第7話 幽霊部員の多城可奈は困っている 

……6話と7話はシリアス回になります。ノーサンキューな方は、お手数ですが飛ばしてくださいm(_ _)m……



「私は『今』をどうにかしてほしいのにっ! 『死ぬまでに勝てればいい』? そんな気の長い話されても、なんの役にも立たないしっ。結局、『時間が解決してくれる』って言うんでしょ? 『もっと頑張ればいい』なんでしょ? そんなの私だってわかってるからっ。でも、高校生でいられるのは三年間しかないのに何年も待てないしっ。私ができる範囲で頑張ってもできなかったって言ってんのっ」


 先程からつっかかってきていた幽霊部員の多城たしろ可奈かながキレ始め、他の部員たちがドン引きする中、かじは変わらない距離感でたずねた。


「あー、つまり、お前は今現在なにか困ってんだな?」


「いきなりっ、クラスでハブられるようになって」


「なんで?」


「だからっ、わかんないから困ってんのっ。理由なんか、私が知りたいくらいだしっ」


「コイツと同じクラスのヤツは……」


 今回呼び出していた幽霊部員は四人で、うち三人は一年生、二年生はキレてる可奈と部長の紗葉すずはだけだ。

 梶の視線をうけて、紗葉すずはは「菱沼ひしぬまさんです」と伝えた。


「……あ。そうだ、ヌマエルだ! ヌマエルに話しかけられたからハブられるようになったんだ!」


 『ヌマエル』とは、文芸部員の一人である菱沼ひしぬまエミルを呼ぶときに、特定の生徒が使う蔑称べっしょうだった。


 紗葉は、顧問の梶の前で『ヌマエル』と呼ぶのはさすがにマズいのではと思ったが、梶は納得した様子になっただけだった。


「アイツはかなり個性的だからなぁ」


「部活の連絡とかで話しかけられて、仲間だと思われて迷惑なんだけど!」


「まぁ部活仲間なのは間違っちゃいないだろ」


「それでなんで私がハブられんの?」


「それはお前を仲間はずれにしたヤツらに聞けよ。菱沼と部活仲間なのがイヤなら文芸部やめて他の部活に入るか?」


「もう二年の夏休み過ぎたんだよ? 部活うつったとしても、今さら出来上がってるグループの中に入れないしっ」


「なら、仲間はずれにしてきたヤツらと話すか?」


「だからっ、とっくに何度も話そうとしたし! したけど……、なんか、無視シカトじゃないけど、スルーされて、話にもならなくてっ」


 可奈は涙目だ。

 紗葉すずはには、キレることでギリギリ泣くのを誤魔化しているように見えた。


「クラスの居心地悪いってんなら、コロナの影響で配信授業もしてるから、しばらく休んで様子見することはできるぞ。教室に行かないで保健室登校も」


「だからっ! ? ヌマエルとか、あの子たちをどうにかしてよ!」


「どうにか、なぁ」


「先生でしょ? 先生から言ってくれたら」


「なら聞くが、お前は『菱沼と仲良くやってくれ』って俺から言われたら、心の底から仲良くできんのか?」


「え」


「まぁお前も上辺うわべだけはできるよな。俺がソイツらになにか言ったところで、ソイツらだって、フリだけならやってくれるだろうな。やんわりスルーはそのままでいいなら話をするが。お前はそれで納得できるか?」


「……っ」


 納得できるわけがない。

 でも、不本意ながら、可奈にも梶が言いたいことがわかってしまった。


 たとえ梶がみんなに話をしてくれたからといって、「今までゴメンね。私たちが悪かったわ」といきなりすっかり元通りになるとは到底思えない。

 へたをすれば今より状況が悪くなり、うまくいっても表向きだけ仲良しなフリをされるだけなのだろう。


「気づいているかもしれないが、お前の今の状況は、菱沼がずっといる状況と同じだからな?」


「わ、私、別にヌマ……菱沼さんに特別なにかしたことなんてない」


んだろう? 菱沼をあからさまにシカトはしてないけど、積極的に関わることなく、さりげなくスルーしてきたんだろ?」


「……」

 その通りだったので、可奈は黙り込んだ。


「あー、責めてるわけじゃねぇぞ。もうさ。お前らくらいのトシになったら、先生がなにか言ったところで、素直にハイハイ聞いちゃくれねぇモンだろ。お前らが今まで生きてきた中で身につけてきた人生観や処世術とかがあって、お前らみんな一人の『個人』としての考えを持ってんだから。俺が『仲良くしろよ』って話したところで、誰も無条件で納得なんかしねぇよな。そもそも、『関わりたくないからさりげなくスルー』は、俺がさっき話してた強引なセールスに対してと同じで、比較的平和的な対処法だと思ってんだ」


