勇者は従者を追放したい

電姫鋸

超高度追放頭脳戦



「アンタをこのパーティから追放する!」



 耳が痛くなるほどの甲高い叫び声が響き渡り、俺にとってのギロチンの刃が落とされた。







 ◇







 魔王が現れた、なんて聞いたのは確か10年とちょっと前の話だったか。


 御伽噺の勇者に倒される悪役……ではなく、正確には魔獣の中でも特別強力な個体の通称であり、そいつがいるだけで本来はあまり群れない性質の魔獣が強さに従って集団行動を始めるヤベー奴。


 だが、人類とてただ滅ぼされるだけではない。古の女神様とやらのお告げに従って各地から才能のある若者を集め『祝福』を授かり、そいつらに魔王を倒してもらおうと考えた。

 そんな訳で今の世の中は色んな国からかつて御伽噺で魔王を倒した『勇者』になる為に魔王を倒すべく祝福を授かった者達が頑張っている訳だが、それはそれ。



 要は結構危ない世の中。

 昨日あった街が一夜で消えてしまうかもしれないこんな世の中で、一番安全な職業は本末転倒かもしれないが、戦うこと。戦って強くなって身を守る……つまり未来の勇者候補と共に魔王を倒す旅に出ること、という訳は無いかもしれないが、まぁそこはなんだかんだ、男の子なので英雄に憧れて志願した。


 ぶっちゃけ腕には自信はない。

 生まれた時から神様に祝福してもらっているやつや、後天的な祝福を貰えた勇者やら、才能のあるやつと比べれば俺は本当に弱い。

 それでも俺なりに頑張ってきた。まぁ努力が足りないと言われればそれまでだが、少なくとも自分ではそこそこ頑張ったと言えるくらいには努力したつもりなのだが……。




「えっと、一応なんでそんなことするか聞いてもいいか?」


「はぁ? アンタにそんな権利あると思ってるの?」




 目の前で何故かブチギレている少女はこちらの話に聞く耳も持とうとせず、剣の鞘を指で一定のリズムで叩いていた。

 少女の名前はリスカ・カットバーン。

 19歳という若さと辺境出身で学もないという欠点をものともせず、祝福を授かり破竹の勢いで次々と魔獣をなます切りにしている期待の『勇者』の一人だ。


 やけに詳しく説明できるのはなんてことは無い。

 単に俺が彼女とは幼い頃からの付き合い……所謂幼馴染という理由だけだ。指で一定のリズムで何かを叩くくせも、彼女が苛立ちを抑えようとしている時の仕草という事も当然知っている。



 そして、正直言って性格がちょっぴりキツいということも。


「まぁ教えてあげるわよ。私優しいから」


「うん。リスカが優しいのは知ってるから教えてくれ。ほら、昔も俺が怪我した時とか手当してくれたしホント優しいよなお前」


「……じゃあ仕方ないわね。私は優しいから教えてあげるわ! もうめちゃくちゃ教えてあげるわ!」


 あと1人にするのが心配なくらいチョロい。

 何はともあれ、突然俺の事を追放とか言い出した理由を話してくれるようで、安物の椅子にふんぞり返りながら鞘を叩いてた指でおもむろに綺麗な赤髪を弄り始めた。


「アンタ、はっきり言って役立たずじゃない。だからクビよクビ。私達は魔王を倒す為に頑張ってるのよ? アンタみたいな弱いのがいると邪魔なのよ」


「そんな……」


 確かに俺はリスカと比べれば弱い。

 祝福を授かってる事を踏まえても、何をしたってリスカに勝てた試しはない。それは幼い頃からの付き合いでよくわかっている。

 でも、それでも俺は俺なりに頑張って来たというのに……。


「もうちょっと、具体的にどこら辺が役に立たないか教えてくれ」


「は? アンタもしかしてマゾヒストなの?」


「断じて違う。ただ、ダメなところは直したいと思うのは当然だろ?」


「別にもう追放は決定してるんだから遅いわよ?」


「そこをなんとか、強くて優しいリスカのご教示を願いたい」


「……しっかたないわね! じゃあ教えてあげるわ!」


 ホント俺なしでこれから先誰にも騙されずに生きていけるのか心配になるチョロさを発揮したリスカは鼻歌を歌いながら立ち上がり、荷物の中から分厚い紙の束を取り出した。確か、「いつか私の英雄譚が作られるときのために輝かしい記録を付けておきたい」とか言って買った紙の束だっただろう。



「じゃあアンタの欠点をあげてくわね。まず弱い。ホントどうしようもなく弱い。一応役割的には斥候だし、偵察は問題なく行えてるけど本当に弱い。見つかったら逃げ足も遅いから毎回人質にされたり殺されかけるし、弓矢使ってるけどクソみたいな狙いのせいでかすりもしない。そして本当に弱い。神官で戒律として刃物の類の装備が出来ないホシより弱いとかもう居てもらわない方がいい気がするのよね。ホシだって魔力に限りがあるし、勝手に怪我されるといつか本当に死ぬかもしれないし。あと、魔獣にタイマンで勝てないくらい弱いのをどうにかして欲しいわね。ここから先になると魔族の数も質も上がるし、魔族に満たない魔獣程度なら確実に1人で倒せるくらいが戦闘の最低スタートラインよ。そしてこれが一番でかいんだけど、斥候ぶっちゃけ要らないのよね。私、祝福で視力強化されてるしホシが魂感知で敵の居場所知れるし、アンタ割と鈍いからギロンの直感の方が頼りになる時すらあるし。そもそも弱いアンタに斥候任せたら野良魔獣に襲われて殺される可能性あるじゃない? 危険すぎるし、何よりそれで怪我されて回復させるのもタダじゃないし、回復節約したらお荷物背負って動くことになるし、そんなんでやってけるほど甘い戦いじゃないと思うのよこの先。あとは……」



