第159話 昇格試験当日

 ニルスとテオたちを見送った後、部屋に向かい休んだ。


 貴族向けの高級ファリナホテルほどではないにしろ、ガスマン王国の冒険者ギルドで紹介を受けたフェアリーの祝福という宿屋は、違う意味でよい宿だった。


 料理は冒険者向けだったし従業員による過剰な干渉もない。部屋もシンプルで調度品は良い素材を使っており【点灯ライト】の魔道具やトイレの浄化や消臭の魔道具も完備されていた。


「冒険者向けの高級宿というのもいいわね」


 ファリナも経営者目線でこの宿を気に入ったようだ。俺とアイリーは久しぶりに足を延ばせることを喜んだ。


「明日の模擬戦はどうするの?全力を出す?」

「手抜きはしなくていいけど、普通にやればいいんじゃないかな。BもCもさほど変わった階位でもないと思うんだ」


「ファリナのBよりのCは反則だけど」

「きゃあ、アイリー、胸を揉まないでよ」


 何をやっているんだか。見ている分には微笑ましいけれど。


 それから数時間仮眠をとった。夕食前に一度目覚め、食事と風呂を済ませるとさすがに五日間の疲れが溜まっていたようで、さらに深い眠りに再び落ちた。


 次に目が覚めた時には日が明けていた。


 ◇


 翌朝


「せっかくだから、朝食をいただきましょう」

「ああ」


 アイリーに声をかけてもらい身を起こすと、ファリナはまだ眠りの中だった。全身を引っ張り上げ浴槽にいれると彼女ファリナも目を覚ました。


「もう時間?」

「そうだよ、みんな随分と疲れていたようだ」


「イストエンドルがほぼ徹夜だったからね」

「ああ」


 アイリーが準備してくれた軽めの朝食を摂り、装備類の手入れを始めた。南側の窓を開け、太陽の位置を見た。まだ東の空にあった。


「ギルドの試験が終わったら、買い物に行くのだっけ」

「そうそう。バーラとベティと約束したの」


魔法金庫マジックトレジュリが使えると思うけど、現金も一応渡しておくよ」


 そういって二人に20万Gずつ渡した。


「ありがとう、多分バーラもベティも育ちが良さそうだから、魔法金庫マジックトレジュリが使える店だと思うわ」

「そうだね、そんな印象だった。まあ、念のためね、甘味でも買って来ればいい」


 俺は試験の後は冒険者ギルドの二階にあると云う資料室へ行くと伝えた。

 転移に関する魔導書かスキルのヒントがないか調べてみたい。それを持つ魔獣とかいれば女神の短剣の出番だ。ここ半年は冒険もせず、ひたすら野盗を駆逐していただけなので新たなスキルも魔法も覚えていない。 


 馬車の中で、ワールドマップや歴史、この国の貴族名鑑と方言理解を読み込んだ程度だ。あとは世界のダンジョンと魔獣図鑑。これらをこの国の近くのどの場所にあるか照合しておきたい。


 一応、転送魔法陣のスペルも覚えたのだけれど、自分が欲しているのは、転送ではなく転移なのだ。


「あるといいわよね、私もあるなら覚えたいわ。転移」


 アイリーも転移は欲しいと云う。

 ファリナは転移の概念が良くわからないと云った。転送と召喚については理解できると云う。瞬間移動なんて漫画で説明をしてあげないと、言葉で説明するのは難しい。


 収納袋や魔法金庫マジックトレジュリ、魔法テントのような空間魔法があるわけだから、絶対に転移も概念として存在すると俺は胸に期待を膨らませている。


 もちろん今日明日に必要な訳ではない。旅の最奥までたどり着いた時には手に入れておきたいな、という程度だ。


「そろそろ、冒険者ギルドに行こうか」


「うん、依頼を見てみましょう」

「私は街の外のダンジョンに行きたい。メリッサたちも偶には連れ出してあげないと」


「時間が出来れば、ニルスたちのレベル上げを手伝ってやってもいい」

「そうね、ドロップが面白そうなダンジョンがあるといいね」


 そこらあたりも午後から、ギルドの資料室で調べておく、と二人には伝えた。


 ◇


 冒険者ギルドのロビーは閑散としていた。昼時だからなのだろうか。昨日も同じくらいの時間だったが、賑わっていたのに不思議だな。

 昨日受付をしてくれた受付嬢のアイリスに声をかけた。


「昇格試験とやらに呼ばれて来たのだが」

「ああ、ベルンさんとアイリーさんにファリナさんですね。みなお待ちかねですよ」


 お待ちかね?


 意味が分からず首をかしげていると、みんな訓練所に移動していると云う、ほとんどが観戦席からの見学らしいが。


 見学?


 昇格試験を見学してどうするのだろう。


 アイリスの後についていき、ギルドの1階の通路を通り裏手にある君レ上に移動した。確かに観戦席というか、人だかりが木製のベンチのようなものに座っている。グラウンドには昨日の立派な口髭の中年と数人の冒険者(あれが試験官だろうか)がいた。


「ベルンさんたちをお連れしました。サブマスター」

「ああ、アイリス君ありがとう。君たちも準備はよさそうだね」


「ええ」


「こちらが今日の模擬戦を引き受けてくれたAランクパーティの『ヴァイエルの宝石』の四人だ」


 紹介されたAランク冒険者をみるとレベル80台の男女四人だった。20代半ばだろうか。男性のひとりは髭面筋肉マン。もう一人は髭面紳士だ。女性の一人は魔法使いっぽく。もう一人は神官ぽい。あくまでも個人の感想だ。


「模擬戦は三対三にするかね?」


「え?そちらは四人パーティですよね」

「そうだ」


「なら四人同時でいいですよ」

「ほう?自信があるのかね?」


「いえ、数百相手の実戦ならともかく、模擬戦ですよね。三名も四名も勝ち負けにこだわらないなら、一緒では?」

「勝たないまでも善戦はして貰いたいのだがな」


 えっと、アイリーもファリナもひとりでも瞬殺できると思うんだけど、これ、1対4のつもりですよ、とか云ったらブチ切れられそうだ。


「あれ?1対4じゃないの?」


 ファリナが俺の呑み込んだ言葉を代弁した。

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