・鉄壁のメロンパンを作ろう - 老人と筋肉 -

「美味しい……っっ!! 外サクサクでっ、中はふんわりっ! やっぱりこれ考えた人、天才だ!」


 あたしは感動した!

 甘くて香ばしい味わいに夢中になった。


 パン生地の中には鉄壁の実が入っていて、それはアーモンドみたいな魅惑の味わいだった!


 村長さんは黙々とメロンパンを食べている。


 喉、つまったりしないかなって、心配になるほどに黙々と、お年寄りとは思えない勢いで、あたしのパンを食べてくれていた。

 嬉しかった!


「村長さん……? ねぇ、もうちょっとゆっくり食べた方が……」

「ムギ、ちゃんや……」


「あ、はい……。なんでしょうか……?」

「いまだかつてワシは、こんなに美味いパンを食べたことはない……」


「そ、村長、さん……?」


 なんだか、いつもの村長さんじゃないみたいだった。

 言葉もやけにしっかりしていた。


 それに折れ曲がっていた背筋が、あたしの目の前でまっすぐに伸びていって……。

 えと、気のせいか……なんか大きくなって見えるような……。


「ふぅ、御馳走様。お代はいくらかな?」

「あ、いえ、サービスなのでお金なんていらないです」


「ムギちゃんや、もう2つ……いや、4つ買おう」

「え、ええええーーっっ?!!」


 ち、違う……。

 これ、いつもの村長さんじゃないっ!


 村長さんはお財布を取り出して、機敏な動きでお金をあたしに握らせると、焼き立てのメロンパンを4つも抱えてまたガツガツと食べ始めた!


「あの、喉つまりますよっ、お、お水……」

「むぐっ……。ありがとう、ムギちゃん。ホリンにやるにはあまりに惜しい娘じゃ……」


 背筋がピンとした村長さんがメロンパンを食べると、明らかにまた大きくなっていった!


 な、なんで……っ!?

 なんで大きくなるのっ!?


「む……妙じゃな。ボタンがひとりでに弾けおった」

「うわっ?! な、なにその筋肉っっ?!」


 とうとう服が村長さんの体格に収まらなくなって、ピチピチになった服のボタンが全部飛んでいた。

 そしてその下にあったのは、鉄壁の肉の装甲だ……。


 分厚い胸筋に割れた腹筋、あまりに太い二の腕が村長さんを別の生き物に変えていた……。


「待って待って村長さんっ、ストップッ! 自分の身体見てみてっ!?」

「これで最後だ。んぐっ……んんっ、ふう……っ、食った食った! むっっ、むぉぉぉぉぉーっっ、な、なんじゃこれはぁぁぁーっっ?!!」


「気づくの遅いよーっっ!?」


 村長さんは「ひぃ」とか「ふぅ」とか「はぁ」とか言うのが個性なのに、全く言わなくなっていた。

 これが、鉄壁のメロンパンの力……?


 あたしは今、全身筋肉の塊になったお爺ちゃんを見上げていた。

 強そう……。


 でも、なんで……?


 ついさっきまで、今にも死んじゃいそうなほどプルプルと震えていたお爺さんが、なんで急にこんなことに……。


「ふんっっ!!」

「キャァァーッッ?!」


「おお、この感じ!! 若い頃を思い出すわいっ!!」


 村長さんは軽やかなステップを刻んだ。

 それからひねるように正面に拳を突き出して、ただのパンチで凄い突風を発生させていた!


 それが打ち粉を舞い上げて、辺りが薄く霞んだ!


「昔って……昔、村長さんって、拳闘士さんだったんだっけ……?」

「うむ。これでも昔は大きな町のチャンプだった」


「そうなんだ……。あ、でも、どうしよう、その身体……」

「ムギちゃんや……」


「は、はい……?」


 村長さんに手を取られた。

 すっごく大きな手で、大きな背丈から見下ろされた。


「もしホリンに愛想を尽かしたら、ワシの彼女になっておくれ」

「え……。ええええーっっ?!」


「今のワシはバリバリじゃっっ! ホリンが迷惑をかけたらちゃんと言うのじゃよっ!? ワシがぶん殴って、あのバカ孫をしつけ直してやるわいっっ!!」

「そ、その腕で殴られたらホリンの首が取れちゃいますよーっっ?!」


「大丈夫じゃ大丈夫じゃっ、あんなうつけでもワシの孫じゃっ! せいっ!!」


 村長さんが繰り出した左ストレートが、また店の打ち粉を舞い上げた。


「ケホッケホッ……そういうのは外でやって下さいっっ!」

「ほっほっほっ、今日から現役復帰じゃっ!! ホリンのやつも叩き直してやるわいっ!!」


「でもホリンは、ロランさんが――」

「剣など軟弱じゃっ! 拳じゃっ、拳こそが最強じゃぁぁぁっっ!!」


 元気になり過ぎたヨブ村長の声に、あたしは両耳をふさぐことになった……。


 ごめんね、ホリン……。

 でもこの真・村長さんなら、ホリンのことを理解してくれるかも……。

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