・ホリンと会えない日々 - 村人強化計画! -
仕込みが終わって、さあ本番だ!
生地の捏ねすぎで手が少しプルプルと震えるけど、まだ全然大丈夫!
「おはようっ、ムギちゃん! ワシじゃよっ、ワシがきましたぞっ!」
って意気込んでいたところに、ヨブ村長さんがやってきた。
「あ、村長さんだ。ちょっと行ってくるね」
「ふ……。あんなに元気な人だったとは思わなかった」
「あははっ、私もっ」
攻略本さんに一声かけて接客に出ると、いつもの元気な笑顔で村長さんがあたしを迎えてくれた!
「いらっしゃいっ、村長さん! 今日もパワフルだね!」
「フォッフォッフォッ、ムギちゃんの笑顔がそうさせるんじゃよ!」
「今日もホリンに差し入れ?」
「筋肉は食事と運動からじゃっ! 魔法使いになるなどワシは反対じゃが! 筋肉はワシと孫を裏切らない!!」
「えっと……はい」
ちょっと何を言っているのかわからない……。
ちゃんとした物を食べさせて、ホリンを自分みたいにムキムキにしておこうってこと……?
ムキムキは、ちょっとなぁ……。
村長さんは風呂敷にうちのバターロールとバケットを乗せて、ギュッとそれを結わえた。
「ねぇ村長さん……。ホリン、がんばってる……?」
「うむ……ワシもヤツの酔狂にはほとほと困り果てておったが……。あれでクソ真面目じゃから困るのぅ……」
「ちゃんとやってるってことだね、よかった!」
「剣でもロラン殿の犬でもなんでもいいから、何か一本に絞ってくれた方が、ワシは安心なのじゃがのぅ……」
「ロランさんの犬って……。まあ、そうだけど……」
「あの方は立派な方じゃ、あの方がおらなんだら……。おお、そうそう、何か困っていることはないかの?」
いつもならあたしは『ないよ』って即答する。
そして村長さんは御用聞きのエキスパートだ。
あたしの様子から、すぐに何かあると察していた。
「ムギちゃんや、ワシになんでも言うがよい! この筋肉で解決してくれようっ!!」
「うわっ、凄い腕……っ」
「ふんっ!! せいっ!! とぅりゃぁっ!!」
「わっわっ、人の店で怪しいポーズを次々と取らないで下さいーっ!」
村長さんの怪しい踊りを今すぐ止めたくて、あたしは事情を打ち明けた。
村長さんは思考回路が豪快だから、だいぶ豪快に理解してくれた……。
「つまり、あの筋肉メロンパンと同じやつかっ!!」
「違いますーっ、あれは鉄壁のメロンパンですっ!」
「なんじゃ? 筋肉パンの方が、ずっとわかりやすいとワシは思うぞー?」
「とにかくですねっ、体力が付くパンを村の東の皆さんに食べさせたいんですっ!」
「東……? なぜ、東だけなのじゃ?」
「そ、それは……」
村長さんが怪しい踊りを止めて、キョトンとした顔で首をかしげた。
あたしは迷った。
迷ったけど……事実を伝えることにした。
「敵が襲ってくるとしたら、村の東側からです……。だから、東側の人を重点的に強くしたいんです!」
村長さんが腕を組んだ。
首をかしげたまま、考えるようにしばらくうなっていた。
「ムギちゃんがホリンの影響を受けるとは、意外じゃなぁ……」
「べ、別にホリンの影響ってわけじゃ……」
「もしや……もう、付き合っておるのか……っ? ワシに内緒でそりゃないぞ、ムギちゃんやっ!?」
「つ、付き合ってなんかいませんっっ! あんなやつっ、あんなやつ別に……っっ」
そこまで言いかけたのに、あたしは否定し切れなかった。
この10日間、ホリンのことばかり考えていた。
ホリンとは毎日会えて当たり前だった。
でも今は会えない。
それがなんだか凄く堪えた……。
「このパン、ムギちゃんに届けてもらおうかのぅ……?」
「ううん、それはダメ。ホリンは修行をがんばらなきゃいけないの。あたしが行ったら、きっとホリンも気が散るよ……」
「ガハハハハッ、ムギちゃんは村で一番かわいいからのぅっっ!!」
「えぇっ?! あ、あたしは、フィーちゃんの方がかわいいと思うけど……」
フィーちゃんにも会いたい……。
早くホリンの修行、終わらないかなぁ……。
「うむっ、それでムギちゃんの体力絶倫パンはいつ焼けるのじゃ?」
「そんな変な名前じゃないですぅーっ! 体力のジャムパンですよぉーっ!」
「おおっ、ジャムを練り込んだパンとなっ!?」
違います、ジャムを中に入れたパンの予定です……。
「えっと……今から仕込めば、夕方前には完成すると思いますけど……」
「よーっしっ、人集めはワシに任せてくれっ!! ムギちゃんは夕方前までに、絶倫パンを作っておいておくれっ!!」
「え……あ、えっと、はい……。じゃあ、お願いします……」
「ガハハハハッッ、これでワシも絶倫じゃぁぁぁーっっ!!」
村長さんは風呂敷に指を引っかけて、まるでイノシシみたいにお店を飛び出していった。
ううん、そう思ったら戻ってきて、大きな声でパンの代金をあたしに握らせて、手を撫で回してからまた飛び出していった。
「元より、老いてなお御用聞きを欠かさない豆な人だったからな。ヨブ村長が手配してくれるならば、何も心配はいらないだろう」
攻略本さんは村長さんのことをとても買っていた。
あたしも尊敬している。
あの人が段取りをしてくれるなら安心だ。
「しかし、ジャムパンか」
「うんっ、魔女さんに貰ったジャムを入れようと思うの! ジャムなら嫌いな人なんてそうそういないでしょ!」
「生地に練り込むのか?」
「ううん、お母さんのレシピ帳だとね、混ぜないでパンの中に入れるんだって!」
そういうわけで!
あたしはジャムパンの生地を捏ねた。
こういう特別なレシピのために残しておいた、ダンさんが作った小麦を使って、バターロールみたいなふわふわの生地になるように、根気強く捏ねていった。
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