神官さんの証言、或いは勇者の独白
ホシは取っ組みあっている俺とリスカに視線を向け、「めんどくせぇな」という気持ちが隠せてない大きなため息を吐くが、すぐに凛とした表情に戻って話を続ける。
「もう一度言うけれど、彼を追放してはダメよ」
「どちらかと言うとリスカは追放を止めようとしてるんだよな。追放言い出したのもリスカだけど」
もう俺は自分が追放されそうになってるのか引き止められているのかいまいち立場が分からなくなってきている。
「何よ! どう考えたってコイツはパーティの足を引っ張ってるでしょ? 追放よ追放!」
「あ、じゃあ出て行くんで離してください」
「簡単に諦めんじゃないわよ!」
錯乱してんなコイツ。
「リスカ。神が言ってるわ。パーティに必要なのは戦力だけじゃないわ。ぶっちゃけちゃうと彼が居なくなると私達のご飯の彩りが悲惨なことになるわよ」
「はぁ? そんなもん私が作ればいいじゃない」
「…………」
「ちょっと、なんで黙ってんのよ。私の目を見なさいよ、目を」
リスカは大抵の事は器用にこなすが、掃除洗濯料理等の日常生活で必要な事は壊滅的、特に料理は味覚がおかしいのか知らないがおおよそ包丁というものを持ったことがないかのような潰された物体に、最悪に近い味付けを行い、味覚がまともな俺達では食べることすら難しい物質を生成しやがる。
「私は戒律で刃物が持てませんし、ギロンもスーイも料理なんて無理ですよ。私の日々の癒しは彼が作る料理だけなんですから、彼が居なくなったら死にます」
「料理くらいで何言ってんのよ。食えればみんな一緒でしょ?」
「うっわ。同じ女とは思えない発言ですよ。アレ勇者っていうか蛮族じゃないんですか?」
「あ? 叩き斬るぞ顔面アンデッドが」
仲間に対するモノとは思えない罵倒が突然飛び交った。
ホシの表情は凛としたとかもう言えないダルさとリスカへの侮蔑を隠そうともしない目になっているし、リスカは仮にも勇者が 絶対しちゃいけない顔になっている。
「とにかく、リスカがなんと言おうと彼は追放なんてさせませんよ。彼が追放されたら、私が死にます。そして神が言ってるわ。私が死んだらもうこのパーティは私に依存しているのでおしまいです」
「あ? なんなら私がここで殺してやろうか? アンタがいなくても私達はやってけるって教えてやるよ」
まずい。非常にまずい。リスカのやつ遂に剣を抜きやがった。
リスカは神より祝福を授かった『勇者』であり、彼女が持つ『祝福』はとにかくやばい。具体的に言うと、剣を振るっただけでこの宿を使い物にならなくしてしまえるくらいにやばい。
「ふーん、やれるもんならやってみてくださいよ。剣なんて野蛮な武器は
そしてホシもメイスを構えて臨戦態勢に入る。
やばいやばい。この2人が本気で殴り合えば、確実にこの宿は消し飛ぶ。勇者パーティどころかどっちかって言うと魔族みてぇなことをやっちまうことになる。
そんなことを考えていると、ホシがこちらに目線を向け、ウィンクをする。それと同時に脳に直接文字が書き込まれるかのような不快感が走り、ホシの声が頭の内側から響いてくる。
『この人頭悪いので怒るとチョロくなります。なのでいい感じに誘導してね☆』
コイツ本当に神に仕えてる身分の人間なのかなぁ、と思ってしまう口の悪さと悪辣さを持つ我らが神官様は、神から祝福を授かった超人を俺程度で誘導してみせろという無茶振りをお渡しになりやがった。
まぁやらないと下手すれば巻き込まれて死ぬのでやるけれど。
「えっと、リスカさーん……?」
「何? ちょっと黙ってて。あの脳ミソアンデッド女を殺すから」
ちょっと睨まれただけで喉が引き攣る。
本当に、剣を抜いたリスカは同い年の女の子とは思えないくらい恐ろしくて、俺なんかでもその強さがわかる。
でもここで説得しないと世界の前に罪の無い宿屋が滅ぼされることになる。これくらい出来なければ、世界を救うなんて夢のまた夢だ。
「リスカ」
「だから何? アンタもそこ突っ立ってんならぶった斬るわよ」
「リスカは凄いよなぁ」
「……は? 急に何? 気持ち悪いんだけど」
「だってまだ19歳なのに剣技でも認められ、最も魔王の首に近い勇者だなんて言われてるし、それでも毎日鍛錬を怠らないし、本当にすごいなって」
「突然何! 気持ち悪いんだけど!?」
「小さい時からお前を見てるけど、どんな時だってずっと努力し続けてきたお前を見てると、俺も負けてられないなって、なにかしなくちゃなって思うんだよ」
