第一章 北の村

第3話 第二の人生、ハードモード

 血の匂いの充満する小屋のような場所で俺は目が醒めた。覚醒するまでの間に、村人ベルンの体に、ハルトの生前の魂が定着したような気がした。アラートよりも最悪の目覚めだ。


 小屋の天井を見上げながら、無意識に右手で、自分の左胸を触れた。素っ裸だった。


 ▽ステータス

 ベルンハルト:15歳 ヒト族 成人男性 村人

 レベル2


 ベルンスキル:【泡類Ⅰ種】

 ハルトスキル:【生存競争】

 武器スキル:【女神の短剣】


 HP:100

 魔力:50

 攻撃:10

 防御:10

 迅速:10

 幸運:20


 状態:魔獣と強盗団に襲われた村の死者ベルンに、新たな魂ハルトを得た肉体。

 死因:ベルンは喉を切られ死亡。(死亡状態復刻済み)


 俺は喉に手を当てた。横一閃に斬られた跡が、かさぶたのように、蚯蚓みみず腫れになっている。マジか!


 声が出なかった。あ、あ、あー。


 マジか! 声が出ない。のどを切られた後遺症か!というか、声帯が斬られた?


 うわ、死体に転生するから、身体の一部に欠損がある、と女神様も言っていたが、現実として生まれ変わると、いきなりのハードモードじゃないか。

 これ、女の子を口説けないだろう。


 急襲するしか選択の無い一択かよ!くそったれ。


「落ち着いて」


 はい?


 俺は、ふいに、女性の声のする方を振り返った。すぐ左後ろにいる。


 俺の左手と声を発した女の子の右手が、手をつないだ状態で片手同士が繋がっている。彼女が発声した時に、彼女の右手が俺の左手を少し引っ張ったようだ。無意識に尻で半歩横に進んだ。


 彼女も裸だ。この至近距離だ、暗くてもわかる。


 紛うことのない全裸だ。


 顔に見覚えがないのだが、手をつないだ魂が覚えている。彼女は転生前に寸前で手を差し出してくれた女性だ。だが、前世の名前は知らない。今世の名前をわからない。あの10秒で、自己紹介くらいしておくべきだった。せめて互いの名前とか。


 しかも俺は、言葉が話せない。


「少し黙って」


 はい?


 いや、俺は何も話しかけていない。そもそも発声ができない。一人でパニックになって心の中で騒いでいただけだ。


「落ち着きなさい、心を鎮めて私の声を受け入れてよ、泣きごとを言いたいのはあなただけじゃない、私だってそうなの、でも今は、私を信じて、話を聞いて」


 彼女の声は俺の耳から聴こえる。少女の声帯を通して、大人が語り掛けるような口調だ。だが、彼女は目をつぶっている。両目とも。俺の喉と同じように横一閃で斬られていた。


「パニック状態のあなたの思考が私の中に流れ込み続けていては、私が話せないの。落ち着いて私の声を聞く努力をして、心の中で相槌を打って、私は目が見えないの。あなたは声が出ないのでしょう?」


 ああ、そうだ。


 と、俺は心の中で肯いた。彼女の頭の先から顔、唯一動いている唇に視線を向ける。


「聞いてくれる状態になったのね」


 うん。すまなかった。落ち着いたよ。


「あなたの事は、あなたの左手を通して伝わったわ。ベルンハルトね。前世はハルトだった。合っている?」


 うん。俺はもう一歩分、体を彼女に近づけた。右手で支え、自分の尻を持ち上げ、彼女に寄せた。


「私は、いえ、私のことは、左胸を触って、私のステータスを視て。『鑑定解放』を行うわ。多分そちらの方が、あなたが理解するには早いと思うの」


 いいのか?裸だよ?


「今は、そんな初心うぶな会話をのんびり話し合う場合ではないの。それに目の見えない私は、あなたが協力してくれないと、私はこの世界を歩くことさえできない。貴方が一緒に生きてくれないと私は一人で生きていけないことくらい、既に理解を済ませているわ。絶望するスタートラインは今ではない。ここから先にいくつもあるかもしれないのよ」


 わかった。触るぞ。


 俺は、身を起こし彼女の背後に座った。繋いだ手は、彼女のお腹を通し、俺の左手は繋いだままだ。名も知らぬ彼女の左胸、心臓当たりに、背後から右手で触れた。小ぶりの胸の重さが俺の右手にやけに重くのし掛かる。同時に、『鑑定解放』したという彼女のステータスが俺に流れ込んでくる。


 ▽ステータス

 アイリーミユ:15歳 ヒト族 成人女性 村人

 レベル2


 アイリースキル:【探知】

 ミユスキル:【鑑定】

 武器スキル:【女神の短剣】


 HP:100

 魔力:48/50

 攻撃:10

 防御:10

 迅速:10

 幸運:20


 状態:魔獣と強盗団に襲われた村の死者アイリーに、新たな魂ミユを得た肉体。

 死因:強盗団によりアイリーは凌辱を受け証拠隠滅のため、両眼を切られた。その後、意識混濁中に絞殺されたあとも複数の男に凌辱され続けた。(死亡状態復刻済み)


 くそったれ、なんて人生だ!


 俺はアイリーミユを両手で後ろから抱きしめた。ベルンよりも酷い終幕だ。


「理解できたようね、でもこれは私の前のアイリーの人生よ、いずれにしても私は、一度は向こうで死んだの。だから、今、生きていることをただ、受け入れるわ」


 ああ。俺もこうして生きていることを伝えられる相手がいたことに、感謝する。


「こうして、アイリーミユとベルンハルトの体のどこかが触れていれば、あなたと無音声で会話ができるの、理解してくれた?」


 うん


「あなたは私の目、私はあなたの口、第二の人生の生きる覚悟はできた?」


 ああ、大丈夫だ、君がいてくれて、君が、俺の手を選んで取ってくれた。ようやく現実を受け入れることができたよ、ありがとう。そして、よろしく。


「ええ、それで、私たち二人はこれからどうすればいい?あなたの『生存競争』のスキルに期待して、あなたの手を握ったのだけど」


 ああ、まずは、この死体の山から、二人分の服を集めよう。そして、服を集める間、この死体を鑑定してみてくれ。


「死体を鑑定?」


 そうだ。女神様が言っていただろう、女神様から貰った短剣で刺すと、スキルが得られることがあると。


「有用なスキルを集めるのね」


 その通りだ。二人のために。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る