・勇者の初期村の隠しアイテムを拾っちゃおう - H.雷神の剣 -

 夕方前。パン生地の仕込みを終わらせてヘトヘトになっていたあたしは、いつものように店の窓辺に来客用のイスを運んだ。


 そこでただぼんやりと、外の世界を眺めるのがあたしのちょっとした余暇の過ごし方だ。


 この村の中央には大きな湖がある。

 いつだって静かで、透き通るように澄み渡る自慢の湖だ。


 夕方になるとそれがその日その日の色に染まってゆく。

 あたしはそれを眺めるのが好き。


 レモンみたいな薄黄色の日もあれば、燃えるような真紅に染まる日もある。

 今日みたいに青空を映した群青色に輝く日もあれば、雨音の響く味気ない鈍色の日だってあった。


 あたしは窓辺にもたれて、風の通り道でもあるそこから若草の匂いのする春の香りを嗅ぎながら、『正直、自分って働き過ぎかな』と思った。


 一日の疲れと、やっと訪れた小さな余暇と、それに気持ちのいい夕方のひとときが混じり合うと、あたしの意識はすぐに眠りの世界へと飲み込まれていった。


 こんなに綺麗で、平和で、愛おしい村が滅びるなんて、とても信じられない……。

 滅びると知ったあの日以来、子供の頃からずっと寄り添ってきた少し退屈な風景が、途端に輝きだしてあたしを夢中にさせている。


 記憶の中で壊されていた大風車が、風を受けてゆっくりと回る姿を眺めていると、なんだかとても安心した。

 まだ終わってなんかいないんだって。


「コムギッ、いるかっ、コムギッ!!」

「……はぁっ」


 せっかく気持ちよくまどろんでいたのに、落ち着きのない幼なじみが店に飛び込んできた。


「ロランさん、驚いてたっ! 急に動きがよくなって、打ち返しまで力強くなったってっ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなよっ、ホリン……!?」


 ホリンは笑顔いっぱいであたしの肩に両手を置いた。

 かと思ったら、売れ残りのパンを袋に詰めていった。


「これ、全部買うっ!」

「それって、あたしの話を信じる気になったってこと……?」


「信じるよっ、お前のパンすっげーよっ!」

「……ふふん。やっと気づいた?」


「ああっ、お前天才だよっ! 俺、お前の焼いたパンしかもう食わねぇ!」

「へへへ……その言葉は素直に嬉しいかなっ!」


 それに嬉しいけどちょっと恥ずかしいっていうか。

 ホリンには自覚とかないみたいだけど、それでもなんか口説かれてるみたいで、なんか悪い気がしない。


「じゃあそれ、もう売れ残りだしタダであげる」

「いいのか……?」


「うん、その代わりに明日手伝ってほしいことがあるの」

「手伝いか……? 変なことじゃないよな……?」


「そんなことあたしがさせるわけないでしょっ?! ホリンは、あたしのことを、なんだと思ってるのよっ!?」

「じゃあ俺に何をさせるつもりなんだよ……?」


 その返しに、あたしはイスから跳ね上がって両手を腰に当てた。


「ずばりっ、宝探しっ!」

「おおっ!」


「の、荷物持ちをお願い」

「なんだよそれっ?!」


「だって宝の位置は、もうだいたいわかってるだもん」

「……やっぱお前、なんか変だぞ」


 なんと言われようとも、これでホリンがあたしの協力者になったってことだ。

 あたしは笑顔でホリンに笑い返した。


 内緒だけど実は凄く嬉しかった!

 売れ残ったパンまで全部欲しいって言ってもらえて、凄くパン屋さん冥利に尽きると思った!


「明日の朝、また買いにくるよ! 宝探しはその後でいいかっ?」

「うん、パンをお店に並べ終わったら、一緒に宝探しへ出かけようよ!」


「お前な……。外から商人がきてるんだから、もうちょっと用心した方がいいって……」

「あ、そっか。外の人は、『盗む』ってやつをやるんだっけ」


 あたしの何気ない返事に、ホリンは難しい顔でこちらを見つめてきた。

 もしかして、あたしホリンに心配されてるのかな……?


「明日だけでもパンは直売所に卸した方がいい。面倒なら俺が話つけておくよ」

「ありがとうホリン、じゃあそれお願いっ!」


 今日のホリン、なんだかちょっと変だ。

 あたしのことをいつもよりも長く見つめて、やっぱり心配そうにしていた。


 これって、外の人がきているせい……?


「あと、無理すんなよ……? 疲れてるなら早く寝ろよ……?」


 ホリンはパンの詰まった布袋を肩に背負って、うちの店を元気に飛び出していった。


 あたしはそんなホリンの姿を窓辺に寄って見送った。

 その姿が丘の稜線に消えるまで、ずっと目で追った。


 明日はホリンと宝探しだ。

 あたしは攻略本さんを手に取ってそのページを開いた。


――――――――

 A.やくそう

 B.鉄壁の実

 C.39G

 D.棍棒

 E.やくそう

 F.鱗の盾

 G.ヤギの糞

 H.雷神の剣

――――――――


『勇者の力を引き継いだ君なら、問題なく回収できるはずだろう』


 攻略本さんがあたしに話しかけてくれた。

 なんか少し楽しそうだった。


「ダメだったらホリンとピクニックしてくる! そうだ、お弁当の準備もしないと!」

『君は本当に前向きだな……』


「だって楽しい方がいいもん!」


 『H.雷神の剣』が少し気になったけど、明日のお弁当の具の方がずっと大事なことだった!

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