 実のところ紗葉すずはも普通に使う処世術だ。

 紗葉は、たまたま自分のクラスに菱沼がいなかったから菱沼をスルーしていなかっただけだ。もし同じクラスに菱沼がいたら、自分もスルーしていただろうなと思った。


 なにしろ菱沼は、朝から一度もとかしてなさそうな、むしろいつ洗ったのかわからないフケさえ浮いた髪に、鏡を見る習慣がないのか目ヤニもつきっぱなしで、制服もどこか薄汚れている。

 しかもいつも独り言をつぶやいていて、黙ったかと思えば体を震わせる、かなり特徴的な不思議ちゃん、有り体に言えば清潔感のない気持ちの悪い生徒なのだ。


 紗葉のぶっちゃけた気持ちとしては、『女子なら、高校生になるまでに、身だしなみと空気を読むスキルは身につけとくのがマナーでしょ。高校生にもなって出来てないのは、本人の責任。私だってみんなから浮かないように必死にやってきてるんだから、努力する気もない相手に、指摘する優しさも、優遇する余裕も、持ち合わせてないから』だった。


 だから、目の前で繰り広げられている可奈と梶のやりとりにしても、クラス中から避けられているらしい菱沼に同情するより、菱沼のクラスメイトになった可奈を『多城さんは頑張ってるのに運が悪かったんだな。カワイソウ』と思いながら見ていた。


「もっと先生らしい対応してよっ」


「あー、それはたとえば、生徒同士で話し合う場をもうけたり、その話し合いに俺も参加したり、親にも話しに行ったりか?」


「そう! そうすれば」


「それ、一回やったことあんだけどさ……。あー、今のお前ならわかると思うが、スルーされるだけなのに、かなりのダメージ受けるよな? でもそれを体感したことのない相手に理解してもらうのは難しいんだよ。『スルーすること』を『たいしたことない行動』だと思われてて。実際は、する方とされる方じゃ全然違うんだが、特にする方に悪気がない場合は、まず、説明したところで、んだよ」


「え?」


「俺がわかったのは、『どんだけ話したところで伝わらない』ってことだけだった」


「先生が説明しても? なんで?」


「ほんとなんでだろうなぁ。今のお前と同じで、俺がなにかしたところで『さりげなくスルー』か『こっちが伝えたいこととは違う相手側の勝手な解釈』をされただけだったわ。今思えば、俺が『有名大学も出てない教師になりたてのヒヨッコだったから』、というのも理由のひとつだったんだろうなとは思う。あー、つまり、一言ひとことでいうなら、『俺の信用がなかった』んだろうなぁ。お前らもそうじゃないか? 下に見てるヤツからなにか言われても、『なに言ってんだコイツ』って思うだけで、言われた内容なんて頭に入ってもこないだろ? でも同じことを憧れの人や仲のいい友達が言ってたら、『この人が言うんだから間違いない』ってなるだろ? し、。お前らはSNSでのインフルエンサーだと考えたらわかりやすいか?」


 部員たちは、無意識に相手をランク付けしているのは自覚していた。むしろ、そうやってクラス内の力関係を把握しておかないと、自分の立ち位置を確保できない。優先度を間違えれば、それこそ自分がスルーされる立場になってしまうのだ。気づかないうちに自然と身についていた技術のひとつといってもいいくらいだ。


「俺自身は菱沼のことを嫌いじゃない。けど、アイツと関わりたくないっていう気持ちもわかる。『もし菱沼が同性で同僚の教師だったら』、つまり菱沼が同じ職員室で過ごす教師なのに、不潔な身なりでブツブツ言い続けてたら、『なんだコイツ』って思って、俺も今より塩対応してる自信しかねぇわ。たまたま今の俺は教師で、菱沼は生徒だ。俺と菱沼とは接点が少ないから、不快な思いもしないし、とばっちりも受けない。教師の俺とクラスメイトのお前とでは立ち位置が違うから、俺にとっての菱沼は『特徴的な生徒』でしかない。俺が確実にできることは、お前が少しでもラクに学校に通えるようにお膳立てするくらいなんだよ」


「じゃあ、私が休んで配信授業うければとか、保健室登校すればとかって」


「融通きかなくて悪いが、年度の途中でクラスを移ることはできないんだ。でも、嫌な思いするってわかってんのに、わざわざ教室に入る必要もないだろ。いったんクラスから時間と距離を空ければ、今の嫌な流れが変わるかもしれないからな」


