわいいなと思ってさ。本当にお嫁さんにしてよかったー」
「何、その惚気」
杏子が嬉しそうに笑って軽く咳き込む。
「もー、病人なんだから安静にしてないとダメでしょ」
「笑わせてきたの誰よ?」
「それは僕だけど」
「じゃあ、罰ゲームね。今日は2人分のご飯を作ること。あと、食べ終わったらもっと頭なでなでしてほしい。あと、コロナ終わったらまたお出かけしたり、抱きついたりキスしたりしたい」
なに、その僕得すぎる罰ゲーム。全然罰ゲームじゃないんだけど。むしろ、ご褒美だよ。
「それ、罰ゲームになってないよ?」
「えー、じゃあ治るまで添い寝とか?」
確かに、病人に手を出すのはさすがに気が引けるので、ちょっと罰ゲーム感はあるかな。でも杏子の隣で寝られるなら、それもむしろご褒美だ。
「ねぇ、杏子。もしかして、僕が喜ぶこと狙って言ってるの?」
「え? 何が?」
完全なる無自覚みたい。
「じゃあ、夕飯作るから待っててね」
「うん、ありがとう」
そうして上機嫌な僕は台所へと向かっていった。
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