第47話 番外編〜僕と付き合う前の杏子〜

「キャスティングを間違えた恋愛ドラマみたい」

 僕の想い人で幼馴染の杏子は唐突に呟いた。

「どうしたの? ……ひょっとして、好きな人でもできたの? それとも失恋?」

 杏子には大変失礼だけど、できれば後者であって欲しい。神様なんて信じてないけど、そんな僕が神頼みしたくなるくらいには、そう思った。

「うーん、なんて言うんだろ。好きな人ができたんだけど、付き合えそうもないんだ」

 前者でも後者でもない、微妙な答えが返ってきた。そうか、杏子好きな人できたんだ。付き合っていないことにほっとしつつも、杏子の心に別の男がいることに対して、複雑な気持ちになる。やっぱり、まだ僕は幼馴染兼男友達にしか思ってもらえてないんだ。

 杏子が恋バナを仕掛けてくるのは、大抵が好きな人ができた時か、彼氏ができた事後報告だ。「だから、今は琉希を家に上げることはできないの、ごめんね」という補足付きで。また杏子と疎遠になってしまうんだ。好きな人の幸せは願いたい。でも、一緒にいられないのは、杏子の1番が僕でないことはすごく辛い。そんな心境が顔に出てしまっていたのだろうか、杏子が僕の顔を覗き込む。

「そういえば、琉希は私の恋バナたくさん聞いてくれるけどさ。琉希は好きな子、いたことないの? 私のことは好き好き言うけど、恋愛とかそういう話はしないよね?」

 その「好き」が恋愛の「好き」です、なんて言えるはずもなくて。僕は途方に暮れながら、必死に言葉を探す。

「好きな人はいるんだ。でも、その人には好きな人がいるらしくてさ。僕は男友達としてしか見てもらえないんだよね」

 幼馴染って単語を使ってしまうと好きバレしてしまうから、男友達と言葉を濁して伝えると、「ふーん、それは辛いね」と同情する目つきで彼女は僕を捉えた。やめて、そんな目で見ないで。同情なんて、してほしくない。いや、伝えた僕が悪いんだけどさ。わかってるよ、わかってるんだけどさ、それでも。それでも、好きな人にそんな瞳で見つめられるのは正直辛い。杏子の恋バナを聞いたから、余計にダブルパンチだ。いるかいないかわからない神様は、ちっとも僕の願いを聞き入れてはくれないみたいだ。

「ちなみに、どんな子なの?」

 そう来たか。え、なんて返事するのがいいんだろう。杏子だってバレない程度に、でも、気づいてほしい気持ちも、もちろんあって。やっぱり、ここは無難な言葉で濁すしかないみたいだ。

「気は強いんだけど、すごく心根が優しい子だよ。それから、すごく美人。委員長とかやってるタイプ」

 実際、杏子は初等部から高等部までずっと学級委員長をやっていた。バレるかな、バレないかななんて考えていると、「それって、すごく高嶺の花じゃん」とさも自分とは関係ないかのような反応が返ってきた。やっぱり、バレてはいないみたいだ。好きバレしていないのはありがたいことだ。きっと、このタイミングでしてしまったら、避けられてしまうだろうから。なのに、全然自分じゃないみたいな雰囲気を出されると、ちょっとした寂しさに襲われる。

「いいの? 私と恋バナなんてしててさ。せっかくの週末だよ? その子をデートに誘おうとか思わないわけ?」

 やっぱり、これは杏子の中ではデートにカウントされてなかったか。完全なる脈なし案件だな。そりゃ、好きな人いるもんね。杏子は誰かを好きになっちゃうと、他の男なんて目に入らないタイプだもんね。過去の恋愛話を思い返しながら、自分に暗示をかける。大丈夫、大丈夫。いつも通り。いつも通りの杏子と僕との関係性だ。何でも話せる幼馴染という建前を利用した、僕にとってはめちゃくちゃ都合の良い関係性。

「うーん、誘ってはいるつもりなんだけど、反応が曖昧なんだよね」

 またまた言葉を濁した回答をする。嘘ではないけど、全てを打ち明けているわけでもないから良心に若干の痛みが走る。ごめんね、ごめんね杏子。今はまだ、全てを言えないんだ。その時が来たら、ちゃんと全てを打ち明けるからさ。って思ってる間に彼氏ができちゃったら本末転倒だけど。大学までは杏子を追いかけてきたのに、社会人になってからはバラバラになっちゃったもんな。くー、採用試験め。仕方ないけど。いや、でも同期に恋焦がれてる杏子とか、先輩に口説かれてる杏子とか、後輩に熱視線送られている杏子を間近でみる必要がないだけ、まだマシかもしれない。そんな場面に遭遇したら、きっと気が違っちゃうだろう。いや、そうなる前に相手に牽制かけるつもりでいるけどさ。杏子は僕のお嫁さんにするんだよって、言外の態度でさ。そうしたら、杏子はどんな反応するかな? もー、琉希ってばいい加減私離れしなよ、とか言われちゃうのかな。それは悲しいな。

「え、そうなの? デートに誘ってるのに、かわされてるの? それって大丈夫? キープとかされてない?」

 杏子が心配そうな表情で僕を見つめる。綺麗な黒い瞳に光が反射して、僕の心を離さない。君のことだよって言えたら、どんなに楽だろうか。

「いや、キープはないと思うよ。そんな器用な性格してないし。それに、すごく誠実な人だからさ」

「そうなの? じゃあ、私に紹介して。ちゃんと私が見抜くからさ」

 もー、この鈍感さんめ。本人に本人を紹介できるわけないじゃん! と心で突っ込みを入れながら、「うん、いつかきっとするね」と当たり障りのない返答をする。あーあ、早く告白したいな。早く付き合いたいな。僕のこと、意識してくれないかな。なんでいつも、こんなに近くにいるのに、こんなに遠いんだろう。幼馴染という都合が良くも悪くもある関係性を軽く恨んでしまう。

「僕の恋バナもいいけどさ、僕は杏子のが聞きたいなー。やっぱり幼馴染の恋バナって気になるじゃん。それに、僕の恋の参考にもなるかもしれないし」

 むしろ、参考にしてやるわ。その相手にあって、僕にないのを知るのが重要なんだ。辛いのは辛いけど、長期戦覚悟するって決めたんだから、こうなったらとことんやらなくちゃ。

「えー、いいの? 話しちゃって。いつも聞いてもらってばっかりじゃん」

 いや、僕が聞きたいくらいなんだよ! とはっきり言えず、「えー、話すの恥ずかしいの? 僕たち幼馴染なのに? 今更遠慮とかいる?」と自虐にも似た言葉を紡ぐ。あーあ、早く幼馴染って関係性から発展しないかな、どこかの恋愛漫画みたいにさ。

 そんなことを考えながら、僕は今日も杏子の好きな人をリサーチした。僕とは真逆のタイプだった。まあ、予想はできてたけどね。

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