「……変わらなかったら、私、卒業するまで一年半も、このままずっとスルーされ続けるんだ……」


 可奈の目から光が失われていく。


「待てまて、ちょっと待て! 勘違いすんなよ? 『伝えたいことが伝わらない』ってのは絶望だ。俺もそれが本当にしんどいのは知ってるつもりだ。でも、言わせてくれ。今の状況がずっと続くとは限らないからな! 自分で自分の視界せばめんなよ。で、お前の目的は『高校生活を楽しく過ごしたい』んであって、『ヤツらを説得すること』じゃないんだ。そこだけは絶対に間違えるな!」


「え……だって、みんなにわかってもらえないなら、ずっとスルーってことでしょ?」


「あー、この『わかってもらう』ってのが厄介やっかいなんだよなぁ。こっちの努力した分だけ伝わるのが理想だが、実際は、伝わる伝わらない以前ににある。理解する気のないヤツにどんだけこっちが誠意を見せたところで入らない。ヘタすると、こっち側が『頑張ってもどうしても伝わらないのは自分の努力がまだ足りないんだ』って、知らずしらずのうちに底なし沼に落ち込んでって病んじまう。途中で『なんかおかしい』『目的がすり替わってる』って気づけたらいいが、気づかないで頑張り続けると、ある日いきなり限界が来て動けなくなんだよ。今のお前はまだ動けるか? まだなにかできそうか?」


「え……うん。よくわかんないけど、『こうすればいい』ってアドバイスもらえて、それが私のできる範囲なら、まだできる、と、思う」


「そっか」


 真剣に心配してくれ、心からほっとした様子の梶に、毒気を抜かれた可奈は思わずつぶやいていた。


「……問屋とんや先生は、『自業自得だろ』とか『そんなことくらいで』って言わないんですね。さっきの赤ちゃんの話からしたら、私の話なんか、ささいなことなのに」


「頼むから、お前が感じたことを、お前自身が『こんなことくらいで』って思わないでくれ。俺はな、相手の立場とまったく同じ気持ちにはなれないって思い知ってんだよ。誰かの不幸と自分の不幸、どっちが重いかなんてのも、自業自得かどうかも、そんなことくらいなのかも、実際のところは本人にしかわからないことだろ? 周囲の誰かが『そんなことくらいで』って思ったとしても、お前にとって『そうじゃないんだ』と感じているなら、お前が感じている方がお前にとっての真実だ。お前がお前自身の気持ちを無視してどうすんだよ。お前はお前の一番の味方でいろ。それで、なにがしんどいとか、困ってるとか俺にも教えてくれるなら、教師として、俺はお前をできる限り守るし、絶対に見捨てない。だから、お前は、お前自身をあきらめるな!」


「……!」


 紗葉すずはは『「お前を守る」とか「見捨てない」とか、日常会話で使われてるの初めて聞いた!』とびっくりしていた。目を見て宣言された可奈にいたっては、驚きを通り越して顔が真っ赤になっている。


(まさかこれって)

(恋に落ちた瞬間?)

(ヒロインがヒ-ローに言われるようなセリフだった!)


 一年生三人がアイコンタクトで驚きを共有しあっていると、すっかり目がハートになった可奈が口を開いた。


「問屋先生ってぇ、カノジョいましたっけ?」


 対する梶は、朝から抜き打ちテストでも知らされたような苦い顔になった。


「いないんなら、私、カノジョに立候補」


「あ〜の〜な〜。俺が高校生のとき、お前らはまだ産まれてもねぇからな? ついでに俺は、教員免許とんのに、めっ~~~~っちゃくちゃ苦労したんだよ! ここクビになったら収入ゼロ状態で職探しすんのかと思ったら、手ぇ出す気にもなんねぇっての!」


「でもでも、運命の恋に落ち」


「たとえ落ちたとしてもだ。相手が在学中は手を出さない。お前らが卒業する頃にゃ俺ぁアラフォーだ。若い男なんざ高校の外にはそこらじゅうにいるんだぞ。お前らの父親と俺、どっちが年上かは知らんが、親世代の方が年代近いからな。そもそも俺にとってお前らは恋愛対象じゃねぇんだわ。あ、魅力がないとかいう話じゃなくて! ただ、俺にとって高校生はみんな庇護ひご対象なんだよ」


 どこか懐かしむような痛ましい遠い目をした梶を見て、紗葉すずははハッとした。

 

 もしかして梶先生が話してたのって全部つながってるのでは?

 高校生時代の女友達の話、全部が作り話じゃなくて半分くらい実話で、その女友達のことを気づけなかったばっかりに、女友達は亡くなってしまったとか?

 だから今の先生は、女子高生わたしたちの話をちゃんと聞いてくれるようになったんじゃあ……。

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