神官さんには好きなものがある

 一応繰り返すがホシは神官である。しっかりと神に認められた奇跡を振るい、戦場では味方を癒し駆けるその姿は天使と言われたりもしなくもないくらい素晴らしい子なのだが、普段の正装をそこら辺に脱ぎ捨て薄手の肌着だけになって飲んだくれているその姿は神に仕えるモノには全く見えない。


「やっぱ他人の金で飲む酒は美味いですね!」


「嬢ちゃんさっきの絶対イカサマだったろ! どんな手を使ったか教えてくれよ!」


「はぁ? 私がイカサマした証拠とかありますかぁ? まぁお金積んでくれれば教えてあげなくもないですがね」


「クソッタレ! 俺が積めるお金は今は全部アンタの財布の中だろうがよ!」


 彼女が何をやったかを簡潔にまとめると、酒場にいる人達とギャンブルしてイカサマして金を巻き上げてその金で飲んだくれている。


 うん。

 コイツ本当に神官か? 


 でも不思議な事にイカサマして金を巻き上げた相手と楽しそうに酒を飲み交わすことが出来るのは、単純にこの酒場にいる人達が強面な顔立ちに似合わず良い人達なのか、ホシの不思議な人間性なのか。実際、ホシは他者の警戒を解くのが非常に上手い。

 リスカは高圧的だし、スーイは世間知らずすぎるし、ギロンは……ちょっと俺達とは価値観が違いすぎるしで大抵の交渉事はいつも彼女が担当しているのだ。


「そっちの兄ちゃんはなんだ? まさかこの嬢ちゃんの彼氏か?」


「あははは! 彼氏! 彼氏ですってよ! ほら、なんとか言ったらどうです彼氏!」


「否定してくれよホシ……」


「あはは!気分がいいですね!」


 酔っ払ってるのか、ホシはただひたすら箸が転がっただけでも面白いとばかりに笑い続けてるし、周りの人達もそれに釣られて笑っている。正直ついていける気がしないけれど、この場には俺を含め気分を悪くしている者はいないだろう。


 ホシの笑顔はそういう笑顔なのだ。


「そう言えば嬢ちゃん達どっから来たんだ?」


「んー、出身地はバラバラですけど、最近は北の方からこっちに下ってきましたぁ」


「北……北!? え、まさか魔王軍との最前線からか!? ちっこいのにすげぇな嬢ちゃん……」


「もしかして、嬢ちゃんがあの『切断』の勇者の仲間なのか?」


 何となく、ホシに向けられていた親愛の感情の中に畏れや尊敬が混じってくるのを感じる。確かに、前線から遠いこの街に最前線で魔王軍と戦っている、それも『勇者』の1人の仲間が来たとなればそうなるだろう。


「じゃあそっちの兄ちゃんがもしかしてあの『切断』の……」


「あ、違います。俺はアイツの……なんだろう? まぁ本人じゃないですね」


「そりゃそうだろう。『切断』の勇者は剣の一振で砦を両断しちまうバケモノだって聞いたぜ! もっとムキムキのバケモンみてぇな見た目をしてるに決まっている!」


 幸いにもここの皆さんはリスカの見た目を知らないようだ。まさかこれだけ恐れられている『切断』の勇者が俺よりも背の低い女の子だって知った日にはみんな腰を抜かすことだろう。


 ……街中では一目でリスカが『切断』の勇者とバレたはずなのに、意外と知られていないものなんだな。


「まぁとにかく、魔王軍と戦う誇り高き勇者パーティのお2人に応援の意味も込めて、乾杯だ!」


「いぇーい! じゃあ皆様のお財布から飲み代は出してくださいね!」


「当たり前よ! あ、そっちの兄ちゃんは明日暇なら稽古つけてくれよ!」


「いや、俺ほんと弱いんで……皆さんに稽古できることとかなんもないんで……」













「おえー!!! うぇ、ぇ……きもっちわるっ……」


「飲み過ぎだよホシ。ほら、立てるか?」


 その後も宴は続き、俺はひたすらに俺よりも強そうなムキムキで傷だらけの強面達に囲まれ、ホシは更にその真ん中で酒を飲み続けて見事に酔い潰れ、もう聖職者とか以前に女の子としてまずい痴態を晒しそうになるギリギリでこうして引きずって帰る羽目になった。


「やっぱ酒はいいですねぇ。前線ではこういうわけにもいきませんから」


「確かに、こんな南下してくるのなんて久しぶりだな。リスカはひたすら前進しかしなかったし」


 北、つまりは魔王の拠点がある場所に近づけばこうともいかない。この街はどうやらかなり強力な結界があるようだが、もう少し北に進めば魔王軍の幹部が彷徨くようなエリアになってくるのでどこもかしこも暗い顔か険しい顔の人しかいない。あんなに笑顔の人を見るのは久しぶりだったかもしれない。


