第5話 梶遠矢の即席文章教室
「お前らは部誌に出す作品って、どういうもん書けばいいと思ってんだ?」
はしから順に言ってみろよ、ホレホレと幽霊部員たちは答えをうながされる。
「も、物語性があるもの?」
「感動させるもの」
「五感を刺激するもの?」
「うったえたいものが含まれているもの」
最後に紗葉も答えるように言われ、困ってしまった。
「……わからなくなりました。今の全部その通りだと思うのに、それがない作品もあるし」
「そうだな。全部正解で不正解だ。今のはイジワル問題だからな」
えぇ〜! とブーイングがあがる。
「今お前らが答えたのは、無意識に、お前らが作品に対して期待してる部分なのかもな。それか、いつかどこかでそう読んだか、誰かからそう言われたか。そういうもんだって習ったのか」
そういえば、とみんな思い当たることがあったようだ。
「たとえばだが、『
「え、授業の始まりと終わりにかける号令、ですよね?」
指名された幽霊部員の答えに、「だよね?」と他の部員たちもうなずきあう。
「そうだな。じゃあ、今から質問に答えてもらうが、他のみんなもちゃんと自分の回答を用意しておけよ? さて、お前は、今から授業が始まると思ったか? 終わったと思ったか? どっちでもいいから、思ったまま答えてくれ」
「私は始まると思いました」
「それは何時間目だ? なんの授業とかでもいいぞ?」
「何時間目かはわかりません。先生が言ったので、現国の授業が始まると思いました」
「いいぞ。なら、俺を目の前にして答えにくいかもしれないが、俺の授業はどうだ?」
「わかりやすいです」
「はは、嬉しいね。そんなわかりやすい授業中だが、授業以外のことも考えちゃうだろ? ハラヘッタとか」
「『この雑談が終わるまで、あと何分かかるかな』とはよく考えます」
「正直な意見だなぁ、おい」
苦笑いする梶に、部員たちは笑ってしまう。
「まぁいい。今のを文章にしてみると」
梶は生徒指導室に置かれていた移動式ホワイトボードに走り書きする。
「起立、礼、着席」
日直の号令で現国の授業が始まった。
現国の授業はわかりやすいから好きだ。
でも先生の雑談が始まると、ついつい「あと何分で終わるかな」って時計を見上げてしまう。
「って感じになる。で、俺ならこう続けたい」
だって今日の放課後は、別の学校に通う友達と久しぶりに会う予定だから。
早く授業、終わらないかな。
「な? 俺の雑談がつまんないんじゃなくて、コイツは放課後の予定を楽しみにしてんだよ。どうだ? 短いけど、ここで終わってもいい。この場合タイトルは『待ち遠しい放課後』とかか?」
そう言いながら、梶は最初の部分に『待ち遠しい放課後』と書き足す。
「タイトルは、最後の文章である『早く授業、終わらないかな』に続けても違和感ないものだと、しっくりきやすい。もし、時計を見る理由が『ハラヘッタ』だったら、俺ならこうする」
だって今朝は寝坊して、朝なにも食べられなかったから。
早く昼休みにならないかな。
「タイトルはこんなんか?」
『カラアゲと卵焼き』と書いた。
「昼に食べる予定のものなら、読んでいて、『あぁだからタイトルがこれだったのか』と思えるだろ?」
「どっちの作品も短くないですか?」
「この内容で文章量を多くしたいなら、友達との関係性や、食べ物についてもう少し詳しく書けばいい。『友達は親友だったのに彼氏ができてからつきあい悪い』とか、『卵焼きは甘いのより断然出汁巻き派』とか」
そんなどうでもない内容を書くのはちょっと、と困惑している部員に、梶は頭をかいた。
「あー、まぁなにを書くかはともかくとして、読んだ相手が『あぁあるある』という共感か、『いやいや卵焼きは甘い派なんだけど』みたいな反感かを持てるように意識するといいぞ。もしまだ書き足りないなら、語り手が何年生で何時間目だとかも入れてもいいが、伏線でもない情報なら、むしろ書かない方がいい。それこそどうでもいいことをダラダラ読まされるのは苦痛だからな。今回は部誌で、主な読者が同じ高校生だから、読んだ人が勝手に補正してくれるだろうと、わざと書いてないんだ」
「物語が終わってないように思うのですが」
「そうだな。これだけだと、最低限の『期待感』だけしかないよな」
うんうんと梶もうなずく。
「オチをつけたらいい。『友達の恋バナを聞かされるかと警戒してたら、すでに彼氏とは終了してて、やけカラオケに行くことになった。友達には悪いけど、ちょっとほっとした』とか。『やっとお弁当を食べられると思ったら、なんでか今日に限って次々と用事を頼まれて昼休みが終わりそう。このままだと午後の授業中にお腹がなっちゃう』とか。ここで意外なオチだとウケるぞ」
「感動できません」
「あーな。文化祭で発行する部誌に書ける量は、一人あたり最大で見開き1ページ、頁数でいうと2ページまでと決まってるんだ。すべてのフォントを統一するから、一人だけフォントを小さくして原稿用紙何十枚分もの文字数を載せたり、特殊フォントを使ったりはできない。詰めても最大 枚くらいだ。もちろん、枚数内でおさまる感動短編を目指してくれてもいいんだが、いきなり感動短編を書くのはさすがにちょっと難しい。文化祭の部誌の量だと、イメージ的に、物語のワンシーンを切り取った感じになる」
切り取るとは? と部員が首を傾げる。
「最初に作った文章はどちらも出だし部分だけだろう? あんな感じで、一番盛り上がるクライマックス部分だけでもいいし、最後の部分だけでもいいってことだ」
最初はまだわかるけど、途中とか最後だけとか、と部員は納得がいかない様子だ。
「さっきのだと」
久しぶりに会った友達は、彼氏ができてキレイになってるどころか、やつれていた。
「どうしたの? なにかあった?」
「お願い! 今からカラオケ行こ!」
彼とケンカでもしたのかな?
