第3話 クラス委員の朝比奈桜子は丸山まりんとの勝負をあきらめない

「くっ。また負けたとか」

「今回もまたまた惨敗だったねー。もう勝負しなくてもいいんじゃない?」

「~~まだまだ! 次も勝負よ!」


 再戦に燃えるクラス委員の朝比奈あさひな桜子さくらこを、小柄なクラスメイト小川おがわあずきは、あきれ半分尊敬半分で見上げた。

 

「朝比奈さんて最近まで紙の本しか読んでなかったのに。負けまけ続けてもくじけないとかスゴすぎるー」


「そうかしら? だったらきっと、丸山さんの小説が私にとって、それだけ衝撃的だったのよ」


 三ヶ月前。

 いつもなら授業の見直しや予習でしんとする教室が、珍しく騒がしかった。


「今回もすっごい良かった!」

「続きも楽しみにしてるからね!」


「嬉しい! ありがとう!」


 ぽっちゃり系クラスメイト丸山まりんが囲まれて褒められているなんて何事か、と桜子は思った。なんであんな子が注目集めてんのよ。


 さりげなく近くにいた小川に聞いたら、小説を書いているという。

 はっ。さすが暇人はこれだからと意地悪く思っていたら、小川の口は止まらない。


「も、なんていうか、あーもーっ、んーーって感じで、やみつきになるんだよー。読まなきゃもったいないよー。読んでよんでヨンデー」


 あの、手足をバタバタされても全然わからないんだけど。もう少し具体的に説明してくれないかしら。

 

 桜子は、小川からそれ以上を聞き出すことはあきらめて、丸山が書いた小説が載っているというサイトを教えてもらった。

 

 帰宅した桜子は日々の勉強を終えたあと、おもむろにノートPCを立ち上げると小説サイトを開いた。

 ちなみに桜子は、これまで小説といえば、いわゆる名作、ベストセラーや話題になったもの、有名人の作品やおかたい賞をとったものしか読んだことがなかったので、小説サイトを見ることさえ初めてだ。


 こんなサイトがあったのねぇ。

 私の貴重な時間を使わせたんだから、つまらない内容だったらゆるさないわよ?

 でもまぁ、けちょんけちょんに批評してあげるためなら、貴重な時間を使うこともやぶさかではないけどね。


 ぴっしゃぁああん。


 桜子の受けた衝撃は、まさに青天の霹靂へきれきだった。

 

 なにこれ! なにこれ!! なにこれ!!!

 こ、こんな小説があったのね。

 すごい、すごいわ! 確かにあーもーっ、んーーって感じだわ! 

 え、もう読み終わってしまったじゃない。続きは? 続きはないの?


 どれだけクリックしたところで続きが表示されることはなく、仕方なく桜子は荒ぶる心を持てあましながらも、明日にそなえて寝ることにしたが、目を閉じても、印象的だった数々の場面が思い浮かんで、しばらくもぞもぞしていた。


 翌朝、桜子は登校するなり小川にかけよった。


「小川さん、昨日は教えてくれてありがとう。その、あんな小説って他にもあるの?」 


「あるあるあるある。すっごいあるよー。あれ気に入ったんだったら、似た作品を教えるねー」


 その日から桜子の日課に『ネット小説の読書』が増えた。


   ※ 


 桜子はとても真面目だった。

 小川から教えてもらったオススメ作品をどんどん読み進めて、ついには自分でお気に入りをスコップするまでになった。

 そうして読んでいくうちに、誰もが思うところに至った。


「ねぇ小川さん。私も書いてみたんだけど。ど、どうかしら?」


 あの日から親しく話すようになった小川に、自分が書いた小説を差し出したのだ。


 差し出された小川はびっくりした。


 ええー? これって初めて書いた作品、いわゆる処女作だよね? 顔見知り程度のクラスメイトに見せるの恥ずかしくないの?

 あぁ、顔、真っ赤だから恥ずかしいけど見せてくれてるんだ。

 朝比奈さんって、真面目で気難しいコだと思ってたけど、なんかなんかカワイイかも。


「大事に読むねー」


 小川は数枚の紙をうやうやしく受け取って、ぱらりと読んでいく。


 んんんんーー?

 漢字カンジかんじっ。教科書みたいっていうか、なんか難しすぎるよー。

 これが普通の小説なんだろうけど、私には高度すぎて理解できないかもー。


「えっと、家でじっくりじっくり読みたいから、持って帰ってもいい?」


「ええ! よろしくお願いします!」 


 大事な処女作を預かった小川は、他のクラスにいる幼馴染と一緒に帰った。


「あのあの、たとえばなんだけど、小説読んでって言われて読んだんだけど、難しくって、どう言っていいのかわからない場合はどうしたらいいと思う?」


 幼稚園時代からの幼馴染はピンときた。

 『たとえば』『友達の話だけど』が枕詞まくらことばにつけば、だいたいが自分の話だ。

 

「あずきって二次から入ってようやくオリジナル読み始めたばっかだもんね」


「そうそうそう。一次創作だって基本ネットのしか読んでないし。普通の小説は、教科書に載ってるのと読書感想文を書くためでしか読んでないから、どう言ったらいいのかもわかんなくって」


「うんうん。感想って難しいよね。そんなつもりじゃなくても傷つかれることもあるし。まぁ二次はもっと激しいけどね」

 

