神はどこにいまし?

 朝起きて、ホシが帰ってきていないことを知って、街中探し回ったけどその姿は何処にもなかった。


 しかもリスカもどうやら宿に来ていないようで、なんとこんな街のど真ん中で仲間2人とはぐれるというとんでもない状況になってしまっていた。



 もしかして、これって俺は『追放』されたのだろうか? 

 リスカとホシが話を裏で合わせて、俺を嵌めるために? いや、でもわざわざそんな事しなくても2人にかかれば走って俺を振り切ることも、殺してしまうこと、しばらく治療しなければ動けなくすることも出来るだろうし、あの2人がそこまで俺をどこかにやりたいならこんな穏便な手段で済ますはずないし、そもそもホシは前は俺の追放に反対してくれたしと、その線は薄いと考えたい。


 だが、だとしたらホシはどこに行ってしまったのだろうか? 

 リスカは最悪、街の外ほっつき歩いているだけだろうからしばらくして機嫌が治れば戻ってくるかもしれないが、なんだかんだ約束は守るホシが何処にもいないとなると心配になってくる。


 あの時、ちゃんとホシに同行しておくべきだったのかもしれないと後悔が生まれるが、今はとにかくホシの行方を探すしかない。いや、まだ合流できる可能性が高いリスカを優先するべきか? それとも……。


「ふーん、今、困ってるでしょ?」


 聞き慣れた声が聞こえて振り返る。

 その声の主はリスカでも、ホシでもないが、この状況において確実に事態を好転させてくれる声ではあった。




「ところで、リスカとホシは? ギロンはいないの知ってるんだけど」




 深めにフードを被り、その内側から深紅の瞳でこちらを覗く女性。

 我らがパーティの頼れる『魔術師』のスーイの姿がそこにあった。









「なるほど。リスカがいつもの癇癪、ホシが行方不明か。リスカはともかく、この街は強力な結界もあるし、前線から離れてるのにホシをどうこうできる魔族がいるとも考えづらい」


「せめてリスカが来てくれればいいんだけど、アイツどこに行ったのか……」


「うん。でもリスカはどうせ無事だろうし、ホシさえ見つければいいなら私が街中駆け回って探してみるよ。……まぁ、彼女の魔力が街の中に感じられないんだけどね」


 スーイがそう言うのならば、彼女は既に街の外に連れ出されているか、あるいは……。


「自分を責めるな。ホシが痕跡もなく殺されるような相手ならば、君がいても結果は変わらなかった。むしろホシもそれがわかっていたから君を遠ざけた可能性すらある」


 彼女の言うことは完全に正論であるが、それならば自分の弱さが不甲斐ない。後衛である彼女にも、俺がこのパーティに必要だと言ってくれた彼女にですら、足手まといだと思われて、思わせてしまっていることが。

 俺の訓練にいつも一緒に付き合ってくれていたのもホシだ。何としても彼女を救い出さなければ。


「魔力が遮断されるような部屋に閉じ込められている可能性は?」


「ゼロではない。だからこそ、まだ可能性はある。私と君で分担して街中を改めて探し、怪しいところを見つけたら落ち合う際に報告。単身で突入とかはしない? いいね?」


「わかった。日暮れ前にもう一度ここに集まろう」


 陽はまだちょうど真上にある。時間的に、街の半分を調べるのならば少し足りないかもしれないが、先程一通り調べたところを省けば十分可能だろう。


「それじゃ、サボらないでくれよ」


「まさか。私をリスカやホシと一緒にしないでくれ」




 ◇





 真上よりやや西に落ちた陽と睨み合いをしながら、森の中でリスカ・カットバーンは一つため息をついた。


「暇そうにしてるねリスカ」


「誰のせいだと思ってんのよ、スーイ」


 背後から現れたフードを深めに被った魔術師に対して、リスカは不機嫌を全く隠そうともせずに、なんなら剣を抜きながら対応した。


「手紙に暗号仕込んで、私にだけ街を出ろなんていいやがってさ」


「でも君ならもう理由には気がついたろう?」


 仲間に真意を隠していることを悪びれもせずに話すスーイの態度にはリスカも苛立ちが募りはせども、彼女が悪意を持ってこんなことをしている訳では無いことは理解している。

 そもそも、この魔術師に『悪意』なんてものは存在しない。善悪に行動指針を設定していない以上、存在しない悪意に苛立つことはあまりにも愚か。


 それはそれとしてイラつくのがリスカ・カットバーンという人間の性質だが。


「まぁいいよ。私は此処で待ってるから。それより、街の方は?」


「まだホシが行方不明なだけだね」


「なら心配ないね。それより、アイツは?」


「彼なら心配いらないよ。


 今日一番、明らかに苛立ちと殺意を孕んだ舌打ちが森に響き渡る。

 森中の生物が、たった一つのその空気の振動に意識を傾け、本能的に命の危機を感じ取る中で向けられた張本人である魔術師だけは平然と、薄ら笑いを浮かべていた。


「アイツに何かあったらアンタから刻んでやるかね?」


「わかっているよ。そもそも、こんな危険な作戦に彼も呼んだのはだとわかっているからだろう? いやぁ、信頼されていて私は嬉しいよ」


「失せろ。ただでさえ私は昨日街から距離を取らされてイラついてんだよ」


「でも最低でもこれくらい距離を取らないとね、またやらかすでしょう?」







「次の幹部との戦いでは、街ごと斬り裂くなんて愚行は犯さないようにね? 『切断』の勇者様」







 今度こそ本気で、リスカ・カットバーンは仲間である魔術師に向けて剣を振るった。

 ただの一振、されとて勇者の斬撃は本来剣の間合いの外にある木々を薙ぎ倒し、上空から見た時の森の景色を一変させる。木々が倒れる轟音が響く中、その勇者はまた一つ舌打ちをした。



「ッチ、クソが。わかっていても、避けられると腹立つな」



 振り向き、剣を振るうまでの一瞬。

 その間に既に魔術師の姿はリスカが認知できる範囲内には完全に無くなっていた。


 悪意は無い。

 害意も無い。


 ただ本当に次はそうしないように気を付けろと言うだけで人の心をここまで逆撫ですることが出来る魔術師。


 彼女からしたらきっと、リスカが怒っていることも知らないのだろう。


 だからこそ腹が立つ。

 悪意がなく、善意すら篭っているのだとしたらそれはある意味愛とすら言えてしまうのだから。








 

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