第9話 初日の終わり、明日の始まり
「体が火照るように熱いの」
▽ステータス
状態:発熱状態、急激なレベルアップに依る体型変化の状態。性交により鎮静作用あり。
おいおい、こんな森で、魔獣の跋扈するところで、できるか!
「あはは、最期までは無理だけど、体を触って、この熱さはきついわ」
耐熱耐性Ⅱを持つ彼女ですら、汗ばんでいる。心なしか彼女を背中越しから立たせて、正面から抱き合うと、少しふっくらしたような錯覚に陥る。頬の触ると骨々しさが改善されている。肩から肘、肩甲骨から背中、腰に掛けて探るように手を動かす。尻も太ももも一回り、心なしか健康的になった気がする。とはいえ、超ガリガリがガリガリになった程度の誤差だ。
そんなことを確かめていると、彼女が俺の髪を掴み、耳や頬、首を甘噛みし始めた。擽ったいよりも、少し気持ちがいい。俺も抱きしめ返して彼女の首筋から耳、頬を顔や唇で触れていく。
互いの熱量、どちらの肌がより熱いのかわからない。ただ、互いが相当の熱を持っているのはわかる。俺は彼女の両方の頬を片手と自分の顔で挟んだ。そして唇を重ねる。彼女の両腕が俺の首、後頭部を撫で回して引き寄せる。やがて二人の熱が収まってきた。
「ふぅ、何だったのかしら、落ち着いたわ」
再び、二人で抱き合って屈んで座った。
▽ステータス
アイリーミユ
状態:正常。
HP:178(+3)
ベルンハルト
状態:正常。
HP:178(+3)
キスひとつで、3、増えたのか、レベルが3増えたから、総量増加したのかはわからない。どちらにしても前向きな結果だ。彼女がえくぼを見せて笑う。俺はその頬に口づけた。
「目的のレベル5にも成れたから、明日は街に行ってみる?」
そうだな、だが、先立つ金がないぞ。魔石が売れるなら、もう少し増やしておきたいな。入場料を取るほど大きな町ではなかったようだが、今のままでは宿をとることもできない。古着が売れればいいが。二束三文のような気がする。
「定番の薬草でも鑑定してみましょうか」
それもいいな、でも魔獣を倒して、魔石を売った方が儲かりそうだ。
「そうね、どちらも少しだけ取っておきましょう。相場を知りたいわ」
ああ。そうしよう。探知を張りっぱなしにしておこう。少し眠ろうか。
「ええ、お疲れ様。今日はありがとう、酷い一日の始まりだったけど、こうして最高の夜になりそうよ、あなたのお陰」
どちらかと云えば、それは俺のセリフだな。
彼女は俺の胸を枕にして体を横に傾けて眠った。俺も彼女を抱いたままうたた寝を続けた。
◇
二日目
この場所を記憶地図Ⅱのマップ上にピン止めした。次回以降、外で眠るならここを拠点にしよう。8匹のスライム以外は何も現れなかった。おかげで深夜以降はぐっすりと眠れたようだ。夢すら見なかった。
「おはよう、ベルン、街でうっかり名前を間違えない様にベルンと呼ぶね」
ああ、俺もアイリーと習慣づけておく。知人がいるなら会いたいが、どういう風に対処するかは行き当たりバッタリになるだろう。願わくは、冒険者ギルドのようなものがあるといいのだが。魔獣が跋扈する世界なら定番だろう。
「定番と云えば、二人の設定が必要よ」
その後、二人で設定を決めた。北の村の生き残り。25家族42名すべてが無くなった。小屋で奇跡的に目を醒まして、俺の
能力やスキルについては、偽装することもできないので、鑑定機械に転生者のような情報さえ洩れなければいいだろう。
もはやこの世界に身を埋めるための覚悟は決まっている。女神様の話では、話の通じる人間も半分程度はいるようだ。半分が多いのか少ないのかはわからない。だが、100人いたって精々、付き合える範囲は10とか20だと思えば、さほど絶望的でもないか。障害に対しての蔑みがどれほどかは予想できないが、魔獣の跋扈する世界なら、欠損状態など、前世に比べれば当たり前のようにそこら中に転がっていそうな気はする。
この辺りの感覚は、女神様の云う前世の消去分を、穴埋めしてもらったはずの、こちらの世界の言語や風習、文化、常識に対しての理解度に期待したい。
初日から初対面の彼女と抱き合って森で寝るなど、前世ではありえない状況にもかかわらず、そうすることが最善だという感覚はベルンハルトの中に芽生えていた。ひょっとすると生きぬく才能はハルトよりベルンの方が高かったのかもしれない。
15年無敗だからな、この世界で。最後の一敗で死んでしまったが。
大きな南の街まで、地図上で残り12キロ、二時間をかけて、薬草、毒消し草、ポーションの材料になる草を採りながら、俺たちは最短距離で街道に出て、二人で手をつないで歩いた。
その町にとっては北門になるのか、この南北に走る街道上で、すれ違うことも追い抜かれることもなく、門へ着いた。
北門は締まっていたが、四人の門兵のような槍を持った姿の男女が二人ずついた。俺はその状況をアイリーに伝えた。彼女は俺の手を引き、彼らに話しかけた。
「こんにちは、北の村から歩いてきたのですが、中へ入れていただけませんか」
「おい、北の村は
「私たちはその村の生き残りです。死体に埋もれて辛うじて生き延びました。私は目をやられ見えません。彼は喉を切られ話せません。それでも生きて、ここまでたどり着きました。どうか街に受け入れてください」
「昨日はどこで寝たのだ」
「12キロ先の小川沿いの林の中です」
「スライムが出ただろう、良く生き延びたな」
「彼が倒してくれました。スライムの魔石は売れませんか?あと、薬草も」
「見せてみろ」
俺はベストの前ポケットから8個の魔石を取り出してアイリーに渡した。
「ブルーとレッドじゃないか、村人が良く倒せたな、どうやって倒したんだ」
俺は大きな石を落とすしぐさと、足で踏みつける仕草をした。
「へえ、やるもんだな、足は焼けてないのか」
「いいぞ、スライムを踏んだ勇気に免じて、歓迎しよう」
「魔石は突き当りのギルドで売ると良いわ」
「薬草も買い取ってくれるわよ、宿代くらいにはなるんじゃないかしら」
「ありがとうございます。感謝します」
「ああ、大変だったな、歩けるのか」
「ええ、彼が私の目になってくれますので」
「そうか、助け合える相手が、お互い生き残って良かったな」
「はい」
「ドルレアンの街へようこそ」
目の前に、広がる景色は、まさに異世界の街並みだった。
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