第4話 文芸部顧問の梶遠矢と文芸部部長の如月紗葉は話し合う

 通常運転の気だるげな様子をさらに崩した文芸部顧問である現国教師のかじ遠矢とおやは、生徒指導室に呼び出した文芸部部長の如月きさらぎ紗葉すずはに情けない顔を向けた。


「昼休みにこんなとこ呼び出して悪ぃな。ちょっと問題が発生した」


問屋とんや先生ともあろう方が弱気な発言をなさるのに驚愕しています」


 『問屋とんや』というのは、梶の名前『遠矢とおや』に似た響きなのと、物言いが商売人のようだからと、いつからか呼ばれるようになったと噂されている。


 しかし紗葉すずはの見解は違う。

 おじいちゃん先生ですら癒やし系アイドル扱いの女子校に、当時二十代の若い男性教諭が赴任したのだ。

 女生徒はうれしはずかし『遠矢先生』と呼んでいたに違いない。


 おおかた年配の女性教諭あたりが、『遠矢先生』を『問屋先生』と聞き間違えたかしたのを指摘され、これ幸いと乗っかったんじゃないのか、と。


 ズバリ梶本人に確認してもよくわからなかった。

 梶は、不快な響きじゃなくて、自分のことを呼ばれていると判別でき、日常生活に支障がなければ、どう呼ばれようが気にしないタイプだったからだ。


 ただ、この女子校で働く教師の平均年齢は五十代で、ほぼ女性教諭が占めている。三十代になったが比較的若い男性の梶は、「駆け出しだから」「若いから」「男手だから」と、なんだかんだ仕事を任されるので、「コレ問屋じゃなくて下請したうけだろ」とは思っているが、口にはしない。


「あー。それがな、むかいの名門男子校の文芸部顧問からケンカ売られたんだわ」


「それって、美魔女と名高い先生ですよね?」


「なんで他校の顧問も知ってんだよ?」


「問屋先生もネットで見たことありませんか? あの先生、自校上げで有名なんです」


 おそらく教師個人のSNSは禁止されているのだろうが、男子校の解説役として、学校公式SNSに出ずっぱりなのだ。

 見る限り美魔女教師本人もノリノリなので、学校側とも良い関係なのだろう。


「そりゃ結構なことだが、わざわざ他校ウチからむ必要ないだろうに」


「そこは確かに気になりますけど。まず、具体的に、なんと言われたのですが?」


 梶は、まるで話せば叱られるのがわかってる子供みたいに、目をそらしてためらいがちにぼそぼそ言った。


「あー……。ウチの文芸部は振るわねぇなって」


「は?」


 ドスのきいた紗葉の声と圧は、ただの女子高生のものじゃなかった。


「おい、俺はちゃんと知ってるからな! 丸山は大学入試の結果が出てウチを卒業すれば、本格的にデビューすんだろ? 二年の宮森とかもそうなりたいって頑張ってんのも知ってんぞ! ウチの文芸部は高校生活を楽しむため、書きたいヤツには自由に思いッ切り書いてもらうために俺がつくったんだからな!」


「そうでした。すみません、恩師にあるまじき発言でした」


「はは。まぁウチはコンクールにも不参加で目に見える実績はないから、振るわねぇって言われんのは当然だ。……それだけなら構わなかったんだがなぁ」


「つまり問屋先生の悪い癖が出たんですね?」


「すまん!」


 両てのひらを勢いよく合わせる梶に、紗葉はため息をもらした。


「はぁ。それで? 今回はどんな勝負になったんですか?」


「あっちの文芸部員とウチの文芸部員とが書いた新規の小説で対決だとよ。まだ対決場所も期限もジャンルも決まってないけどな」


「条件がまだ決まっていないのなら対策を練られます。部員と話し合って条件を決めますから、お相手との交渉は問屋先生にお願いしてもいいですか?」

 

