言葉を喋れない村人の冒険譚

プロローグ

第1話 人生最期の日

 やたら最近、Jアラートがスマホに通知を送り付けてくる。


「重要な情報だけ流してくれよ」


 誰に文句を言うのでもなく、不機嫌なアラームに呼び出され、ベッドから身を起こす。ベッド横のモニターからは、撮りためしていた映画が流れていた。観ている途中に、うたた寝して、朝を迎えたようだ。といっても一時間ほど前まで起きていたのだが。


 モニター画面に流れる映画は、どこかの国の、『人生最期の日』というタイトルだ。今流れているシーンは、ベースボールというゲームを観客として眺めている主人公に、友人が話しかけている。


「この後を見たとしても、もうこの点差では消化試合だぞ」

「いいじゃねえか、俺とお前にとっても、この時間は、人生の消化試合みたいなものだ」


「つまんねえこと言うなよ」

「このゲームをひっくり返せたなら、訂正して詫びるよ、今夜の飲み代を賭けるか」


「無茶言うんじゃねえよ、俺の丸儲けじゃないか」

「勝ちが分かっている勝負では、つまらないだろう、いつだって逆転するほうに賭けようぜ。今日が人生最期の日の勝負かもしれないぜ」


「昨日も聞いたぞ、そのセリフは」

「ははは、俺の遺言はお前に受け取って貰わないとな、死ぬまで続けるさ」



 ストーリーが分からぬまま、エンディングに向かう映画。巻き戻して観るほど、惜しいとも思わなかったが、人生最期の日のセリフとしては、イカシテいるとも思った。充実した人生で最期の日を迎えられる奴が、どれほどいるのだろうかと。全く同感だ。


 俺の人生もそろそろ折り返しはとっくに過ぎて、終活をするには少し早いが、遺言を渡せる相手を探すのも悪くないな。などと思うのだが、現実は、いたって普通の日々だ。ここから逆転しても、普通が普通になるだけじゃないのか。


 後悔するほど不運な人生ではなかった。負けることは良い。ただ。何事にも連敗しない様にだけ気を付けていた人生だったな。いや、まだ終わっちゃいないが。映画に感化され過ぎだ。などと云っては、カレンダーを見る。


 今日はワクチン接種の日だ。


 すでに17回、いや18回目か。それこそ回数などどうでもいい。日本の人口の九割は一度以上感染したようだ。俺は残りの一割組だ。ツイテいると云っても言い過ぎではないだろう。だが、このウィルスは、その一割さえ感染させたとしても気が済みそうにない。全くしつこい奴だ。


 しつこいと云えば、最期に付き合った女は、しつこくなかった。まあ、それもどうでもいい。何の連想ゲームだよ。まったく。


 意識を現実に戻した。


 今は、役所の長い行列に並んでいる。列の背後にある、市民のための大型スクリーンのニュースは、北の某国が日本海上空にミサイルを発射した。新型弾道ミサイルが何発です、というおなじみに話題が流れている。


 世界を震撼させたウィルスは、ワクチンさえ打っておけば重症化しない、という神話をうのみにするほど愚鈍ではないが、打たない選択をして他人からジロジロ白い目に晒されるのはうんざりだ。そういう白い目をする奴ほど、「不運にも他人から感染した側の被害者であると認識していること」が多い。ヒトは死ぬときは簡単に死ぬ。ワクチンであれミサイルであれ。


 俺の知り合いも何人かは死んだ。その中には、もちろん大事な人も失った。しつこくなかった最後の女の理由はそれだった。なんとも笑えない話だ。



 マスクを俺はつけている、この行列ではマスクをつけている人が圧倒的だが、今や、一歩街に出れば、ほとんどの人間はマスクを手放しているのが現状だ。


 左右三つに並んだ列は、サクサクと前に進んでいく。


 前には高校生の姉弟かカップルかはわからないが、夏服の制服を着ている男女二人の笑顔。まさに、青春時代だな、俺にも確かに存在した時間だった。


 左隣には、白衣を着て眼鏡をかけたどこかの研究員のような無表情の女性。その前にはハチマキをした大工の親方のような地下足袋を履いている気のよさそうなおじさん。


 右手側の列には、気だるそうにマスクの中であくびをしている夜勤明けの風俗嬢のような恰好の女性が腕を組んでいる。誰に俺が似ているかと云えば最後に見た気だるそうなこの人だろう。俺もつられてあくびをしてしまった。



 俺はと云えば、かつてはそこら辺にいるサラリーマンだった。ごく普通の。だが、最近あまりにもやる気がなくて、家でのんびり有給休暇を消化している最中だ。


 そしてまた、Jアラートが鳴り響く。大型スクリーンからは、本州に一発、九州に一発、四国に一発、落ちた。というニュース。



「それは落ちたのではなく、故意に狙って撃ったんじゃないのか」


 と、俺が思案していたら、辺り一面、真っ白になった。



 その瞬間に、自分が死んだことを理解した。


 ワクチンを恐れて、気にもとめていなかったミサイルで瞬殺ワンキルかよ。肉体を失う走馬灯の中で最後に思案した言葉セリフだ。


 人生最期の日のセリフとしては、締まらない。


 そんなことを思う間もなかった。


 ◇


 意識を取り戻すと、目の前の神々しい服を着た女性が、優しく語り掛けた。


「ここは転生の間、不慮の厄災に依り亡くなったあなたたちに、次の人生を用意しました」


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