 幼馴染は、物心つく頃から二次創作をたしなんでいたので、すでに数々の苦渋をなめてきていた。


 今まで仲良くしていたのに、推しがカブると自分の愛こそが誰より深いのだと「同担はゆるせないの」と仲違いしてしまう。


 推しが一緒でも、かけ算の左右が違うと「あなたとはわかりあえないわ」と距離ができる。


 友達と推しは別腹だとお互いわかっちゃいるが、友情と推しへの愛が深ければ深いほど、距離を空けないと余計に傷つけ合う結果になるのは実体験済みだ。


 しかも悩ましいことに、偉大なる作品妄想元はどんどん世に生み出され、愛ゆえの推し戦争は頻繁に勃発する。のちに沈静化し、かつての友と再びあいまみえるまでがデフォだとしても、幼馴染はそのたびに心を削る思いをしてきていた。


 そんなわけで幼馴染は、推し戦争とは縁のない貴重な親友に、言葉を選んで慎重に答えた。


「あのね。作品を読んで思うことは本当に千差万別、人の数だけ感想があるんだよ。同じ人だって、そのときの状況や気持ちや年齢が違えば、同じ作品に対して感じることが変わる。苦手な作品を好きになったり、好きな作品を苦手になったりもする」


 二次あるあるだ。

 前まで知らなかったカップリングに興味を持ってもらえたり、素晴らしい作品にじそうさくに出会えば、今までの自分カップリングが間違っていたと思ったり。


 まぁ最終的に、みんな違ってみんないいどれも美味しいなんだけど。


「だから、相手や作品を否定する言葉じゃなければ、素直に言うのが一番いいと思う。とにかく自分と違うからってだけで否定するのだけはダメ」


「わかった、と思う。がんばる」


   ※


「あのあのあのね、家で何回も読んだんだけど、私、ちゃんとした小説って今までちょっとしか読んだことなくて、あんまりわからなかったの」


「そうなの……」


「あっ。あっ。でもね。読んでたら、教科書に載ってた小説を思い出して」


「もしかして『山月記』?」


「そう! すごいすごい! よくわかったね!」


「嬉しい! 私、中島なかじまあつしが一番好きなの!」


「そうなんだー。なんとなくそんな感じがしたってだけしかわからなくって。せっかく読ませてくれたのに、ごめんなさい」


「ううん。真剣に読んでもらえて嬉しい。ありがとう」


「この作品、どうするの?」


「どこかに残しておきたいとは思ってるんだけど」


「じゃあ、小説サイトに載せてみる?」


「あ、あのサイトね」


 すっかり小説サイトに慣れた桜子は少し考えてから口を開いた。


「私のはちょっと違う感じがするから、もう少し探してみるわ」


 桜子は真面目だった。

 もちろんあのサイトで読む小説は大好きだ。今でもずっと定期的に読んでいる。

 でも、自分でも同じような小説を書きたいかというと、ちょっと違うような気がするのだ。というか、きっと同じようには書けない。


 自分が書けるのは、書きたいのはーー。


   ※


「朝比奈さんはここにしたんだね」


「そうなの。ここなら私と似た感じの小説が多いから、同じような作品を好きな読者もいるのかなって思って」


 確かにその小説サイトは、最初に小川が紹介した小説サイトとはテイストが違っていた。小川は早々に足が遠のいていたが、桜子が書いた小説には確かに合っているように思える。


 実際、年配者からの丁寧な感想が書かれるようで、桜子は感想を励みに技術を磨いているらしい。

 

「私はここで書き続けて、いつか丸山さんを抜くのよ!」


「おお! って、どうやって? 小説サイトも違うのに」


「ブックマークの数とかレビュー数とか読者数とか?」


「なるほど?」


 丸山まりんは小説サイトの中ではすでに有名で、大量の読者を抱えているし、新規読者も獲得しやすいラブコメジャンルだ。


 対して朝比奈桜子は、落ち着いた純文学ジャンルかつ新人なので、読者数もほとんどついていない。


 うーん。まったく勝てる要素がないんだけど、いいのかなぁ。

 まぁライバルがいる方が燃えるって幼馴染もよく言ってるから、いっか。


「私は公平にどっちも応援するね!」


「ええ! 真剣勝負はいつでも正々堂々としなくてはね!」


 真面目な桜子はその場で丸山に宣戦布告して、勝負はクラスメイト全員の知るところとなった。


「小説仲間だね! 嬉しいな! お互い頑張ろうね!」


 ライバル宣言された丸山が屈託なく受け入れたことで、クラスメイト全員も決して贔屓ひいきしたりズルしたりしないことを約束した。


  ※


「今回の朝比奈さんの作品、表現がすごくキレイだったね。私はあんな風な文章が浮かばないから尊敬するよ」


「あ、あら。今回の丸山さんのお話のやりとり、相変わらず、もだえさせてもらったわよ」


 あれあれあれれ、なんでだろう?

 この二人を見てたら、私もなんか書きたくなってきたかも?

 幼馴染に教えてもらって、こっそり私も書いちゃおっかなー。


 そうして書いた小川の短編が、なぜか百合小説として人気となり、二人をモデルに自分が書いたとは言い出せなくなったのは、また別の話。

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