「もちろんだ。任せてくれ」


「ではさっそく条件をつめるために話し合いをしたいので、放課後、来れる部員は部室に集まるように伝達をお願いします」


 すぐに連絡に向かった梶を、紗葉は複雑な顔で見送った。


「勝負をふっかける癖さえなければ、普通にいい先生なのに」


 梶は、高齢でおかたい女性教諭が多いこの学校では珍しく、生徒側に立てる教師だ。

 梶が文芸部を発足した理由も、進学校のカリキュラムにつぶれかけていた生徒を助けるためだったと聞いている。


 せっかく入った学校なのに合わずに通えなくなったり、ついていけなくてやめることになったりする生徒がいるので、梶は、息のできる避難場所を作りたかったそうだ。


 文芸部発足後も学校側とかけあい、コンクールは強制参加ではなく、部員側から「参加したい」という希望があったときだけにすること。


 部誌の内容や発行時期も、無茶なペースや勝手なテーマをおしつけられることなく、部員の自由意志で決められるようにしてくれたらしい。


 でも、ここまでは文芸部の先輩や紗葉の祖父から伝え聞いた話で、感慨深げに話してくれた相手には申し訳ないが、紗葉には少しもピンとこなかった。


 紗葉にとっての梶は、普段はいるかもわからない名ばかりの顧問だ。見かけるときはだいたい年かさの先生の使い走りをしている。

 いつも気だるそうで、授業態度も「あーもー、お前ら! 他はともかく、これだけは覚えとけよ!」と口調もあらいし、雑談も多い。


 とても話にきいた熱血教師には見えなかった。


 そんな紗葉が、初めて梶と一緒に行動したのは、二年生になって文芸部部長に就任し、幽霊部員の原稿集めを担ってからだった。


 なにも言わなくても期日までに原稿を提出してくれる幽霊部員と、ギリギリまで出さない、はては何度催促しても頑として出さない幽霊部員がいた。


 最初、紗葉はたいした問題じゃないと思っていた。言い続けていればそのうち出してくれるだろう、と。


 ところが、どれだけ「原稿を提出してほしい」と告げても出してくれない。待ち伏せすれば逃げられる。そうこうしているうちに部誌の印刷期限が迫ってきて、どうしようもなくなってから紗葉は梶に相談した。


 てっきり「部長のくせになにやってんだ!」「部員もまとめられないのか!」などと怒鳴られるんじゃないかとビクビクしていたのが。


「これまで一人でよく頑張ったな。大丈夫だ。印刷はサイアク俺が徹夜すれば前日でも間に合うからな」


 紗葉は思わず泣き出してしまった。

 自分のせいで部誌が出せないんじゃないかとずっと不安で押しつぶされそうだったのが解消したのと、実らなかった努力を認められて気が抜けたのだ。


「あー。部長だからって、一人で全部しなくていい。他の部員や顧問の俺を頼っていいからな」


 その言葉に涙がひっこんだ。

 紗葉はこの女子校の理事の孫だった。


 孫であることは周囲に伏せているので、生徒は知らない。知っている先生方も表立ってはなにも言わない。それでも紗葉は祖父の学校に通うだけで、常にプレッシャーの中にいた。

 

 理事の孫なのに成績は普通。

 孫なのに名だたる部活に入れない。

 文芸部部長という肩書にはおさまったけど、特別書くのが好きというわけでも、文章がうまいわけでもない。


 内心、こんな実績のない、どちらかといえば落ちこぼれ部の部長になったところで、と情けなく思っていたのに、下に見ていた部の仕事さえ満足にできなかった。


 そんな自分が頼ってもいいのか?


「誰だって一人でなんでもはできない。俺もよく他の先生に使われてるだろ? あれな、手伝うついでに仕事を教えてもらってんだわ。お前ら生徒から見たらみんな同じ先生だろうけど、勤務年数が長い先生は、俺にとっても先生なんだよ」

 

 梶は神妙な顔になった。


「だから今回のことは、顧問の俺が悪い。今まで原稿遅れるヤツはいても出さないヤツはいなかったから、今回もそうだろうって思い込んじまってた。あー、この学校はマジメちゃんが多いから油断してたわ。原稿ばっかりは本人に書いてもらうって約束だからなぁ。てわけで、誰が締切ブッチしやがってんだ?」


   ※


「生徒指導室なんかに呼び出して悪ぃな。ちょっと聞きたいんだが、なんで原稿ださねぇんだ? この学校ウチは部活も必修項目なの知ってるだろ? このまま書かないままだと退学させられるぞ?」


 顔色をなくした幽霊部員たちに、梶は皮肉げに笑った。


「たかが文芸部だから逃げきれるとでも思ったか? あいにく文芸部ウチもガチなんだよ。文芸部ウチに所属するからには『本人の原稿』を書いてもらわねぇとな。まぁまずは、部長が催促しまくったのに出さなかった理由を聞かせてもらおうか」


 一人ひとり原因を聞き取ったところ、出さなかった幽霊部員たちは書けなかっただけだとわかった。


「こんなの適当に書いて出しゃいいのに」


「嫌です! だって部誌に載るんですよ? 恥ずかしいじゃないですか」


「ほれ! 部誌をよく見ろ! ペンネームと本名はこうやってわけてるから身バレしない。むしろ、ここぞとばかりにネタに走るヤツもいるぞ?」


「それなら、まぁ」

「私は! 自分が書いた未熟な文章が残るのがたえられません!」


「はぁ? 誰も部誌に文豪レベルは求めてねぇよ」


「みんなから浮きたくないです」

「私も、とにかく目立ちたくありません」


「わかったわかった。どうやら、あたりさわりない文章を書けたらいいってことだよな? よし。コツを教えるから、騙されたと思って言われた通りに書いてみてくれ」


 次からは紗葉も教える側になるため、幽霊部員たちと一緒に紗葉も教わることになった。

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