「あ、ハイ。すいませんちょっとストップ」


「ん、何よ。まだ1ページも読み終わってないのに。あと16ページあるわよ」


 マジかよ。

 この文量をあと16ページは俺のメンタルが持つ気がしない。

 はっきり言って楽観視していました。リスカが性格がキツイのも、キレやすいのも知っていたのでいつもの癇癪かと思っていたが、まさか俺への文句だけで16ページみっちりと、文を書くのが嫌いでだいたい日記も「魔物を倒しました」か「強めの魔族を倒しました」しか書かないこんなものを参考にしても英雄譚なんて生まれないだろという日記しか書かないリスカが、こんなに文字を書いちゃうなんて感動しちゃうレベルだよ。


 まぁ実際はメンタルダメージの方で泣きそうだけれど。

 全部事実なだけあって余計辛い。確かに俺は斥候のくせに探知能力がこのパーティで最低だし、斥候のくせに1人で動かしたら死ぬかもしれないからと基本的に単独行動させて貰えないし、後衛でサポート担当の神官のホシに傷一つ付けられないくらい体術も弱いが、事実だからって言っていいことと悪いことがあるだろう。ちなみにこれは言っていいことだ。


「いや、もういいよ……これ以上聞いたら追放される前に死ぬから」


「じゃあやめるけど……とりあえずちょっと気がついたこと言っていい?」


「いいけど、俺が傷つく可能性のある言葉は出来れば言わないで欲しい」


「じゃあ言うけど、なんで私達今までアンタを追放しなかったんだろう」


「アーッ! やっぱ言うな! 言っちゃダメな事実だよそれは!」



 冷静に考えたらあまりにも当然の帰結だった。

 俺の存在そのものがどう考えてもこのパーティのお荷物、足でまとい、汚点だと言うのになんで追放されないと思えていたのだろうか? 

 リスカも性格はキツイけどなんだかんだ良い奴だし、ホシも俺がミスしてもフォローしてくれるし、ギロンも俺が失敗したところは鍛錬にいつも付き合ってくれたし、スーイも魔術の使い方とか何度聞いても嫌がらず丁寧に教えてくれたから甘えていたが、冷静に考えれば今まで追放されなかったのが奇跡なくらい俺はダメなやつだった。


 もうダメだ。死にたい。

 こんな人材がいては本当にいつかリスカが英雄譚で語られる英雄になった時に汚点となってしまう。彼女の輝かしい英雄譚にこんなクソザコナメクジはいらないだろう。



「ごめんなリスカ……本当に今まで迷惑をかけた」


「分かればいいのよ分かれば。まぁ、自分の弱さがわかったならさっさと荷物を纏めて……」


「わかっている。荷物を纏めて今すぐにでも故郷に帰るよ」



 いつまでも長々と皆に迷惑をかけるわけにはいかない。

 下手すれば俺が皆に与える精神的ストレスで本調子になれず、このパーティから死人を出すことになってしまう。


「え、いや、ちょっと待って」


「あ、そうだ。リスカ、なんか両親に伝えたいこととかあるか? おばさん達、お前が本当に勇者なんてやれてるのかきっと心配していると思うぞ?」


「待ちなさいよ! なんでそんなすぐに出ていくのよ!」


 突然何故か引き止めモードに入ってきたリスカは、顔を真っ赤にしながら俺の関節を的確に固めて動きを封じてきやがった。

 残念ながら武術の心得でも純粋なパワーでも勝てない俺はがっちり固められ、動くことが出来ない。


「なんでって、追放するとか言い出したのはお前だろ?」


「そうだけど……そうだけど! もうちょっと粘りなさいよ! アンタの魔王討伐への意気込みはそんなもんなの!?」


 そう言われると思い留まりそうになる。

 確かに、俺は故郷を魔族によって滅ぼされ、同じような被害者を出さないためにも、あともうちょっと色々理由があるがとにかく魔族による被害を食い止めるために志願した。

 しかし、俺の目的はあくまで自分で魔王を倒すことではなく魔族から他の人々を守ることだ。それが最もできるのは俺なんかではなくリスカなのだから、足を引っ張る俺は俺に出来ることをするべき。とりあえずまずはこのパーティのお荷物にならないように抜けるのが一番だろう。


「世話になったなリスカ。お前なら絶対魔王を倒せる。応援しているぞ」


「え、えへへ……まぁ私強いから当然だけど。……じゃなくて! 諦めんなよそんな簡単に! あっさり追放されていいの!?」


「いいよ」


「よくないでしょ! 追放よ!? 屈辱でしょ!? もっとお得意のねちっこさを見せなさいよ〜!」


 さっさと荷物を纏めたいのだが、リスカにがっちり関節を決められてしまってもはや身動きすることすら出来なくなってしまっていた。

 昔から感情の振れ幅が大きいやつだとは思っていたが、今日は一段と訳が分からない。俺を追放したいのか、追放したくないのかハッキリして欲しい。まぁリスカがなんと言おうと、彼女の足を引っ張らないためにも俺はパーティを出ていくつもりではあるが。





「お待ちなさいリスカ。神が言ってるわ。彼を追放してはダメよ」





 寝技に持ち込まれいよいよ気道を絞められそうになる直前、鍵をかけていたはずのリスカの個室の扉を何食わぬ顔で開けて乱入してきたのは、我らがパーティの補助の要にして、索敵と回復を担当する、俺の完全上位互換である神官のホシであった。


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