第2話 死後の世界
死ぬとこういう感じなのか?輪廻転生だっけ。俺には地獄の閻魔様がお似合いだと思っていたのだが、目の前にいる女性には、最高得点を与えてもいい。一体どこから目線なのだ。
他人に迷惑をかけるな、と育ち、ヒトの役に立とうとは生きてきたが、実際、人間というのは生きているだけで、周囲に害悪を及ぼす生き物だ、と俺の人生の一部ではそう理解している。俺も好影響よりも、役に立たない害悪の方が多かったんじゃないかな。
たばこの煙とか。
少なくとも身の周りにいる知人ではない誰かの努力で、俺の希望とは無関係に世の中は進んでいくものだと思っていた。終わるときもまた然り。
「思考回路が動く」
この事実に俺は驚いた。
そして周りを見渡せば、役所に並んでいた見覚えのある五人が、近くにいる。
男女の学生、大工のおじさん、白衣・眼鏡の女性、気だるげな女性。そして俺。さらに周囲には、たくさんの人の魂。この魂は、あの役所に並んでいた俺の記憶に残らなかった人々だ。
共通するのは、今、全員が素っ裸ということだ。
目の前の女神様は、同じ言葉を続ける。
「ここは転生の間、不慮の厄災に依り亡くなったあなたたちに、次の人生を用意しました」
俺が意識を女神様に向けると、会話は次のフレーズに移る。
「これから、あなた方を無作為に、六人をひとグループとして別々の世界に送ります」
「時間の都合上、あなた方が他の五人を選ぶことはできません」
「現在、あなたの目の前のヒトたちを見てください。六人のグループを認識できるはずです」
俺はその言葉を聞いて、視線を周りに映した。学生二人、白衣の女性、大工のおじさん、気だるげな女性と目が合った。
誰もがこの六人が一つのグループだと認識したのだろう。
その視線には、悦びも悲しみもなく、嬉しさも、他が良かったという願望もない。ただの作業途中の目だ。ベルトコンベアを流れる部品を数える目だ。
気が付けば、集まっていた数多くの人の姿の半分くらいはいなくなっている。次の世界へ送りこまれたのだろうか。まあ、他人の事はいい。問題はこの六人だ。
女神様が再び話を進める。
「あなたたちが行く世界の名は、アウレリオ。そして、その世界のロルヴァケルという国です。大事なことはあなた方の行く世界は、これまでの世界と全く違います」
「まずは、それを覚悟して受け入れてください。アウレリオという世界は、前世の地球よりも1000年程度、文明的には遅れています。しかしながら、魔法とスキルのある世界です」
その後、少しの間が空いた。周りを見渡すと、男女の学生がコクコクと頷いている。それを見て女神様はほほ笑えみ、視線を移した。
つられるように、俺も頷いてしまった。
女神様がほほ笑んで、他の三人に視線を動かす。結局、他の三人が頷くと次の話が始まった。
「あなた方一人一人が生きてきた証としてそれをスキル化します。それを確認するために左胸に手を当ててください」
云われるがまま俺はそうした。
『前世スキル:生存競争』
「確認できましたね」
俺は頷いた。
「次に、あなた方は、ロルヴァケルという国の、とある15歳の村人に生まれ変わります。六人全員です。15歳という年齢は、ロルヴァケルの国の成人年齢です。その15歳の元の体は残念ですが亡くなったばかりの肉体です」
「身体のどこか一部には欠損があるでしょう」
「その元の体にもひとつスキルがあります。あなた方は、前世のスキル、そして生まれ変わりの来世のスキル。この二つを持って、魔獣とストリートギャングと呼ばれる強盗団が跋扈する世界を生き抜くことになります。勿論まともに会話の通じる種族もいますよ、だいたい半々といったところでしょう」
いやいや、ハードすぎないか?
「申し訳ありませんが、決定事項ですので質問や変更はできません。話を続けます」
すいません。
「二つ目の来世のスキルは、生まれ変った後、左胸に手を当てれば確認ができます」
「あちらの世界では役に立たない現在の記憶を一部削除します。その消した部分に新しい世界の言葉や知識を上書きして、あなたがたを送り出します」
「素手では、すぐに命の日が消えることでしょう。私はそれを望んではいません。『女神の短剣』をあなた方に一つずつお渡しします」
「魔獣や強盗団を倒すと、経験値が得られます。また、その短剣を使って刺すと新たなスキルが得られることがあります。経験値にもスキルにもレベルがあり、どちらも上げることであなた方の生存率を高めるでしょう」
「なお、食事の心配はいりません」
え?
「異性との交わりが運動エネルギーとなります、エクスタシーを感じさせるほど増えます。どれほど増えるかは、あちらの世界で実証してください。もちろん、あなた方だけでなく、向こうの世界のヒト族に準ずるすべての種族が同じです」
は?
「交わることをせず、運動エネルギーが枯渇すると、動けなくなります。左胸に手を当て、常に体力のHPが、ゼロにならないよう、残量を確認してください。ガソリンの残量と同じですよ、エネルギーは補充しないといつか枯渇します」
『HP:100』
「さて、疑問は尽きないと思いますが、最期のお話です」
「目の前の六人とともに生き残るもよし、隣り合う二人で生きるもよし、もちろん、一人で生きるのもよし。選択肢はあなたにあります」
「手をつなぎあった相手と同じ場所に産み落とします」
「そして、姿かたちは変わっても、六人が元の誰かは、女神の力でわかるようにしますね。少なくとも、手を握り合った相手とは、敵対することはありません」
「10秒後に転生を開始します」
「それでは、良き第二の人生に幸あらんことを」
俺は慌てて、六人の輪の中央に左手を差し出した。
みんな固まっている。
俺を選ぶも良し、選ばぬも良し、としよう。自分から見知らぬ誰かの手を無理に握り合う必要はない。永遠とも感じる10秒が過ぎる瞬間、隣の女性が俺の手を握った。
ああ、最期にイカシタセリフを言えなかったな。
俺の名はハルトだ。
人生の終幕に名乗りもできないなど、最悪の終わり方だ。
そして、存在意識が霧散するように消えた。
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