深淵の囁き

「初歩的、ねぇ」


「ええ、初歩的よ?」


死神さんは私より頭一つが高く、声から美丈夫のイメージが沸き上がる。


でも、それは声だけ。


他の情報から見出した結論は、死神さん。


病院に入られる人は勿論限られるし、長く入院しているから誰がどの部屋に、当直が誰かを全て把握している。



「ここ最近入院した患者であなたの様に歩き回れる方はいない」


「死んで幽霊になったのかもよ?」


「そういう非科学的な現象が起きるのなら、もっと恨みを持つはずなのでは?それに、起きていたのか、と言われれば祟りにきたのではないと思う」


「ははは!なるほど、確かに納得はいく説明だ。だが死神というのは非科学的で飛躍しすぎじゃないのか?」


愉快に死神さんは笑う。不思議とカタカタ骨が小刻みに震える様な音にも聞こえなくはない。


幽霊だったりしても面白かったと思う。壁をすり抜けられるかどうか聞きたいし、祟る心理も知りたい。



でも、流石に死神さんだと合点がいく。


「私はいずれ死ぬ、ここにいる皆の様に時が来れば死んでしまう。もし、死ぬ間際にくるとしたら、死神さんでしょう?いつかこの人生が終わるとは思っていたから」


「ふむ、それは確かに間違っていないな。だが面白味もない」


「あら、死神さんは人の魂を刈るのに面白味を求めているの?」


「そりゃな、仕事だからと言って役目以上の事をしてはいけないと閻魔にいわれてないからな」


「もっと泣きわめくものだと思ったんだが、君は冷静な方なんだな」


「これでも終わる事は考えていましたから」


死神さんは少しだけ逡巡したようで、また医療機器の音がするだけの静かな部屋に陥る。



ふ、と何か面白い事を思いついたかのような笑い声が聞こえる。わずかな忌避感を感じさせるような笑い声に深い水の中へと沈むような不気味さを感じる。


「なるほど、あんたには死とは平等に訪れるものなんだな。何、興が乗った」


「...何をされるんですかね」


「何、あんたにはもう少し死に対する畏怖を持ってもらおうと思ってね。ちょうどいいから君、恋が無敵かどうかを研究してもらおう、その頭の良さで」


...


「へ?」

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