「……そ、そう? 私ってそんなにすごい?」
「ああ。お前が努力してる姿を見ると、どうしてもお前を手伝いたくなっちまう。そういう魅力みたいなのがお前にはあると思うんだ。パーティの他のみんなもそういうところに惹かれたんだと思う。そうだよな、ホシ?」
「その通りだと神も言っています多分」
爪を弄りながらホシが答える。
せめてもうちょっと気持ちを込めてくれ。さすがにコレで気分を良くするほどリスカはチョロいやつじゃないだろ。
「──────そ、そんなこと言われちゃっても別にな〜? 別に? なんとも思ってないけど? でもちょうど剣抜いちゃったし、外で鍛錬してこようかな〜! あ、アンタは私が帰ってきた時のために美味しい料理でも作ってなさい! それじゃ!」
……鼻歌を歌いながら、リスカは部屋を出てどこかへと去っていった。
…………うん。
その、なんだ。
「いやぁ、見事な嘘ですねぇ。さすが我がパーティの弁論担当」
「魔術も殆ど扱えない学のない俺が弁論担当ならとっくの昔にこのパーティは全滅してるだろ」
別に嘘でも無いし、俺がこうして魔王討伐の旅に立候補したのだって、アイツに負けてられないという面が大きいのだが、それはそれとしてだ。
「…………アイツちょろ過ぎない?」
「今更ですか? リスカは貴方がいないと盗賊に煽てられて持ち物全てを差し出しかねない超ド級のクソバカクソアホクソちょろ女ですよ? 分かります? 貴方がいないと私達は主戦力があのザマになって終わりなんです」
リスカがチョロいのは知ってたけどここまでだったかぁ……。傍から見てても別に大丈夫そうだったけど、ここまでだと確かに心配だ。ちゃんと俺が傍で見ていないと。
……まぁ、この先の戦いでいつか命を落とすだろうけど、せめてそれまであの幼なじみは俺が見てないとダメだ。そう思わせるには十分過ぎるちょろさだった。
「ありがとなホシ。あと少しで俺は、もう一つの目的も忘れてアイツの口車に乗せられてこのパーティから抜けるところだったよ」
「礼には及びませんよ。私は純粋に自分の胃しか心配してないので。……ところで、もう一つの目的って?」
「ああ、それは……」
本当に小さい時、もうリスカは覚えてないだろうが約束したんだ。
もしもリスカが大変な時があったら、絶対に俺が守るって。
当時からリスカの方が強かったし、今では天と地の差が開いてしまったが、それでもあのチョロさのリスカを詐欺師から守ることくらいなら俺でも出来るだろう。
「まぁ、秘密だな」
未練がましく昔の約束に縋っているなんて。
そんな恥ずかしいことはさすがに仲間にだって言えやしない。
◇
自分が乗せられたことに気がついたのは、ちょっと街の外を走り回って軽く剣を振り回して汗だくになったので体を軽く洗ってからアイツの作った美味しいご飯を食べて、夜になって寝る前にこうして日記に向き合ってからだ。
「…………ばーか」
誰に向ける訳でもない、自虐の言葉を一つまみ。
私は昔からそうなのだ。誰かに認められるのが大好きな承認欲求のバケモノ。
特にアイツに認められると思考も忘れてしまう。
アイツに褒められると、狂喜と自己嫌悪で頭がおかしくなってしまいそうになるんだ。
アイツ、アイツだ。
弱いくせにいつも私に挑んで、私のことを褒め称えて、私の後ろを付いてくる。
なんであんなに弱いのに、なんであんなに脆いのに、なんであんなに儚いのに。
「なんで、なんで、なんで……?」
口に出しても意味は決して分からない。
『訓練をしました』だけ綴られた偽物の日記を放り投げて、私は本物の日記を開く。
そこに綴るのは今日のアイツの表情、行動、言葉。どれもが愛おしく、憎らしいその全てを学の無い頭と貧相な語彙で必死に綴る。
アイツは弱い。きっとすぐに死んでしまう。だからその姿を忘れないように、こうして文字に綴るのだ。
「……嫌だ」
死んで欲しくない。じゃあアイツを追放しよう。
離れたくない。じゃあアイツにそばにいてもらおう。
死んで欲しくない。どこかに行って。
離れたくない。ずっと傍にいて。
死んで欲しくない。今すぐ失せろ。
離れたくない。どこにも行かないで。
矛盾ばかりのうるさい思考。
こんなに醜い私が、世界を救う為に神から祝福を頂いた勇者だなんて笑ってしまう。
だって私は世界を救おうだなんてこれっぽっちも思っていないんだから。
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