・パン屋のコムギと放蕩息子のホリン

「ホリンッ、ねぇホリンッ、起きてーっ!」


 あたしの幼なじみにホリンという男の子がいる。

 大工さんの息子で、お爺さんはここアッシュヒルで村長をしている。


 歳は2つ上の19歳、自称は技師。

 風車小屋で番をしたり、お父さんの仕事を手伝わなきゃいけないのに、サボってばかりいる困った人だった。


「起きてってばっ! ちゃんと仕事してよーっ!」

「ああなんだ、コムギか……」


 あたしはコムギ。色々あって今は独りでパン屋さんをしている。

 小麦粉を買いに大風車に行ったのに、肝心のホリンがそこにいなかった。

 そしたら案の定、いつもの村外れの花畑でサボってた……。


「小麦粉が欲しいなら、風車から好きに持ってけよー」

「もういつものところにお金入れておいたしっ、自分1人で運びましたからーっ!」


「ならなんの用だよ……?」

「心配だから様子を見にきたに決まってるでしょっ!」


「……俺、ロランさんに稽古付けてもらって疲れてるんだけど?」


 ロランというのは、1年前に引っ越してきた騎士様のことだ。

 ホリンはずっとその人に夢中で、ロランさんに無理を言っては剣を教わっていた。


 ロランさんが村にきてから、ホリンはあたしに素っ気なくなった……。

 外の世界の話ばかりするようになった……。


「もうホリンなんて知らない……。風車の仕事サボってたって、ホリンのお父さんに言いつけるから……っ!」

「そ、そりゃないだろ、コムギッ?!」


 あたしは村外れの花畑を離れて、追ってきてくれないホリンにまた不満を覚えた。


 アッシュヒルは子供が少ない。

 一番歳の近い異性と言ったらホリンだった。


 それにホリンはお母さんがエルフで、あたしもエルフだ。

 アッシュヒルは、ヒューマンとエルフが共存を望んで生まれた村だった。



 ・



 自宅であるパン屋への帰り道、気持ちを落ち着かせたくて精霊の祠に寄った。

 それは石の洞窟の中にある不思議な広間で、昼も夜も青白い不思議な光が浮遊する神秘的な場所だ。


 あたしは精霊様の像の前に立って、どうかホリンがまともになりますようにと祈った。


 大工。技師。剣士。

 ホリンが何になりたいのか、あたしにはわからない。


「あれ……っ?」


 だけどお祈りを終えると、あたしはなんだか凄くおかしな物が祭壇に置かれていることに気付いた。


 それは絵に見えた。

 色鮮やかな絵の具で緻密に塗り込まれた本にも見えた。


 触れてみると表紙がツルツルとしていて、中にも絵と文字がいっぱいだった。


「凄い……よくわからないけど、凄い絵だ……っ。えっえっ、これ、どうやって作ったのっ!?」


 あたしは興奮した。だって絵が綺麗でかわいかったから。

 だけとあたしは見つけてしまった。


 目次の中に『勇者の故郷アッシュヒル』の名前を。


「わっ、これうちの村だ……! あははっ、凄っ、ホリンの家も載ってるっ!」


 左のページに不思議な地図が載っていた。

 そこには村長の家や、村にたった一つの酒場宿、直売所や家々の簡単な紹介が載っていた。


 それとA~Hまでの文字。


――――――――

 A.やくそう

 B.鉄壁の実

――――――――


 みたいな感じで載っていたけど、あたしには意味がよくわからなかった。


「え…………」


 だけどその次のページはもっともっとよくわからなかった。

 同じアッシュヒルの地図が左ページにあって、そこの見出しにはこうあった。


 『アッシュヒル(滅亡後)』


 地図にあったのは真っ黒な消し炭と、白い灰だけだった。

 家々は焼け落ち、ホリンが管理する大風車も骨組みしか残っていなかった。


 勇者をのぞく全ての者が命を落としたと、その本には予言めいたことが書かれていた。


「滅、亡……? え、なんで……っ!?」


「山奥の村アッシュヒルで勇者が生まれる。そう予言した愚か者がいたからだ」


「だ、誰っ!?」


 ふいに声が響いた。

 だけど辺りを見回しても人の姿はどこにもなかった。


「ここだ、コムギ。私はここから話しかけている」

「え、えぇぇぇ……? あ、あたし、疲れてるのかな……。なんか、本から、声が聞こえる……」


「コムギ、この攻略本に載っていることは全て事実だ。この村はじきに滅びる」


 本に耳を寄せると、自己主張の強いアルトボイスがあたしにそう訴えかけた。

 そう、それは大変だ。


 でもそんなことよりも……。


「ヤバい……。もしかして、働き過ぎ……? あたし、ちゃんと休んだ方がいいの……?」

「ちゃんと聞いてくれ、これは幻聴ではない! いや、そんなことよりもコムギ! 君に勇者の力を与えよう!」


「ああ、やっぱこれって幻聴だ……。勇者の力とか、話の脈絡すらなくなってるし……」


 あたしは本を抱えたまましゃがみ込んだ。

 それから足下に本を捨てて両耳を塞いだ。


 聞こえない。

 何も聞こえてない。


 あたしはただ少し疲れているだけなんだと自分に思い聞かせて、声が消えるのを期待した。


「信じてくれ、コムギ! 君だけが頼りなのだ!」

「うぅっ、耳を塞いでも聞こえてくるよぉぉ……」


 ということは、やっぱり幻聴ってことじゃない……。


「しっかりしてくれ!」

「そ……それもそうだね……。本に励まされるのも、なんか変な感じだけど、うん……落ち着く……」


 えっと、それじゃあ、まずは……。


「や、焼いちゃえば、聞こえなくなるかな……?」

「お願いだ、私の言うことを信じてくれ! どうやら君だけが、この攻略本を見ることができるのだ!」


「うっ、うわあぁーんっっ! それって、いよいよ頭がおかしくなってきてるってことじゃんっ!!」


 焼こう……。

 やっぱりこんなの焼いちゃおう……。

 あたしは本を胸に抱いて精霊の祠を出た。


 それから走って、走って、走って、お店に着くとやっと人心地つけた……。


「コムギ、こっち向いて」

「待って、今火打ち石、探してるから……」


「いいからこっちを向くんだ!」

「あ、あった……。何……?」


「コムギ! 勇者の力を、君に!」


 本が恥ずかしげもなく大きな声で叫んだ。


 すると本が真っ白に輝きだした。

 光が波打つように揺らぎながら、あたしの胸に入り込んでいった。


 よくわからないけど、温かい……。

 だけど、この記憶は……。


「今からそう遠くない将来、この村は滅ぼされる。勇者だけが生き残って、復讐の旅に出る」


 攻略本さんがあたしに見せてくれた記憶の断片は、いくら悲鳴を上げても終わらない悪夢の連続だった。


 村のみんなが殺されていった。

 魔物が吐いた炎が村を包み込み、悲鳴と断末魔があちこちから木霊した。


 みんな死んだ。

 この記憶の持ち主以外の、全員が……。


 あたしたちの村アッシュヒルは滅びる。

 勇者だけが生き残って、復讐の旅に出る。それが攻略本が指し示す真実だった。


 この世界は物語だ。

 あたしたちアッシュヒルの民は、英雄伝説の序盤に惨殺される悲劇のキャラクターたちだった。

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