・勇者の初期村の隠しアイテムを拾っちゃおう - 話し相手のいる朝 -

 昨日は早く寝て、今日は朝日が出る前にシャキッと目が覚めた。

 あたしはみなぎる活力のままにベッドから跳ね上がって、暗闇の中で微かな光を灯す窓辺に駆け寄る。


 大きく窓を開け放つと、外はまだ真っ暗の月光の世界だった!


「あちゃ~、いつもより早く起きちゃったなー……」


 ベッドサイドに置いおいたお気に入りのカンテラを取って、魔法の力で火を灯した。

 辺りを照らす魔法も使えるけれど、こっちの方が光がぼんやりとしていて好き。


 そのランプを持って二階の部屋から階段を下りていって、家から外の湖に出ると、そこで少し身体を清めた。

 それから厨房に入って、いつものようにパンを捏ねた。


『ふと思うのだが……』

「わっ!? ビックリしたぁーっ?!」


『重労働だな……』


 仕事に夢中で、攻略本さんのことをすっかり忘れていた。

 あたしは顔の汗を手ぬぐいで拭って、生地を休ませるために大きな濡れ布巾をかけた。


「全然だよ。お母さんだって昔は一人でやってたんだもん、娘のあたしならできて当然!」

『そうだろうか……。ホリンやヨブ村長の言葉に、もう少し耳を傾けてもいいと思うが……』


「あ、そうだ! 攻略本さんって、何が好き!?」

『な、何……? いきなりなんの話だ?』


「サンドイッチの具のことだよ! 何が好きっ!?」


 さあバターロールは終わったから、今度は食パンを焼こう。

 あたしは攻略本さんを楽しい話し相手にしながら、新しい生地との格闘を始めた。


『卵サンド……だろうか』

「それあたしも好きっ!」


『……それと、ツナサンドと、白身魚のフライを挟んだのも好きだった』

「えっ、魚のフライをパンで挟むの!?」


『柔らかいカニを挟む地方もあった』

「へ~……。作ろうと思えば、うちで作れなくもないかなぁ……?」


『……機会があったら頼む。口はないが、香りは楽しめる』

「うんっ、あたしもいつか作ってみたい!」


 けど白身魚のフライサンドはよしとして、ツナサンドってどんな食べ物なんだろう……。

 外の世界の人たちは、ロープをパンにはさんで食べたりするの……?


 いやないないっ、さすがにそれはない!


 あ、でも……。

 もしかしたら、あれをフライにすれば食べれるのかな……。


『あの不器用な若者には何を作ってやるんだ?』

「うんっ、卵サンド! あと、ホリンが好きなチーズサンド! うちの村、山羊チーズが名物なの」


 パン作りに使う卵を茹でて、チーズとバターの準備もしないと。

 あたしはやっと少し明るくなってきた窓の外を横目に、食パンの生地を捏ねまくった!


 食パンは大変。

 本当に大変。

 沢山捏ねないとふわふわにならない。


 ふわふわのパンは、パン屋さんの努力の結晶だ。


 バターロールにバケットに食パン。

 全ての生地の仕込みがやっと終わった頃には、辺りはもう明るくなっていた。



 ・



 朝捏ねた生地は、宝探しが終わってからお昼に焼く。

 昨日の夜に捏ねておいた生地をパン焼き窯に入れて、燃料室に魔法の炎を点せば、後はゆっくり身体を休ませるだけだ。


 朝早いお客さんの接客もしたかったけど、今日はまたオアシスの湖畔に行って、肌の汗をどうにかした。



 ・



「ひぃ、ふぅ……ムギちゃんや……バターロールを……」

「はいはい、いつもの数だよね?」


 さっぱりしてから店に戻ると、もう村長さんがきていた。


 いつものようにバターロールを4つ。

 バケットを1つ。

 食パン1斤を村長さんの布袋に入れてあげた。


「ほっほっほっ、ホリンと……ふぅ。今日は、デートじゃそうだのぅ……」

「デ、デートォッッ?! ち、違うよっ、一緒に宝探しをするだけっ!!」


「そうか、そうか、ほっほっほっ……はぁ……。う、うぅ……?!」

「そ、村長さん……っ?」


「あんなバカ孫に……ふぅ、ふぅ……っ、こんなに、やさしくしてくれるのは、ムギちゃんだけじゃよぉ……。見捨てないでやって、はぁっ、ふぅっ……、おくれ……っ」


 ホリン、普段どれだけ家族を心配させているんだろ……。

 あたしは涙ぐむ村長さんに手拭いを貸して、ちょっとそこまで荷物を代わりに持って行った。


「ムギちゃんはぁ……本当に、ふぅ、ふぅっ、やさしい子じゃぁぁ……」

「そんなことないよ」


「ワシがあと60歳若ければなぁ……。ホリンをのやつを、蹴飛ばして……ムギちゃんを口説いておったわい……っ、ゲホッゲホッッ?!」

「だ、大丈夫、村長さんっ!?」


 ちょっと先のつもりが、道の半分まで付き合うことになった。

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