第147話 シドニーの来訪

 アルドロが帰った後の寝室。俺とアイリー、ファリナがベッドに寝転がっている。シャルはいない。


「女神様からすれば、マリア・サクラの選択が、この停滞した世界の時間を推し進めるための起爆剤だったのかもしれないね」


 ファリナの言葉を考える。


 おそらく女神は中立だ。


 ベルンであろうとハルトであろうと、どちらが動いたところで影響は変わらないと考えているのだろう。


 ただ、俺個人としてはベルンの記憶を取り戻すことはリスクしかない、アイリーやファリナに対する感覚も今と変わるだろう。良い方向へ変わるとは思えない。むしろ取り戻せるならハルトとしての記憶を戻して欲しいものだ。


 いや、実際には、俺の進化条件に、ハルトの記憶と取り戻すという進化選択もあるのだ。この世界には馴染まない要らない記憶だろうと思って選んでいないが。


 北の村が襲われた原因を知ることはできるかもしれない。だが、既に相手は殲滅済みだ。もっと広く深い闇があったとしても、このまま村を害する盗賊を殲滅していくことに変わりはない。


「ルクスとシドニー、いえ、ソラ君とヒナちゃん。あの子たち相棒契約を結んでいないのよ」


 アイリーの発言に、ぎょっとした。


「え?どうやって生き延びてきたんだ?当初はレベルアップ酔いもあっただろう」

「うん、レベルアップ酔いを抑える為の口づけくらいはしたんじゃないかな」


「でも、前世のルールというか価値観というか、忌避感や罪悪感に引きずられているのか?」

「どうだろう、姉弟間の感情は、他人にはわからないよ」


「まあな。だとしたら、進化すればその罪悪感もなくなるな」

「姉弟から他人に戻れるからね、うまくいけばだけれど」


「盗賊の親玉にでもなるのか?」

「盗賊に戻るメリットはないわ。たとえ力があったとしても。それに元々庭師と没落令嬢じゃなかった?」


「そうだったな。一度会って話をしてみるか?」

「どうかな、用があるのはこちらではなく、彼らだと思うけど」


 アイリーの言葉を呑み込み、想像した。

 ソラにはなくともルクスには進化する動機があるのか。マリアの事例があるなら、当然、それも理解できる。要件があれば向こうから接触してくるか。


「元々の死体が生き返るわけでないのに、記憶を取り戻すと前世の肉体と合致して一人前になるのかね。まるで死者復活だな、この進化というのは」

「彼らにとっては奇跡なのかもね」


「記憶を残す部分と、体を動かす部分って違うのにな。この世界だと適当に混ぜているんじゃないかと思ってしまうな」


 アイリーも返す言葉もないだろうから苦笑いしている。女神の短剣で刺せば、成仏してくれないかね。試すなら自分に試すけれど。


「まあ、俺が奇妙なことを言い出したら、女神の短剣で刺してくれ」

「今、刺していい?」


「本当に仲がいいわね、妬けるわ」


 ファリナが不意にそんなことを云う。


「不安になることがあるのか?」

「あるわよ」


「アイリーとの仲良し度は減らせないから、ファリナとのラブ度を上げるしかないな」

「あげてくれる?セックス以外で」


「それは困った」

「でしょう。セックスは満たされているからいいのよ。それ以外で工夫してね、ダーリン」


「わかった、だが今夜は、思い浮かぶまで相手をしてくれ」


 ◇


 翌日 シドニーがアイリーを訊ねてきた。一人で。


「同席したほうがいいか?」

「その時に念話で呼ぶわ、ベルンはファリナとデートしてあげて」


 俺はベッドで寝ているファリナを一瞥してからアイリーにわかったと応じた。隣の浴室に湯を張った。ファリナに声をかけるが目覚める様子がない。パジャマを脱がせて、浄化の魔法をかけ、抱き上げてから浴槽まで運んだ。湯につけるとようやく目が覚めたようだ。


「起きたか、今日は二人で出かけよう」

「うん、アイリーは?」


「シドニーが訪ねてきて面会中だ」

「そう、珍しいわね。彼女から来るなんて」


 そういわれれば、いつもルクスとシドニーは二人で行動していた。まあ、あとでアイリーから話は聞けばいいと思ってどんな事情で尋ねて来たかを考えることを止めた。


「どこか、出かけたい場所はあるか?」

「ん~、特にはないかな」


 二人で着替えて出かけることにした。


 ここ二ヵ月で、さらに町並みは様変わりした。主には第二王女が来てからのち、東側の再開発が進んだ。これまでドルレアンの東部3キロから北上していた南北街道の東側は大膣現地帯だったが、半年にわたる伏流水をこの南北の川に合流させたことで大湿原の東側の湿地帯の乾燥が進んだ。此方の東側はミスリル鉱脈が伸びておらず、魔獣氾濫時にも川岸を越えないという専門家の判断の元、第二王女の住居用の築城が始まった。


「あの東の果てには何があるのかな」


 ファリナが建設中の城のはるか向こうの地平線を見て呟く。勿論俺も興味はあるがなにも見えない。北回り海岸線に沿って海沿いに進むか、東の遥か先まで穴を掘り進めて行けばいつか何かには辿り着くだろう。先人たちからの話だと、50キロ先まで大湿原が続きその果ては人類未踏の地だと云う。案外地の果てで、この世界が平面であるかもしれない。日が昇り沈むから、このアウレリオという世界も球体だとは思うのだが。それらも専門家に任せよう。


 意外とこの世界が平面でダンジョンの一部だと云われても信じてしまいそうだ。

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