第46話

「そういえばさ、最近、失恋したての私を琉希が拾ってくれなかったらの世界線ちょっと考えるわけね」

 ハンバーガー論争が終わった後、杏子が唐突にそんな話を始めた。杏子が他の男性とウェディング迎える世界線は想像して危惧してたんだけど、そっちの世界線は考えたことないな。だって、小学生の頃からお嫁さんにするなら絶対杏子って決めてたし。じゃなきゃ独り身確定だな、と杏子に彼氏ができる度に思ってたよ。

「そんな世界線あるわけないじゃん。まあ、杏子が失恋したてでほぼ強引に付き合おうって言ったのは、ちょっと自分でもずるいなとは思ったけどさ」

 ずるいと言われれば確かにそうなんだけど、結果今は結婚してるし大目に見て欲しい。僕だって20年以上片想い状態だったわけだからさ。

「っていうか、過去の恋愛話聞きながら思ったんだけど、杏子が我慢しすぎなんだよ」

「そうなのかな。あの時はいつか別れちゃうんじゃないかって必死だったな」

「そうなるのも仕方ないよね。だって、あの男たち杏子の良さ全然わかってなかったんだもん。こんなにいい女なのにさ。別れて正解だよ。っていうか、別れてなかったら僕は一生独身のつもりだったし」

 僕が真剣にそう言うと、杏子は頬をピンクに染めて、「そんなに褒められると照れちゃう……」と呟いた。可愛い、今日も僕のお嫁さんが可愛すぎてどうしよう。

「杏子はこんなに可愛いのにさ。我慢してるのもいじらしいくらいなのに、それに気づかないなんて、鈍感な男たちだよね。あ、ごめんね、元彼の悪口言っちゃって。杏子が好きになった人なのに」

 僕がそう伝えだけど、杏子は全く動揺した素振りがない。

「いや、今は琉希のお嫁さんだから全然そこは気にしてないんだけど。でも、私の男を見る目がなかったのかな、とはちょっと反省してる」

「うーん、それについてはどうなんだろ。僕がいながら、他の男のところに行ったのはショックだったけどさ」

 そう、僕という存在が1番側にいながら、実は好きな人が別にいて付き合いました、って言われるのは、毎回地味にショックだったんだよな。

「なんかごめん」

「いや、でもおかげで今があるからいいよ。これから思いっきり満喫しよ?」

「うん、それもそうだね」

 杏子がふわりと微笑む。花びらのように可憐な笑顔。語彙力がなくなるんだけど、やっぱり僕のお嫁さんは可愛くて綺麗で素敵だなあ。

「ところで、琉希はいつから私のことが好きだったの? ずっと気になってたんだけど」

 杏子が恥ずかしそうにそう訊いてくる。あれ? 話したことなかったっけ?

「初めて会ったときだよ。可愛いなと思ったのもそうなんだけど、僕が身長のことでからかわれてるのを助けてくれてさ。あー、優しくて素敵な子なんだなって惚れちゃった」

「そういえば、そんなこともあったよね。公園でみんなで遊んでるときだっけ? 子供ってコンプレックスいじったり、地味に嫌なことしてくるよね」

「まあ、今はあんまり身長のことは気にしてないんだけどね。杏子の元カレが身長高い人ばかりだったのは、僕に身長がないからなんじゃないかとか考えてた時期もあったけどさ。杏子が好きになったのは、そこじゃないもんね?」

「うん。性格とか、気遣いできるとか、そういうところかな。確かにかっこいいなと思ったことはあるけど、性格面が大きかったかも」

 そっか、僕に足りなかったのは気遣いとか性格面だったのか?! でも、結構話聞いたりとか、気を遣ってはいたつもりなんだけどな。

「杏子って、人のことよく見てるよね。でも、それって僕に魅力がなかったってことなのかな?」

「いや、琉希は仲が良すぎて関係壊したくないとか気楽な関係性でいたいと思ってたんだよ。ちゃんと性格はいいから安心して?」

 杏子がすかさずフォローする。僕のお嫁さんはとても気が利くなあ。そんな風に思ってもらえてたのは嬉しいかも。まあ、なかなか彼氏になれない弊害でもあったみたいだけどね。

「とにかく、僕たちは結婚した。これからは結婚式とか新生活とか、未来のことたくさん考えようね? いつまでも別居生活は寂しいしさ」

「うん、そうだね。楽しみだな」

 杏子がふふふと軽く笑う。そんなに楽しみにしてくれてるんだ。僕ももっと頑張らなきゃな。

 そんなことを思っていたら、最後のポテトを食べ切ってしまっていた。

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