・ただの村人の旅立ち - 嘘、あたしの村田舎過ぎ……? -

 ロランさんが先頭で、ホリンが最後尾。

 あたしが守られるように棍棒を担いで、渓谷の道を歩いた。


 その昔は商人さんたちを呼び込むために、村のみんなでここを整備していたんだって。

 だけど辺りに魔物が現れるようになってからは、何もかもが変わってしまった。


 道は草木に侵食されてデコボコに。

 魔物のせいで土砂崩れの撤去も、満足にできなくなってしまったって。


 そう村長さんに教わったことがあった。

 実際にその道をこうして歩んでみると、村長さんの言った通りだ。


 あたしたちは土砂崩れで埋まりかけの道を、乗り越えて進むことになった。


「コムギさん、お願いします」

「は、はい……え、えいっ!!」


 棍棒は大活躍だった。

 ホリンの雷神の剣に並ぶくらい、ロランさんに重宝された。


 あたしはそれで古い吊り橋の杭を打ち直したり、邪魔な木の根を砕いた。

 棍棒は意外に便利だった。


 あたしたちは村の住民として、道と呼ぶにはあまりにも老朽化したその山道を、斬ったり叩いたり壊したりしながら山を下っていった。


「あたしたちって……凄いところで暮らしてたんだね……」

「今さら気付いたのかよ」


「だってこれって、人が通るような道じゃないよっ?!」

「だから俺たちが整備しながら下りてんだろ?」


「商人さんたち、よく荷馬車を連れてうちの村までこれたね……。あの人たち、凄い……」

「ホリン、次はあそこの除草をお願いします」


 ホリンの雷神の剣も凄かった。

 ホリンはロランさんに指示されて、なんだか複雑そうに剣を天に構える。


 するとすぐに、黄色いピカピカの光が刀身を包み込んだ。


「落ちろ、電撃っっ!!」


 叫びと共にホリンが剣を振り下ろすと、少し先の地面に小さな雷が落っこちた!

 それが道を侵食していた草を根こそぎ焼き払った!


「お見事です、ホリン。やはりその剣、便利ですね」

「ロランさん……っ、俺の雷神の剣は、草刈り鎌なんかじゃないですよーっっ!」

「いいじゃない、人の役に立ってるんだから」


 炎と煙を上げる生草を、ロランさんが目にも止まらぬ抜刀術で斬り払った。

 たったそれだけ火を消しちゃうんだから、ロランさんってただ者じゃない……。


「なんか納得いかねぇ……」


 けどホリンも凄いと思う!

 だって、貰ったばかりの雷神の剣をもう使いこなしてるんだもん。


「ホリン、次はあそこをお願いします。あのままでは車輪が木の根に引っかかってさぞ難儀でしょう」

「がんばってね、ホリン!」


 樹の根が深くが浸食しているようなところは、ホリンが雷を落として、あたしがその残骸を棍棒で砕いて進んだ。


 ホリンの雷神の剣は、カッコイイだけじゃなくて、山道整備の秘密兵器だった!



 ・



 そうやってまるで激しい雷雲のように山を下っていくと、あたしたちは道が広くなったあたりでモンスターの群れに囲まれていた。


 ちっちゃいスライムが8体に、ピッケルを持った変なモグラが6体、それに村長さんが倒してくれたあの暴れイノシシもいた!


「ホリン」

「は、はいっ、ロランさんっ!」


「あの暴れイノシシは貴方に任せます。コムギさんは私の後ろに」

「……は、はぃぃぃっっ?!」


「今の貴方ならできます。さあ行きなさい、彼女に勇敢なところを見せるチャンスですよ」

「わ、わぁぁっっ?!」


 ロランさん、あたしが想像していたよりずっとスパルタだ……。

 ロランさんはホリンを暴れイノシシの前に突き出して、自分は右翼側のモグラとスライムに迫った。


 スライムもモグラも、ロランさんが剣を振れば一発だった。

 もちろん敵は反撃したけれど、洗練された騎士の技にカウンターを返され、次々と麦粒より小さな宝石に変わっていった。


「え、えいっっ!!」


 あたしも勇気を出して棍棒を振ってスライムをやっつけた!

