・知恵のピザパンを作ろう - ロランさんの謎 -

 新しい小麦粉を求めて風車に立ち寄ると、ホリンとヨブ村長さんが真っ昼間から組み手をしていた……。


 その傍らにはロランさんがいて、あたしに気付くとやさしく笑いかけてくれた。


 訓練に夢中の2人に水を差すのも悪いから、あたしとロランさんは風車に入って、一番いい小麦粉をうちの台車に乗せた。


「こりゃっ、バカ孫! ムギちゃんに気づかぬは何事じゃぁっ!」

「爺ちゃんだって同じだったろ!」


「ムギちゃんや、ブラッカではホリンがさぞ迷惑をかけたことじゃろう……。それは迷惑料と思って、タダで持って行っておくれ……」

「い、いえっ、むしろあたしの方がいっぱいっ、ホリンに助けられたくらいで……っ」


 素直に感謝するのは気恥ずかしい。

 それでもこの気持ちが伝わればいいなと、ホリンに控えめな流し目を送った。


「お……。お前、またダンさんのところの小麦を持って行くんだな?」


 でもホリンの興味は別のところにあった。

 台車に乗せた小麦粉袋を軽く叩いて、なんだか得意げにあたしに笑った。


「これ、ダンさんの畑で取れたやつなの……?」

「おう、ダンさんはああ見えてすげーんだぜ」


 ダンさんというのは、村の東外れで暮らしている農夫さんのことだ。


 どんな人なのかって誰かに聞けば、みんながみんな口を揃えて、無口で働き者の大男だって答えると思う。


「店まで私が引きましょう」

「おうっ、気が利くな、ロランの旦那! ムギちゃんや、今日くらい休んだっていいんじゃよっ!?」

「よく言うぜ……。俺が帰るなり『組み手じゃバカ孫!』とか言い出したくせによ……」


 あたしはロランさんの引く台車に乗せてもらって、やさしい彼と明るくお喋りをしながら店に戻った。


 ロランさんは本当に素敵な人だった。……歳はおじさんだけど。



 ・



「えっと、残りの小麦袋は、下の倉庫にお願いします……」

「ああ、わかっていますよ」


 今使う分だけ厨房に置いて、残りをロランさんに地下倉庫へと運んでもらった。


 その間にあたしは薄茶色がかった小麦粉を打ち台に移して、すり鉢状の盆地みたいになるように真ん中をくぼませた。


 その中央の窪みに、水瓶から杓子で水を移せば、ちょっとした山上湖だ。

 あたしは湖と小麦粉の山を混ぜ合わせて、捏ねて捏ねて捏ねていった。


 黙々と、黙々と大変な力仕事を進めた。

 ただ黙々と。


「他に手伝うことはあるかな?」

「あ……っ?! すみませんっ、あたし仕事に夢中で、ロランさんのことうっかり忘れていました……」


「君は幸せ者だね」

「え、あたしが、ですか……?」


「育った家の家業がその者の天職とは限らない。その点、君はパン屋になるために生まれた人のようだ」

「へへへ……。これって自画自賛になっちゃいますけど、あたしもそう思いますっ!」


「けど、身体を壊さないようにね」

「はいっ、ありがとうございます!」


 ロランさんはまたやさしく微笑んで、少し心配そうにあたしを見ると、また微笑んでからうちの店を出て行った。


 あたしは感動した。

 人間のやさしさに!


「ロランさんって……凄く良い人だよね……」

『ああ……。だが、あの男……』


「何々? 攻略本さんから見ると、優男で気に入らない?」

『いや、尊敬に値する立派な人だ。だが――どうにもわからんのだが、彼は、この店の地下倉庫の場所を君に聞かなかったな……』


「え……? あ、そういえば……あ、あれ……っっ?」


 うちの倉庫の入り口は居間の床下にある。

 普通、入り口なんてわからないと思うんだけど……。


 なんで……?


『彼を居間に通したことは?』

「ないと思う……」


『ふむ……。彼が常日頃、村で泥棒をしているという線も一応はあるが……』

「そんなわけないでしょ! ロランさんは良い人だよっ!」


 あ、作業の手が止まってた……。

 あたしはまた心を無心にして、仕事に没頭していった。


 それにしても、パンを捏ねながら話せる相手がいるっていいな……。


 夢中になっては我に返って攻略本さんとの息抜きのお喋りをして、あたしは明日のための仕込みを進めていった。

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