第五章 ガスマン王国

第146話 アルドロの告白

 第二王女の護衛クエストから二カ月後、ゲルガド伯爵閣下からの指名依頼は片付いた。ウェストゲルガドへの街道と野盗退治だ。今はアルドロからの依頼をこなしている。


 アルドロから依頼を受けていたリザレクションの街の東地区の大湿原の中に、4キロ×4キロの巨大の堀を作った。基礎工事やら水抜き工事は、アルドロが土木ギルドと建築ギルドへ依頼して専門家を派遣していると聞いた。今のところこの築城に関する俺の仕事は終わったようだ。


 その納期に合わせるように、アルドロが俺たちの屋敷を訪れた。今回、マリアは同伴していないという。


「進化の件か?」

「ああ、そうだ」


 二か月前の王都からの帰りにロメロ子爵邸でアルドロから、俺とアイリーの転生組の進化をするなという忠告を受けて、その時は、俺もアイリーも進化条件が整っておらず、選択をしていない状態だった。


 今、部屋にはアルドロと俺、アイリーとファリナがいる。そして現在は三人とも進化を選べる状態になっている。


「さて、前置きと本題とどちらも話すが、一番理解して欲しいのは、転生組六人の関係性だ」

「アルドロが言うくらいだから重要なことなのだろう。納得した上で進化はしていない」


「ああ、順に話していく、まず転生の間の最後の方の女神様のセリフだ」


『・・・少なくとも、手を握り合った相手とは、敵対することはありません』



 ――この女神様のセリフだが、今のところ敵対はしていない。だが、進化することで敵対する可能性がある。手を握り合っていないからだ。いや、間違いなくそうなるといえる。すでにマリアは進化していた。その顛末から聞いてくれ。


 俺とアイリーは頷いた。ファリナは転生者ではないが、マリアと従姉妹なので離席せず話を聞くという。アルドロからはファリナは進化してもしなくても問題ないはずだと云う。アルドロの話を引き続き聞いた。


 ――進化する条件は人によって違う。

 ――発生条件、つまりトリガーが違う。

 ――進化後、通常こちらの世界の人間であれば、既存のギフトとスキルがグレードアップする。シンプルだ。種族によっては上位種になる。ヒト種はならないが。


 ――ファリナもこの進化条件に沿って問題はないはずだ。

 ――だが、転生組は違う。


 アルドロの顔が一層真面目になる。



 ――マリア・サクラの場合でいうと、マリアの15年の記憶がフラッシュバックした。それまでサクラが人格の根本であったものが、マリアの記憶が表層化して人格のベースに塗り替わったように思う。そしてサクラのあちらでの知識・技術・技能の他、既存のギフトとスキルがこの世界用にグレードアップした。


 ――こういう言い方をすると、サクラにマリアの15年分の記憶が戻っただけに聴こえるかもしれないが、俺から見れば、『サクラの力を持ったマリアそのものだ。サクラらしさはどこにもない』


「アルドロにとって不都合が出たのか?」


 俺はアルドロに尋ねた。


 ――まず、アルドロとマリアは二卵性の双子だ。

 ――ゲンタとサクラは前世で他人だった。だからこそ生まれ変わり後に、違和感なく相棒契約が結べた。ゲンタとサクラとして。

 ――今は、ゲンタとマリア。彼女マリアから見れば、アルドロは兄だ。


 ――兄との相棒生活を拒否することから始まった。

 ――アルドロも進化して、他の令嬢を娶り相棒契約を結べと言い始めた。

 ――貴族として生きていくにふさわしいと。


 ――マリアが云うには、1年弱生きてきたサクラの影響より15年分のマリアとしての記憶と本能的部分が圧倒的に強い。これが本来の自分、そして未来に必要な自分だと信じて疑っていない。貴族としての矜持も人間相関図も教養もすべて思い出したのだから。


 ――これだけならアルドロとしての自分が対応すれば良いだけだが。問題はこの先だ。


 ――マリアは生粋の貴族至上主義者だ。王国貴族そのものだ。


「第二王女と反目し合うのか」


 俺が一番の懸念事項を上げた。


 ――そうだな、それ自体大問題だが、それ以上に、亜人差別、成り上がり貴族への嫌悪感、平民差別が徹底している。もちろん強盗へもそうだ。


「俺やアイリー、ルクスやシドニー達へもか」

「そうだ」


 貴族と他国の亜人、貴族と村人、貴族と強盗、この関係は理解している。決して交わらない。王国貴族から見れば対立軸であると同時に根幹の考えだ。


「まあ、マリアの事は俺が考えるべき案件だからいい、それよりもベルンとアイリー、そしてルクスとシドニーだ。お前たちがマリアと同じ本体の記憶を取り戻したことを想像してみてくれ」


 アルドロに云われ俺も想像した。


「殺された場面を思い出す、最悪だな、想像が実際の映像と音声、肉感に塗り替わる。喉を斬られたことも、絶命寸前の一刺しの痛みまで」

「私は要らないわ、そんな記憶。あなたがいればそれでいい」


「ルクスやシドニーが思い出したら、さぞかし俺たちが恨まれるだろうな。仲間を皆殺しにしただけでなく、かつての自分を殺したかもしれない相手だ」

「そうね、ルクスが私を犯していたら、ベルンがもう一度切り刻んでしまうかもね」


 その言葉の現実味を自分の中で測る。可能性としては低いが、実際そうであれば許せるかと問われれば危うすぎる。


 ふー、と大きなため息をついた。


「ルクスとシドニーにこの話は?」

「ああ、先月、少し前に話す機会があって終わらせている」


「盗賊で生きた15年など思い出して、記憶に支配を受ける価値などあるのか?」

「ない。それは二人も理解したはずだ。少なくとも第二の生が奴隷商会で終わっていた可能性があったことは彼らも理解し、お前たちに感謝しているはずだ。それを敵対の可能性以上に、今以上悪化させる可能性しかないことは誰にでもわかる」


 今度、ルクスとシドニーにも会ってやってくれ、といわれ、アルドロは席を立った。

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