「いいよ。一緒にカラオケ行くの久しぶり。いっぱい歌おうね」
友達になにがあったか心配だけど、彼氏ができる前みたいな態度に、ちょっとほっとしている自分がいた。
「みたいな感じだ。ハラヘッタなら」
やっとの思いで教室に戻ってきたら、無情にも昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
すぐ教室に来た先生に礼をすると、おなかがすいてフラフラな体を席に落ち着ける。
ほんとなんなの?
寝坊して朝ごはん食べられなかった今日に限って、昼休み前の授業が伸びるし。
やっと食べられるって思ったら、委員会から呼び出されて、戻ろうとしたら部活からも呼び出されるとか。
私なんか悪いことした?
しかも、午後イチは厳しくて有名な英語の授業だし。
シャーペン走らす音すらはっきり聞こえるのに、おなかが鳴ったら絶対クラス中に響き渡っちゃうよ。
ヤバッ。
キンチョウしてきたら、おなかが、あっ。
「あー、いいオチが思いうかばねぇからここで終わりな」
「私ならふでばこ落として音を消します」
「イスを引く」
「教科書を落とす」
「机を鳴らす」
「立ち上がって保健室に行く」
「おいおい。今までで一番真剣じゃねぇか。でもそれやったら先生に怒られるだろ?」
「怒られる方が、恥ずかしいより全然マシ!」と全員から力説され、はー、さすが女子だねぇ、と梶は感心した。
「まぁちょっと例え話がアレだったが、文化祭のは、同じ密度で物語全部を書ききるにはそれこそ腕がいるんだ。だから、四コママンガみたいな内容をイメージして、その一コマに焦点を当てて、三コマ分は説明するのが、『切り取る』、だ。いやいや、それでもどうしても物語を書きたくないってんなら、詩や短歌もOKだ。ちゃんとした内容なら一文でもいい」
ちゃんとした内容とは? と再び部員がたずねる。
「さっき俺が『起立、礼、着席』と言っただろう? あれは言葉としては通じるし間違ってもいないよな? でも、あれだけじゃあ作品にはならないのはわかるな? あと、『
そんな
「あぁそうそう。文字で絵を作る『アスキーアート』があるだろ? あの絵がどれだけ綿密でメッセージ性のあるものでも、使われている文字が読めて文章的に内容のあるものじゃなければ、載せられても作品としてはカウントされない」
過去に風刺的なアスキーアートを載せたことがあったが、物議を醸しだして、次からは『文字が視覚的に使われているだけで内容ある文章ではないアスキーアートはイラスト扱い』だと話し合いで決まったらしい。
「漢文や和歌はOKだぞ。俺は詳しくないから、古文の先生に添削してもらうことになるが」
過去に和歌や漢文好きな生徒がいて盛り上がったこともあるのだとか。
「キャッチーでエモいコピー、標語とかを自作してくれてもOKだ。そういう短いのには、書き手に確認してからイラストを付けることもある。あー、今のところジャンル的にはそんな感じか。もし今までにない新しいのを書きたいなら、俺に一度見せてくれたほうが無駄にはならない。あ、丸パクリはダメ、絶対! だからな。まぁ今はググればすぐバレるからやんねーか」
お前ら他になんか目新しいのあるか? と目を輝かす梶に部員たちはふるふる首を横に振った。
「まぁなんだ。言いたかったのは、けっこう自由だから、そんな気にしなくていいぞってことだ。ほら、誰だっけか最初いってただろ? 『恥ずかしい』とか『未熟』だとか。俺は、まだ十代のお前らが未熟なのは、そりゃ当然だし、ここにいる間はそれでいい。むしろ今そうじゃないならいつバカやんだよって思ってる。年とればとるほど、大人になればなるほど、挑戦するのに勇気がいるし、簡単にバカもできなくなっていくんだからさ。高校生の間くらい思いつくまま挑戦して、失敗したっていいだろ」
「先生は! もう大人になったからそう言えるのかもしれないけど、私たちにとっては、高校生なのは『今』なんです。簡単に『失敗してもいい』って言われても、もし取り返しのつかない失敗をしてしまったらって思ったら……」
「取り返しのつかない失敗、か」
梶ははじめて眉をよせた。
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