「しかし、あんな楽しそうな顔見せられたらますます気を引き締めて戦わなくちゃいけない気がしてきたな」


「ええ。あの神に愛されし愛しき金づる……ではなくて人々を守らなければいけないと神も言っています」


 …………。

 もしかして、言いづらいがこのパーティって割と人間性が、欠落している奴の集まりなのかもしれない。いや、リスカもちょっとやばいだけだし、スーイとギロンはそこまでじゃないと思うし、ホシだって今は酔っているだけだから何かの間違いだろう。


 コイツらが紛れもない『勇者』であることは、戦場で一番近くでコイツらのことを見てきた俺が知っている。


「あー……すいません。先宿戻っててください」


「え、どうした? 忘れ物か?」


「いえ、あの言い難いんですけど、また吐きそうなので」


「別にホシの介抱なんてもう慣れてるぞ」


「はぁ……私だって女の子なんですよ? 好きな人に吐いてるところを見られたいと思ってるんですか?」


 頬を膨らませて、ホシは千鳥足で来た道を引き返しながら路地裏に入っていってしまった。


 …………酔って変なことを口走るくらいまだ酒が抜けていない様子だったが、さすがにこの街に酔っているとはいえホシをどうこうできるような奴は存在しないだろう。なんて言っても、ああ見えてリスカと生き物だ。

 下手に絡めば絡んだ方の命が危ない。そういう意味では、俺が付いていた方がいいかもしれないけれど、吐いているところを見られたくないというのは多分本心なのでここは言われた通り、先に戻るとしよう。



 しかし、いくら冗談とわかっているとはいえホシ程の美少女が顔を赤くして真正面から『好きな人』と言ってくると、正直めちゃくちゃ興奮する。


 最初の方はマジで気があるのかと思っていたけど、二日酔いで頭を抱えているホシに聞いてみると「そんなこと言いましたっけ?」と流されてしまってるので、恐らくは冗談なのだろう。


 うん、でもホシってすごい美人だし、冗談とわかっていてもやっぱり嬉しいな。







 ◇







「おぇぇぇぇぇぇ……うぅ……マジで飲みすぎましたね」


 夜の街に吐瀉物が撒き散らされる音が響き渡る。

 端正な顔立ちを吐き気で歪ませ、神に仕える人間が絶対にしてはいけない表情を浮かべながらホシは流石に何十回目かの禁酒の決意をしていた。


「ったく、自己評価が低すぎるのも考えものですね。こんな可愛いホシちゃんが迫ってるんですから、勘違いくらいして欲しいものですが。あの自己評価の低さを形成したリスカ許せねぇ……」


「あの、お姉ちゃん大丈夫?」


 突然声をかけられて驚いて振り向くと、そこには10代前半程度と思われる少女が立っていた。

 いくら酔っているとはいえ、背後を簡単に取られたことに不覚を感じるが、こんな歳の少女が殺気を放ちながら背後に立つほうが末の世だと、口の端を拭きつつホシは少女と向き合った。


「はい。私は大丈夫ですよ。それより、こんな遅い時間にどうしたのかな?何も聞いてないよね?ね?」


「いや、人の家の前ですっげぇ汚い声出しながら吐かれてるから正直ちょっと怒ってるんだけど?」


「ぎぃー! 正論の暴力!」


 正論は時に人を傷つける。

 自分の容姿の良さには自覚的である分、汚い声などと表現されればいくら『切断』の勇者パーティの神官といえども身を刻まれるようなダメージを負う。


「ぐふっ、ごめんごめん……掃除はちゃんとしておくから」


「うーん、別にいいよ。だって貴方、勇者様のお仲間でしょ?」






 ポタリ。

 汚い声はなしで、液体が地面に垂れ落ちた。

 真っ白な神官服が赤色に犯されていく。体格の割には豊満であるホシの胸元から、黒い触腕のようなものが生えて、否、突き出ている。



「……なんで、結界は、そもそも、なんで気が付かな……」


「そこは教えないけど、やっぱりいくら貴方みたいな強い人でも油断するから人間の子供、それも女の子の姿はいいよね」


「っう、め、あ……」


「させないよ?」


 せめてもの抵抗とばかりになにかに手を伸ばそうとしたホシの胸元から突き出ていた黒い触腕が暴れ狂う。内側から蹂躙されるその体は最初はしばらく立ったまま目の前の少女を睨みつけていたが、それからしばらくして立っていられなくなり、それでも何かを紡ごうと、残そうと必死であったが最後は白目を向いて痙攣を繰り返し、やがてそれも終わった。


「うん、呼吸も心臓も止まってる。魔力の流れもね。じゃあそれは処理しておいてね」


 少女の命令で、黒い触腕のようなものは形を変えて大きな口を顕にし動かなくなったホシの肉体を既に真っ赤に染まってしまった服ごと貪り喰らう。

 食事が終わったあとには、地面に落ちた血液すら残されず、静かな夜の街だけがそこには在った。

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