 凄い、ただのパン屋のあたしでも、一発で倒せた!


 棍棒って、凄い!


「一撃とは驚きましたね。常日頃の鍛え方が違うということですか」

「あたし、鍛えてるつもりはちっとも――あっ?!」


 モグラが持つ鋭いピッケルがあたしを襲った。

 それをロランさんが剣で弾き返してくれて、その隙にあたしは棍棒をまた振った。


「盗掘モグラも一撃ですか」

「わぁぁ……」


「ただのパン屋にしておくには、惜しい攻撃力をしてしますね。貴女には戦士の才能もあるようです」

「ま、まぐれですよっ、まぐれっ!」


 あれ?

 意外と、いける……?


 よく見たら敵の動きもどうってことない。

 あれから毎日、経験値が貰える魔法のパンを食べ続けていたから……?


 傍観を決め込んだロランさんに不満を覚えながらも、あたしは無我夢中で棍棒を振っていた。


「あちらも片付いたようです」

「ホリンッ、大丈夫っ!?」


 ようやく最後のスライムを棍棒で叩き潰すと、あたしは地に膝を突いていたホリンに駆け寄った。


 ホリンは小さな擦り傷を膝に負っていただけだった。

 その正面には、あの褐色の宝石が落ちていた。


「た、倒せたっ、倒しちまったっ! 見たか、コムギッ!? 俺、爺ちゃんみたいにっ、あのでかいイノシシを倒せたっ!」

「え、えっと……。ごめん、こっちも大変で、一瞬も見てなかった……」


「そりゃないだろっ?! 俺はお前にカッコイイとこ――あっ、いやっ、なっ、なんでもねぇよっ!」


 あたしはつい嬉しくなって、ホリンに明るく微笑んでいた。


 ホリンもあたしと同じだ。

 あたしと同じように、ホリンも【経験のバターロール】を食べて強くなったんだ!


 強くなろうとがんばってたホリンの、助けになれたんだ、あたし!


「よくやりましたね、ホリン。助太刀に入る予定だったのですが」

「そりゃないですよ、ロランさんっ!?」


「私の予想を上回る成長速度です。しかし慢心は成長を阻害する猛毒、これからもたゆまぬ研鑽を続けなさい」

「はいっ、ロランさんっ! 俺、貴方に褒めてもらえて超嬉しいですっ!!」


 なんか腹立つ……。

 あたしにはあんなワンコみたいな笑顔向けてくれないのに……。


 ロランさんばっかりずるい……。


「さて、そこを下れば平野です。名残惜しいですが、お二人を赤い街道までご案内しましょう」

「――ウッッ?!!」


 ロランさんが手がひらめいて、ホリンの膝の擦り傷を何度か触れた。

 よく見るとそれは軟膏だった。


「コムギさんも怪我はありませんか?」

「な、ないですっ、あっても遠慮しておきますっっ!」

「し、滲みる……っっ。塗るなら塗るって、言って下さいよっ、うっっ、うぅぅっっ?!」


 強い薬なのかもしれない。

 ロランさんはそんなホリンを立ち上がらせて、引っ張るように歩き出した。


「ホリン」

「な、なんですか、ロランさん……っ、メチャクチャ滲みるんですけどっ、この薬……っ」


「師として命じます。これより貴方はコムギさんの守護者、命を賭けて彼女を守りなさい」


 急なことにあたしは驚いてしまった。

 いつもはあんなに穏やかでやさしいのに、鋭く厳しい抑揚でロランさんがホリンにそう命じていた。

 

「いいですね、ホリン?」

「言われるまでもないですよ、ロランさん。コムギは俺が守ります。この命に賭けても」


「よろしい。それでこそホリンです」


 これって友情? 師弟愛? それとも別の物?

 素敵なロランさんに一目置かれるホリンがあたしは羨ましかった。

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