・知恵のピザパンを作ろう - え、働き過ぎ? -
『コムギ……』
「何々、攻略本さんっ?」
『先ほどロラン殿も言っていたが――』
「ロランさんは悪者じゃないよーっ!」
『そうではなくてだな……。コムギ、君は明らかに働き過ぎだ……』
言われて窓の外を見た。
麗らかな昼過ぎの木漏れ日がそこにあったはずなのに、なんかもう日が暮れていた……。
あたしたち、ブラッカからの帰り道にだいぶ時間をかけてしまっていたみたいだ。
『少し休め……』
「言われてみれば、なんか……クラクラするかも……」
『休め、それはすぐに休め……』
「ううんっ、ピザパンの仕込みが先!」
手拭いで額の汗を拭いて、残しておいた小麦粉を台に乗せた。
水と混ぜ合わせて、捏ねて捏ねて、村自慢のバターも混ぜ込んだ。
「ふ~~」
『休め……』
「もうちょっとっ!」
生地を台に残して、居間へとアレを取りに行った。
それはあの青い知恵の種だ。
厨房に持ってくるとそれを布巾に包んで、綿棒で力いっぱい叩いた!
『フ……。知恵の種をまさか綿棒で粉々にされ、パンの材料にされるとは、この物語の語り部も想定すらしていなかっただろうな』
「次はすり鉢でもっと細かくするよ~!」
いい感じに砕けたから、すり鉢に移してさらにゴリゴリと潰した。
知恵の種は水分があまりなかった。
それに青いのは外側だけで、中は薄黄色のナッツらしい美味しそうな色合いだった。
全部粉々にしちゃえば、青い粒々が少し混じるだけの美味しそうなナッツパウダーに見えた!
それをあたしは、ピザパンのための生地に混ぜ込んだ!
「ふ~~っ、今日もいっぱい働いた~!」
『頼むから休め、休んでくれ……』
「うん……。なんか、急に眠くなってきちゃった……。あたし、水浴びてくる……」
一歩、また一歩歩くたびにまぶたが重くなった。
薄目になった目を開けたり閉じたりしながら、あたしはいつもの湖で身体を綺麗した。
それから手拭いで身体を拭くと――あれ、おかしいな……。
無意識のうちに服を着ていて、無意識のうちに2階の部屋にいて、無意識のうちに攻略本さんを抱いて、ベッドに倒れていた。
『おやすみ、コムギ。まだ起きているならばこれは忠告だ。早急に人を雇った方がいい……』
聞かなかったことにした。
あたしは清潔な肌と気持ちのいいベッドシーツの感触にとても幸せになりながら、甘い眠りへと落ちていった。
・
朝。朝日が昇っていた。
「……はっっ?! えっ、朝っ、朝だっ?! ちょっとっ、どうして起こしてくれなかったのーっ!?」
『無理をして起きても身体に毒だ』
「だけどパンを焼かなきゃ、みんなの朝ご飯が味気ないオートミールになっちゃうよーっ!!」
『たまにはいいだろう。村人も君のありがたみを――』
「そういうわけにはいかないよっ!」
攻略本さんを小脇に階段を駆け下りて、厨房に飛び込んだ。
すぐに燃料室にフレイムの魔法を放って、仕込んでいたパン生地を軽く捏ね直していった。
『あの子に手伝ってもらうというのはどうだ?』
「あの子って、フィーちゃんのこと? ダメダメ、フィーちゃんには魔法使いの修行があるもん」
『ならば、他に頼れる人はいないのか……?』
「田舎に手の空いてる人なんているわけないでしょ?」
パンを焼いた。
最初はバターロール。次は食パン、それからバケット。
いつものパンを完成させると、ホリンとヨブ村長さんがうちの店にやってきた。
「そんなに食べるの……!? さすがに太るよ……?」
ホリンはあたしのバターロールをまた両手に抱えて、そのうちの1つを店の中だというのにもう食べていた。
「強くなりたいんだ!」
「ムギちゃんや、心配はいらんよ。ワシがホリンを、立派な……ガチムチ男に育ててあげるぞい!」
「ガチムチになったホリンなんてあたしヤダよーっっ!!?」
村長さんが力こぶを作ると、ホリンは羨ましそうにそれを見上げていた。
「そうそう、宿屋にはワシが届けておこう」
「えっ、でも……それ、あたしの仕事……」
「遠慮すんなよ。行こうぜ、爺ちゃん! ロランさんもいつものとこで待ってる!」
騒がしく声を上げて、ホリンとヨブ村長さんが帰って行った。
それからその後も村中の人たちがパンを買いにきてくれて、嬉しいことを次々に言ってくれた。
パンを焼く匂いがしないと寂しいとか。
たまには休んでもいいんだよとか。
前から美味しかったけど、最近は凄く美味しくなったとか。
アッシュヒルのみんながあたしのパンを求めてくれた。
そうこうして朝の接客が一段落すると、さあ待望のピザパン作りの始まりだ。
あたしは仕込んでおいたピザパンの生地を、地下室に取りに行った。
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