第148話 西方調査

「ねえ、ベルン」

「どうしたアイリー」


「旅に出ようと思ったことはない?」

「この世界をか?」


「そう」

「悪くない、旅してみるか」


 アイリーがシドニーと会った日の夜。突然旅の話を始めた。思うところがあったのかもしれないが、それを訊くのは旅の途中でもいい。


「ファリナも旅に行くだろう?」

「旅って何?」


 ファリナは旅の概念が分からないようだ。アイリーが説明をしてくれている。


「行くわ!私も世界の果てを見てみたい」

「ああ、一緒に探してみよう」


「シャルはどうする?」

「聞いては見るが、行かないだろうな」


「そうね、そんな気がする」


 翌日、シャルに旅に出るかと尋ねた。


「私は、今はいいかな、また誘って」

「わかった」


 ◇


 さて、この世界の果てまで観たいというアイリー。俺もそれは知りたいと思っている。船か飛空艇が欲しいが、どちらもゲルガド伯爵領はおろか、ロルヴァケル王国内にはその技術者がいなかった。川に浮かべる浴槽くらいは作れるが、さすがに海をそれで移動できるなどと考えてはいない。


 メリッサとチャーリーの二頭立ての馬車に『不壊』と『不燃』を外装して、中は耐熱・耐寒を施した。乗り心地は悪くない。


 東の大湿原の向こうと北の海の向こう側の事は一旦置き、西のガスマン王国の向こう側を目指すことにした。


「ファリナ、ガスマン王国の向こう側には何があるんだ」

「南北に幾重にも連なる山脈。その西側に昔は帝国があったそうだけど、今はどうなのかな」


 モニカ達エルフが東に逃げてきたことを考えれば、ガスマン王国が西にどれくらい広いのか、その先が不通なのかはわからない。そもそも馬車が通れない道は進めないので行けるところまで行ってみよう。


 記憶地図のスキルで50キロ先まではマップ表示できるが、北は海岸線それ以南は荒れ地と森だ。ガスマン王国までの約500キロの行程はおそらく同じ景色なのだろう。


 30分ほど走ると、整備された道が突然終わりを告げた。ここから西は森の北側の荒れ地を進んでいくしかないようだ。馬車の御者台をアイリーに変わって俺は降りて馬の前に道を切り開いていく。文字通りの意味だ。ただ馬車が通れる広さですべてを薙ぎ払っただけだ。幸い海岸線に近いので北西側のこの一帯の高低差はあまりなかった。


「荷車を収納してメリッサとチャーリーに騎乗しない?」

「まったく、その意見に賛成だ。森がここまで原生の状態だと思わなかった」


 ファリナの意見にアイリーも俺も賛同した。二頭の馬には『不壊』の布で体と顔の一部を覆い、不意打ちで致命傷を負わないように配慮した。少々の怪我なら回復ヒールで治すことができる。


 二頭の馬は荷車を牽くよりも俺たち三人を乗せた方が軽いのか、メリッサはぶるんと上機嫌に体を震わせた。


 メリッサにはいつものようにファリナの後ろの俺がのり、チャーリーにはアイリーが乗った。アイリーが先行して、切り拓かれた畦道や獣道を穴掘りスキルで馬が通れる広さに安定させてくれた。一発で500メートルほどを整地できるので数秒おきに魔法杖を振りかざしていた。


 南側の山が北の海へ尾根を伸ばしているような風景がずっと続いた。本当にずっと。

 よくもこんなところを二週間もかけてエルフもオーガもあの街にやってきたものだな、と感心せざるを得ない。


 ヒト族には感知できないミスリル鉱の魔力を感じたというが不思議なものだ。山から海へ吹き下ろす風を凌げそうな場所を見つけ、この日はテントを張ることにした。


「このあたりは魔獣もヒトもいないのね」

「そうみたいだ」


「変なガスとかが吹き降ろしているのかな」

「メリッサが草を食べているから平気じゃない?」

「花も薬草も枯れず咲いている。一応、結界を張っておこう」


 浄化の魔法で今日の汗を落とし、【清潔クリーン】で汚れを落してから横になった。


「ねえ、アイリーは何で旅に出ようと思ったの?」

「ん~、日常が煩わしくなったからかな」


 その説明で俺は察することができたけれど、ファリナは不思議そうな顔をした。


 そもそもこの世界のヒトは毎日生きることに必死だ。明日の事を嘆いたりしないし今日一日を精いっぱい生きている。だから抱えている悩みなど忘れるかのごとく振る舞う。


 ところが異世界からきた者は平気で他人に悩みや厄介ごとを持ちこんだりぶつけたりする。

 基本、自分のことは自分というこの世界と、誰かに背負わせようとするあの世界との齟齬はファリナには腑に落ちないかもしれない。それでいいと思う。ファリナが背負うべき業は何一つないのだ。


「ただの気分転換よ」

「気分転換?」


「ファリナと一緒に新しい世界を観たいってことよ。あの地にいては新しいヒトと新しい街並みは見ることができるけれど、それだけだと勿体と思ったのよ」


「ふーん。まあ賊退治も終わって、道路も出来て一区切りはついたのよね」

「そうだな、伯爵家の騎士団も王女の近衛親衛隊も訓練とレベル上げは終わったからな、当面急ぐ仕事はないさ」


「ベルンも忙しかったからね、いいんじゃない?たまには好きなことをしても」


 わかっているじゃないか、ファリナも。そういってファリナの事を好きにさせてもらうと宣言して彼女を引き寄せた。


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