第3話
「うん、全然心当たりない」
ふわふわした頭で答えると、琉希はしゅんとした表情で「そっかあ……」と呟いた。
え、私何か悪いこと言ったっけ? めちゃくちゃ罪悪感が残るんだけど。
ふっと嫌な予感がして、「まさか、私だとか言うんじゃないでしょうね?」と軽い口調で訊ねてみる。琉希はあったことを何でも話してくるし、自分で言うのもなんだけど、そんな私が知らないことなんてほとんどないはず。それなのに、好きな人に関しては情報だけはめちゃくちゃ話してくるくせに、名前すら教えてくれないし写真すら見せてくれたことがない。一応、琉希が話した情報に自分も当てはまると言えば当てはまる。いや、でも、まさかね。「なーんて、冗談……」自意識過剰な発言をして気まずくなるのも嫌なので、そう言って誤魔化そうとすると。
「そうだよ。やっと気づいてくれたのに、冗談なんて言わないで」
切なそうな声が返ってきた。
え、ちょっと待って。頭の中がフリーズする。私と琉希は幼馴染で。幼稚舎から高等部まで一緒だった上に、外部の大学まで一緒になって。さすがに就職先までは被らなかったけれど。学生時代は女友達と一緒にいる時以外は私と琉希はほぼ一緒に行動していて、お似合いのカップルだと言われてばかりだったけど、その度に私は否定していた。あれ? その時、琉希はどんな反応をしてたっけ? 何だかすごく嬉しそうにニコニコしてて、「杏子が怒るからやめてあげてよ〜」なんて返事をしてたっけ。それで余計に腹が立って、「琉希もちゃんと否定してよ」と言っても、相変わらずニコニコしたまんまだった。あの時はからかってばかりだと思っていたけれど。それに、よくよく考えてみると私に彼氏ができた時期と、琉希の失恋話を聞かされる時期は被っている。
「ねぇ、念の為確認だけど、それって本当? 琉希はずっと私のこと好きだったってこと?」
「そうだよ。ずっと好きって言ってるじゃん」
呆れたように返された。確かに何かにつけて、琉希は私のことを好きだと言っていたけれど、それは弟が姉を好きな気持ちと似たような好きだとばかり思っていて、そんな風に捉えたことはなかった。
「試しでいいから、試しでいいからさ。僕と付き合って。絶対後悔はさせないから」
「え、試しって。私別れたばかりだし、結構引きずるタイプだよ?」
「知ってる」
「それに、私あんまり可愛くないし」
「杏子の言う可愛いが何なのかはわからないけど、僕は杏子のこと可愛いって思ってるよ」
「琉希に対しては口悪いし」
「もう慣れてる。それに僕、杏子の恋愛パターンなら多分他の誰より知ってるよ。杏子以外の女子に興味ないし、告白されてもちゃんと振ってるし」
「私の恋愛パターン熟知してるのはそうだろうけど。えっ、琉希、告白されたことなんて一度も話したことないじゃん」
え、そんな話一度も聞かされたことないんだけど。
「だって、杏子に話したら『えー、何で振ったの? 相手の女の子かわいそう』って言うでしょ?」
「それはそうだろうけど」
琉希は深くため息をついて、続けた。
「とにかく、杏子はフリーになって、僕は杏子のことが好き。杏子は僕のことを嫌っていない。試しに付き合ってみる価値はあると思うんだ」
「いや、話が飛躍しすぎてると思うんだけど」
「飛躍してないよ。とにかく、僕と付き合って欲しい」
琉希がそう言って私をじっと見つめる。琉希は幼くふわふわした見た目に反して意外と頑固なところがある。ダメだ、これは私が折れるしかない。
「いいけど、後悔しても知らないよ?」
「絶対後悔しない!」
「付き合っても、琉希のこと恋愛対象として見れないと思うし」
「……それはどうにか努力する。ね、だからいいでしょ?」
琉希は食い下がるつもりがないらしい。負けを認めるしかなさそうだ。
「わかった、付き合う。試しにだからね。違うと思ったら、別れるから」
「うん!」
そう答えると、琉希は嬉しそうに頷いた。すごくキラキラしている。
こうして、琉希と私の交際は始まったのだった。
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